グランシャイト
一台のバイクがテンペルに入った。
このバイクにはセリオンとエスカローネが乗っていた。
二人にとっては一か月ぶりのテンペルだった。
「やっと帰って来れたな」
「そうね。でも何かしら? なんだか、建物が傷ついているような気がするわ」
「そうだな。何かあったのか?」
セリオンとエスカローネはテンペルにザンツァの手下が攻撃してきたことを知らない。
二人はこの一か月、ノヴァ―リアの海岸で過ごした。
戦いのない平和な時だった。
セリオンはまるで狼のごとく誇り高かった。
その雰囲気は戦士のそれで戦いに身を置く男であることが分かる。
金髪の髪に、アイスブルーの瞳、そして戦闘用の服を着ている。
それに対してエスカローネは燦然と輝くストレートの金髪を垂らし、軍服に身を包んでいた。
柔らかな美しさを彼女は持っていた。
服の上からもそのスタイルの良さははっきりとわかった。
二人は今、テンペルが戦いの傷跡を持っていることに気づいた。
二人は事前に帰ることをディオドラに知らせていた。
セリオンとエスカローネはまず聖堂に行った。
そこにはディオドラがひざまずいて祈っていた。
「母さん、ただいま」
「ディオドラさん、ただいまです」
「あら、セリオン! エスカローネちゃん!」
ディオドラはうれしそうだ。
さっそくディオドラはセリオンとエスカローネのもとに行く。
「二人とも帰ってきたのね。休暇はどうだったの?」
「ああ、俺たちは休暇を通して、より深く結ばれた。より親密になった。俺たちは愛し合っているんだ」
セリオンの言葉にエスカローネはほおを赤らめる。
ディオドラは満足そうにうなずいた。
「そう、良かったわね。二人が幸せになって私もうれしいわ。アンシャル兄さんのことは知ってる?」
「ああ、ノヴァ―リアで遺跡巡りをすると手紙には書いてあったな」
「アンシャルさんは婚約されたんですね?」
「そうなの。相手はアオイちゃんという子よ。年齢はあなたたちと同じようね。ようやく兄さんにも結婚できる相手が現れたのよ。兄さんにふさわしい子だと思うわ」
セリオンとエスカローネはアオイについては知らないことが多い。
手紙では言及されていたが、まだ会ったことはない。
武家の娘で、ヤパーナリン(ヤパーナー女性)ということくらいだ。
二人の婚約はセリオンもエスカローネも喜んだ。
「アオイ、ね……ヤパーナー系の名前なんだな」
「もうシベリア市民権を得たから、私たちの同胞、兄弟姉妹なのよ」
「そんなに早く、よく取得できましたね」
「兄さんが手を回したことが大きかったみたいね。スルト様も喜んでいたわ」
「そうか。なら、ぜひとも会ってみたいな」
「アンシャルさんは今どこに?」
「兄さんはシキリア島に行くと言っていたわ」
「シキリア島? なぜ?」
「それはね、テンペルの建物が傷ついていたことは見た?」
「まあ、戦闘があったことくらいはわかったが……」
「何かあったんですか?」
ディオドラは少し困り気に。
ディオドラの反応からセリオンは何か良くないことを想像した。
「このあいだね、テンペルは襲撃されたの」
「テンペル襲撃!?」
セリオンは同時にテンペルを襲撃するなどどこのバカだと思った。
テンペルの騎士たちはすぐれた戦闘力を持っている。
数は少ないが、テンペルの騎士は強いのだ。
それも並みの軍隊よりも……。
「その襲撃犯の一人がシキリア島にいるらしいのよ。それで兄さんはアオイちゃんといっしょに追いかけたみたいね。実は兄さんも休暇中なのよ」
「そうか。アンシャルが追撃したなら、大丈夫だろう。きっと戦果を挙げるさ」
セリオンはアンシャルの強さをほかの誰より知っている。
アンシャルは強い。
セリオンはまだアンシャルに勝ったことがない。
アンシャルはすぐれた剣士だ。
アンシャルは知にも技にも優れている。
「あなたたちはこれからスルト様にあいさつしていきなさい。スルト様もきっとお喜びくださるわ」
