アレスとオルドラーゴ
祭壇では儀式が行われていた。
邪龍アレスは神殿の地下に封印されている。
オルドラーゴはアレス祭壇のまえでほくそ笑む。
ようやく、この時がやって来た。
長かった。
実に長かった。
アレスの復活はオルドラーゴの悲願なのだ。
オルドラーゴは黒龍魔道士団の頭領を代々生み出す家系に生まれた。
黒龍魔道士団は一種の擬似血縁体で、部族のような組織だった。
魔道士団の構成員は血縁で結ばれているので、非常に内部の結束は固い。
オルドラーゴに限られず、魔道士団のメンバーは高度な魔法教育を受ける。
オルドラーゴは部族のメンバーと共に教育を受けた。
彼はあらゆる分野に適性を示した。
若いころから彼は非常に優秀であった。
生まれた時から、次期頭領を約束され、才能に恵まれ、能力も素質もあった。
その結果、当然ながら、彼は傲慢になった。
彼は周囲の人物と軋轢を生むようになっていった。
すべては彼の力がなせる業だった。
彼は当時の頭領であり、実の父と魔道士団の路線対立でもめた。
彼は魔道士団を一種の傭兵として、各国に売り込むことを考えた。
それなら、仕事ももっと楽に見つけられるというのだ。
彼のこのアイディアを、彼の父は抑圧した。
それまでは魔道士団は信用とつてで生計を立ててきたのだ。
彼は実の父と対立し、魔道士団は二人の派で、分裂しかねないありさまだった。
彼の父は一部の危険分子と共に彼を追放した。
オルドラーゴにはカリスマ性もあった。
そのため、かなりの数の魔道士が彼に従った。
追放されても彼はあきらめなかった。
彼は反攻準備を整えると、実の父に逆襲した。
彼は黒龍魔道士団を制圧すると、内部の粛清をはかった。
実の父は自らの手で殺害した。
そうして、オルドラーゴは権力を握ると、体制を変革していった。
彼はその時まだ30代で、若く、野心があった。
そして、彼は自らの野望に邁進していった。
そうして、オルドラーゴの意識は現実に戻る。
彼は指導者としてずっと孤独だった。
それをさびしいと思ったことはない。
孤独は指導者が引き受けねばならない責務と彼は考えている。
偉大な指導者は常に孤独と共に在った。
それなら、偉大な存在である自分も例外ではあり得ない。
ようやく、ここまで来れた。
黒龍魔道士団の『黒龍』とは邪龍アレスのことである。
この魔道士団はアレスの祝福を受けている。
そして、アレスを守護神としていた。
彼らは邪龍アレスを『神』だと主張している。
黒龍魔道士団は一種のテロリストでもあった。
「フッフッフ……我が悲願もこれでかなう。これで我が人生に悔いはない」
「何が悲願なんだ?」
「!?」
オルドラーゴが振り返る。
そこにはアンシャルが立っていた。
オルドラーゴはそれだけですべてを悟った。
「……部下たちがどうなったかは、聞くまでもない、か」
「私はおまえを止めに来た。これ以上はやらせはしない」
「フッフッフ……できるものなら、やってみよ」
「そのつもりだ」
アンシャルは長剣の切っ先をオルドラーゴに向ける。
オルドラーゴは腕を組んでたたずんでいる。
何も予測できるものはなかった。
オルドラーゴは自信に満ちた顔を向けてくる。
アンシャルは何かを感じた。
アンシャルはそれで一歩下がっていた。
その瞬間、床から黒い槍が現れ、昇っていった。
アンシャルは意識できたわけでもないし、事前に察知できたわけでもない。
まさか、床から槍が飛び出してくるとはアンシャルにもどうやって予想できるというのか。
「いきなり、だな?」
「フッ、これくらいかわしてもらわねば相手のしがいがない」
アンシャルには一度見せた魔法は通じない。
それに例外はない。
「それがおまえの魔法か?」
「その通り。アルマ・マラ(Arma Mala)という。闇の粒子を武器に変える魔法だ!」
オルドラーゴは手から三本のナイフを放った。
ナイフは空中を通過し、アンシャルに向かう。
アンシャルは長剣でそれを叩き落す。
オルドラーゴは魔法で弓を三つ作った。
矢がつがえられる。
一斉に矢が斉射された。
アンシャルは走ってそれをかわす。
「風切刃!」
アンシャルが風のカッターをオルドラーゴに放つ。
オルドラーゴは大鎌を出現させると、それで風切刃を迎撃した。
風のカッターと大鎌が激突する。
オルドラーゴにとっては武器は召喚できるようなものだ。
いくら、破損しても所詮は使い捨てにすぎない。
アンシャルは一気に接近していた。
オルドラーゴに長剣を振り下ろす。
オルドラーゴは生身だ。
確かに剣を持っているようだが、オルドラーゴにはその剣を使うような気がなかった。
オルドラーゴの前に一振りの斧が現れた。
斧はアンシャルの攻撃を防いだ。
「フッ、その程度……片腹痛いわ」
斧が圧力を高めてくる。
じわりじわりとアンシャルを払いのけようとする。
アンシャルは後ろに跳んだ。
斧が盛大に振り下ろされる。
オルドラーゴは四本の槍を作り、続けざまに発射した。
アンシャルはそれを的確にはじく。
