氷のヒュオン
アンシャルとパトリックはハイリヒ・シュタットの中央にある神殿にやって来た。
周囲は柵で囲まれていて、無断では侵入できないようになっている。
アンシャルは門の前に立った。
「さて、四番人たちは全員倒した。これで結界が解けるはずだ」
「そういうわけにはいかねえな」
「? おまえは……確かヤーコブスといったか?」
「へえ、俺様の名を覚えていてくれたのかい。そいつはうれしいね」
ヤーコブスが大勢の部下といっしょに現れた。
ヤーコブスは今度は負けないと思っているのか、横柄な態度を取った。
「それで、私に何の用だ?」
「けっ、新入りはルールに従ってもらうぜ」
「ルールだと?」
「そうだぜ。新入りは俺たちの下っ端として働くって決まりなんだよ」
「誰が、そんなことを決めた?」
アンシャルは軽蔑のまなざしを送った。
この手のやからは実力よりも、体面を重視する。
つまり、アンシャルの実力がどんなにあろうと、下っ端を経験させるということだ。
これは文化的な問題であった。
アンシャルたちシベリア人にはそういった下っ端という文化はない。
彼らにはあるのだろうが……。
「けっ、俺様が決めたんだよ。ルールに従ってもらおうか」
「それは拒否する。どうしてもというなら実力で来い」
「実力主義を認めていたら、秩序は保てねえんだよ! おら、おまえら!」
ガラの悪い部下たちがアンシャルに近づいてくる。
アンシャルは自分の身を守るため、剣を抜いた。
「風鳳斬!」
風の衝撃が斬撃と化してゴロツキたちに襲いかかる。
ゴロツキたちは一瞬にして全滅した。
「ちっくしょう……!」
ヤーコブスが吠える。
だが、実力のないものは結局自分の主義も貫けない。
アンシャルは下っ端とやらがどんなにみじめで気にくわないことは知っている。
結局戦うしかないのだ。
自分の意思を貫くためには、実力でそれを守るしかない。
ヤーコブスとやらのルールは彼らが一方的に決めたことにすぎない。
それに従う必要をアンシャルは認めない。
それに下っ端とやらはアンシャルには人格的にも、性格的にもできないことなのだ。
己の主張を通すには力しかない。
つまるところ、己の意思は力によって主張される。
「おまえたちはここでへばってろ。私たちはここから出て行く。それではさらばだ」
アンシャルたちが門の前に立つと、結界が消えた。
「いくぞ、パトリック? こんなところに用はない」
「へ、へい! アニキ!」
ヤーコブスは屈辱に満ちた表情でアンシャルをにらんでいた。
アンシャルとパトリックは神殿の中に足を踏み入れた。
神殿の奥にはヒュオンがいた。
彼は右手で頬杖をついていた。
「よくやって来た、アンシャル・シベルスクよ」
「久しぶりだな。おまえが私のところに来るとは思っていなかった。四番人を全員倒したか」
「ここで私を解放してくれるのなら、平和的に事態は解決できるが?」
「フフフ……そんなことは不可能だ。私は平和的な解決など望んでいない。我々の間にあるのはただ戦いのみだ。ザンツァ様はそれをお望みだ」
「ザンツァ? そいつはいったい何者だ?」
「フフフフ……使徒ザンツァ様……我らの主だ。ザンツァ様は世界を闇の理で支配するために活動しておられる。我らもそのために動いているのだ」
アンシャルはザンツァという名に心当たりはなかった。
使徒ザンツァ――彼はいったい何者だろうか?
そもそも『使徒』とは何か?
「使徒……それは一体なんだ?」
「それはな、闇の王フューラー様に仕える選ばれし者たちだ。フューラー様は世界を闇で閉ざすために行動されている。すべては闇の支配のために」
「闇の支配だと? それは本気か?」
アンシャルはそれが本気だと思えなかった。
闇の支配など気が狂っていると思われたからだ。
それともまさか闇の王は本気で闇の支配を画策しているのだろうか?