「ああ、そうだな」
「そうします」
セリオンとエスカローネは聖堂執務室にいるスルトにあいさつをしに向かった。
セリオンとエスカローネはスルトと会った後、聖堂を出た。
「お? セリオンか?」
そこで二人の騎士と出会う。
「レオニート……キシャム……」
それはやせ形の騎士レオニートと、ぽっちゃり騎士キシャムだった。
エスカローネは二人を見て礼をする。
「セリオン、おまえ休暇だったんだな」
「ああ、アルテミドラを倒した功績だよ」
「うらやましいなあ……俺たちはこのあいだ、敵と戦ったよ」
キシャムが言う。
「もっとも俺たちの実力なら、敵なんて目じゃなかったがな」
レオニートが胸をそらす。
どこか偉そうだ。
別にレオニートは威張っているわけではない。
「おまえはいいよなあ、休暇中ラブラブだったんだろ?」
「まあ、充実した時を過ごさせてもらったよ」
テンペルでは通常の休暇は一か月である。
つまり有給休暇が一か月あり、それをすべて一気に消化するのが一般的である。
更に有給休暇をすべて消費させられない幹部はテンペルでは無能と見なされる。
それに病気には傷病休暇が適応される。
つまり、有給休暇を使って、通院することは認められない。
有給休暇はあくまで休むためにあるからだ。
これは労働者の権利として、ツヴェーデン連邦共和国憲法に明記されている。
それ以外にもセリオンのように特別に功績を認められて休暇が与えられることもある。
基本的には二週間から、一か月にわたる。
「おまえたちも活躍すればもらえるんじゃないか?」
「俺たちの活躍なんて地味なもんさ」
「平均的では休暇はもらえないよ」
「まあ、おまえたちが生きていてよかったよ。死んだら冗談も言えなくなるからな」
「ははっ、確かに!」
「そうだねえ」
「それじゃあ、俺たちはもう行くな。また会おう」
「ああ、またな」
セリオンとエスカローネはレオニートとキシャムと分かれて寮に戻った。
アンシャルはグランシャイトと対峙していた。
この男はどこか異様だ。
アンシャルは自分の内面に不安を感じた。
この男は不気味だった。
「ほーほほほ、私が操るのは炎です」
「いいのか? 自分から力を知らせて? 命取りになるぞ?」
アンシャルが警告する。
だが、グランシャイトは涼しい顔だ。
「ほーほほほ、その程度では私は死にませんので」
「よく言う。相当自信があるらしいな」
アンシャルは風王剣イクティオンをグランシャイトに向けた。
「あなたの風と私の炎、どちらが強いかお手合わせ願いましょう」
「いいだろう」
グランシャイトは紫の炎を出した。
それはまるで闇に近そうだった。
「紫の炎か。闇の術だな?」
「ほーほほほ、その通りです。さあ、くらいなさい! 蛍光炎!」
グランシャイトが紫の炎をまるで蛍の光のように放った。
炎が明滅する。
アンシャルは風の剣でそれを薙ぎ払う。
蛍光はアンシャルにまで到達した。
アンシャルが爆炎に包まれる。
「アンシャルさん!」
アオイが叫んだ。
アオイは心配だった。
アンシャルのことは信頼しているが、アンシャルとて無敵ではない。
「ほーほほほ、おやまあ、こんな簡単にやられてしまいましたか?」
「誰がやられたって?」
「むう!?」
爆炎の中からアンシャルが現れた。
アンシャルは風の膜で爆炎を防いだのだ。
「この程度でやられると思うなよ?」
「ほーほほほ、この程度で死んでいた方が良かったと思わせておきましょう。龍炎!」
グランシャイトが炎のブレスを右手から出した。
まるでバーナーのように炎がアンシャルに放射される。
アンシャルは風のバリアでそれを防ぐ。
「どうした? この程度か?」
アンシャルが余裕を見せる。
グランシャイトは歪んだ笑みを見せた。
「それではもう片方からも出しますか。燃え尽きなさい!」
グランシャイトは左手からも炎を放射した。