オルドラーゴはさらに三本の剣を高さを変えて出してきた。
まるで、滑空するかのようにそれらは近づいてくる。
アンシャルは風の魔力を集めた。
そしてそれを半円の軌道を描いて繰り出す。
「風月斬!」
アンシャルの風月斬だ。
三本の剣はすべて破壊された。
オルドラーゴはずっと正面から魔法攻撃を続けている。
最初の攻撃以来、下からの攻撃はなかった。
オルドラーゴはアンシャルの接近を恐れているのだ。
「フッ、なかなかしぶとい。だが、このコンビネーション、耐えきれるか? クレッシェンド!」
オルドラーゴは、大剣、槍、ランス、斧、弓、弩、メイス、大鎌を次々とアンシャルにぶつけた。
アンシャルは風の刃でそれらを斬り伏せる。
「くっ!? これほどとは!?」
オルドラーゴが顔をしかめる。
アンシャルの粘りはオルドラーゴにとって想定外、なのだろう。
オルドラーゴはアンシャルの力量を見誤ったのだ。
「だが、これは耐え切れまい! ダモクレス!」
アンシャルの上から強大な剣が降りてきた。
オルドラーゴはこのままアンシャルを突き殺すつもりだ。
アンシャルはこの時を待っていた。
アンシャルはダッシュすると、オルドラーゴに一気に近づいた。
そしてそのまま長剣でオルドラーゴを貫く。
「がはあっ!?」
これは致命傷だった。
「終わったな……」
アンシャルが長剣を抜き、下ろす。
「クククク……」
「? 何がおかしいんだ?」
「フッ、これを笑わずして何と言おう……アレス様の封印の儀式はもう終わっている……後は魔力を流せばいいだけだ。このようにな!」
オルドラーゴは残された自分の魔力を解放し、アレスへと送りつけた。
「しまった!」
「クククク……アンシャルよ、すべてはもう手遅れなのだよ」
オルドラーゴは静かに目を閉じた。
オルドラーゴの言っていることは正しい。
彼は全魔力をアレスに送ったのだ。
そして、もうアレスの復活を邪魔するものはない。
その時、轟音が起きた。
「アンシャルさん!」
「アオイ!」
アオイが神殿の中にやって来た。
バノッソを倒したのだろう。
「アオイ、ここは崩れる! 今すぐ、ここを出るぞ!」
二人は走って脱出した。
二人は外に出た。
その瞬間、神殿が崩壊した。
天井が落ちて、柱が崩壊していく。
アンシャルとアオイはそれを見ているしかなかった。
そうして現れたのは黒い龍――。
全身を覆う黒いうろこ、黒い目、蛇のようにしなやかな体、黒い翼、それが邪龍アレスだった。
「くっ、こいつが邪龍アレス! なんて奴だ!」
アレスからのプレッシャーは二人を委縮させた。
ドラゴンは相手をすくみ上らせるプレッシャーを持っている。
「はあああああ!」
アオイが全身に力を入れた。
そうして萎縮を解いた。
「アンシャルさん、同じ要領で!」
「ああ、わかっている! はっ!」
アンシャルは萎縮を解いた。
邪龍アレスが睥睨する。
アレスは口にエネルギーを集めた。
黒い球のような闇黒エネルギーが集まっていく。
「アオイ、来るぞ!」
「はい!」
アレスは黒いエネルギーを二人に向かってはき出した。
二人は散開した。
黒いエネルギーは地面に当たるとはじけ飛んだ。
「くっ、なんて威力だ!」
「行きます! 月光斬!」
アオイが月光の斬撃をアレスに放った。
アレスのうろこはまったくダメージを受けない。
「まだです! 月天光斬!」
アオイが月光をアレスに降り注がせた。
アレスのうろこをアオイの光が焼いていく。
しかし、そこまでだった。
アレスの尾がしなった。
アレスは尾をアオイに叩きつけた。
「ああああああ!?」
アオイは吹き飛ばされた。
「アオイ!」
アンシャルはアオイの背後に立ちふさがって、アオイを受け止める。
「大丈夫か?」
「あ、はい……」
ゴゴゴと轟音を立てて、アレスが迫る。
アレスの全身がはっきりと見えていた。
恐ろしい……アンシャルはそう思った。
アンシャルの全力の技でも、このアレスを傷つけることはできまい。
セリオンならば、この鋼鉄の体ごと、斬り裂くことも可能なのだろうが、あいにくとアンシャルにそこまでのパワーはない。
風には二つの攻撃方法がある。
一つは、切断力を高めるもので、もう一つは衝撃力を高めるものをいう。
どちらも、力押しには向いていない。
アンシャルは長剣に銀光を輝かせた。
白銀の光が周囲を照らす。
闇の力は圧倒的だ。
それは絶対的な畏怖へと通じる。
それは無限の恐怖だ。
それは大いなる絶望だ。
圧倒的な闇は力で人間を押しつぶす。
アレスにはそれがあった。
アレスが闇の水晶をいくつも形成した。
アレスはそれを二人に向かって降り注がせる。
二人は剣でそれを振り払う。
二人とも致命傷は負わなかった。
アレスが再び口を開ける。
アレスの口に闇のエネルギーが集まる。
アンシャルはその時を狙った。
白銀の剣でアレスののどを貫いたのだ。
致命的な一撃だった。
アレスは黒と紫が交じったような粒子へと姿を変えて消えていった。
こうして、アンシャルとアオイのノヴァ―リア旅行は終わった。