「フッフフフ……本気だとも」
「気でも狂ったか?」
「フッ、正気だとも。闇の支配こそ我らが大望。闇がこの世界を支配するのだ。世界は闇で染まるのだ」
「おまえたちは正気じゃない」
「かもしれん。この世界は闇によって支配されるべきなのだ。我らはそのために命をかけている。我らの生命は闇と共に在る」
「光はそんな事絶対に認めない」
「そうだろうな。忌々しい光は。光はこの世を統べる原理ではない。闇こそが世界を統べる原理なのだ」
「話は平行線だな?」
「そうだろうな。我らの間には対話などありえない。光と闇は互いに排斥し合う。どちらか一方の支配しかありえないのだ。さあ、アンシャル・シベルスク、この私とお手合わせ願おうか」
ヒュオンが立った。
ヒュオンから冷たい、冷気のような魔力がほとばしる。
これほどの魔力を持ちながら、部下というのはアンシャルに寒気をもたらした。
ヒュオンでさえ、これほどの実力を持っている。
それでは使徒ザンツァや闇の王フューラーはどれだけの力を持っているのだろうか。
背筋が凍る思いだ。
「ア、アニキ……」
「パトリック……死にたくなければ下がっていろ」
アンシャルは長剣を構える。
「私が使うのは氷の魔法だ。さあ、凍える吹雪で凍死するがいい」
ヒュオンは氷の矢を作りだした。
氷が矢の形を作っていく。
冷気が周囲に満ちた。
「氷矢!」
ヒュオンが氷の矢を一斉に放った。
「風王剣!」
アンシャルが強烈な風の斬撃を繰り出した。
アンシャルの斬撃は氷の矢をすべて粉砕した。
「氷塊!」
ヒュオンは氷の塊をアンシャルの真上から落とした。
アンシャルはとっさに反応する。
アンシャルは右によけた。
氷の塊が地面に落ちて砕けた。
「フン、よくかわすものよ。だが、これはどうだ? 多連・氷結槍!」
ヒュオンの氷の魔法がアンシャルに迫る。
ヒュオンは魔法でアンシャルを圧倒していた。
今までの奴らとは違う。
ヒュオンの実力はかなり高い。
多数の氷の槍がアンシャルを襲う。
アンシャルは撃ちだされた氷の槍を風の剣で粉砕する。
ヒュオンが氷の魔力を上に解放した。
上方からつららがアンシャルめがけて降り注ぐ。
アンシャルは軽快なステップでつららをかわす。
「氷牙!」
ヒュオンは氷のレーザーをアンシャルに撃ち込む。
アンシャルは長剣でそれを受け止める。
アンシャルの剣が凍っていく。
アンシャルは長剣に風を送り込んだ。
風が氷を吹き飛ばす。
「氷結花!」
氷の花が咲く。
氷の花はアンシャルに向かってきた。
鋭い切っ先が迫る。
「風王衝破!」
アンシャルは風の衝撃でそれを打ち砕く。
風の衝撃が氷結花を砕いた。
「ここまでついてこれた人間はおまえが初めてだ。それに敬意を表し、この魔法で消し去ってやろう。はあああああ! 氷禍陣!」
氷の粒子がアンシャルを中心として取り囲み、回転する。
氷属性大魔法『氷禍陣』である。
氷の柱が立ち、アンシャルを凍らせる。
アンシャルは凍り付いたかに見えた。
「フッ、これまでか。なかなか持った方だな」
ヒュオンは氷の槍を作り出す。
アンシャルにとどめを刺すつもりだ。
「名残惜しいが、これまでだ。死ぬがいい」
ヒュオンが氷の槍を投擲する。
その時アンシャルの目が動いた。
アンシャルが全身から闘気を放出し、氷を破砕する。
「なんだと!?」
ヒュオンは驚愕の顔を浮かべた。
これはヒュオンには考えられなかった展開だ。
「風月斬!」
アンシャルは風の斬撃を繰り出す。
ヒュオンはその直撃を受けた。
ヒュオンが崩れ落ちる。
「くっ……バカな……この私がここで倒れるなど……なぜ、だ……ザンツァ様……」
ヒュオンは死んだ。
アンシャルが剣を収める。
その瞬間に轟音がハイリヒ・シュタットを襲った。
「ア、アニキ!? 何が起こってるんでやんすか!?」
「この亜空間が消滅しようとしているんだ。これで出られるぞ、パトリック」
ハイリヒ・シュタットは消滅し、アンシャルたちは現実空間に帰ってきた。
「アンシャルさん!」
アオイがアンシャルに抱きつく。
「心配しました!」
「アオイ……」
アンシャルとアオイはテンペルで再会した。
アオイはアンシャルを見ると抱きついてきた。
アンシャルがアオイの髪をなでる。
「アオイ……すまなかった。もっと早く帰ってこられれば良かったんだが……」
アオイの瞳からは涙が流れていた。
アンシャルはアオイを優しく抱きしめる。
「やっぱり兄さんは自力で脱出してきたわね」
「ディオドラは心配しなかったようだな」
「私は兄さんのことが分かっているから……」
「フッ、当然だ」
これしきの事は自分一人でなんとかできる――それがアンシャルだった。
「アオイ……少しは私のことを信頼してくれてもよかったんだぞ?」
「だって、だって、もう二度と会えないかと思って……」
「アオイ……心配してくれてありがとう。私は大丈夫だ」
アンシャルとアオイは宿舎に向かって行った。
それをディオドラがほほえましく見ていた。