火力が一気に倍になる。
「くっ!?」
さすがのアンシャルもこれに耐え切れなかった。
アンシャルは攻撃に切り替える。
このまま防御していては本当に燃え尽きるだろう。
「は! 風月斬!」
アンシャルの風が炎を斬り裂く。
グランシャイトは無防備になった。
「くらえ! 風切刃!」
アンシャルは風のカッターでグランシャイトを狙う。
風のカッターはグランシャイトの肩を斬った。
「ぐううう!?」
グランシャイトの攻撃が中断される。
そしてこの隙を逃すほど、アンシャルはお人よしではない。
アンシャルは接近して、長剣を振り下ろした。
「無駄です!」
グランシャイトがバリアを作り出す。
アンシャルはそのまま長剣で斬り刻む。
アンシャルの攻撃がグランシャイトを押していた。
グランシャイトは形勢不利と判断し、一瞬にして後退する。
「よくもやってくれましたね! 許しませんよ! 火炎噴!」
グランシャイトは炎魔法を唱えた。
これは精霊魔法と言って属性があるのが特徴だ。
光、闇、炎、水、風、土、雷、氷、そして無。
この九属性を持った魔法を『精霊魔法』と呼ぶ。
精霊魔法はそれぞれ属性が体系化されている。
つまり、決まった型があるということだ。
グランシャイトが唱えたのはそのうちの一つである。
炎が集まり、アンシャルの足元から噴き上がる。
アンシャルはとっさにバックステップして無事だった。
「くらいなさい、多弾・火炎弾!」
グランシャイトは物量でアンシャルを圧倒する気だ。
この多弾・火炎弾という魔法は火炎弾を無数に放つ魔法で火力で圧倒できる。
しかし、アンシャルにはこれも通じない。
アンシャルは風の剣で火炎弾を次々と斬り払った。
グランシャイトはじりじりと追いつめられていく。
「ここで粘るとは思いませんでいたよ。ですが、これで終わり、ですね。死になさい! 多連・火炎槍!」
グランシャイトは十本の火炎の槍を空中に作り出した。
紅蓮の炎が赤々と燃える。
これが発射されたら最後、アンシャルは全身を貫かれるだろう。
「さあ、これで最期です!」
グランシャイトがトリガーを引いた。
いっせいに、炎の槍がアンシャルめがけて殺到する。
しかし、アンシャルは落ち着いていた。
なぜなら、アンシャルには対抗策があるからだ。
「多連・風翔槍!」
アンシャルは十本の風の槍を出した。
「何ですと!?」
風の槍は炎の槍にぶつかり、爆発していく。
それもきれいに風が炎を圧倒した。
それは魔法のスペクタクルだった。
アオイもそれに見入った。
「これまでか?」
アンシャルの言葉はまるで死刑判決のようだった。
グランシャイトが打ちひしがれる。
だが、すぐに余裕を取り戻す。
「ふふふふ……ここまで私を追いつめるとはやりますね。いいでしょう。この私の最強の魔法を見せて差し上げましょう! 死になさい! 蛍光円舞!」
アンシャルを紫の炎の束が取り囲んだ。
アンシャルは紫の炎に全周囲を包囲された。
アンシャルが軽く一瞥する。
「この炎の円舞! かわせませんよ!」
炎はアンシャルめがけて一斉に襲いかかってきた。
アンシャルは絶対のピンチだった。
だが、この状況でアンシャルは笑った。
そう、笑ったのだ。
それはこの状況を切り抜けられるという自信の表れ。
アンシャルは長剣を垂直に持つと、風を全周囲に向かって回転させた。
炎はすべて風にズタズタにされる。
この時初めて、グランシャイトから余裕が消えた。
彼は赤い目を大きく見開く。
アンシャルは一気に接近すると、グランシャイトを長剣で貫いた。
「がっ!?」
グランシャイトが短くうめく。
アンシャルの長剣は深々とグランシャイトに突き刺さっていた。
誰がどう見ても致命傷である。
「ま、まさか……この私が……このわたしがああああああ! ザ、ザンツァ様ああああああ!」
グランシャイトは白い粒子と化して消えていった。
戦いはアンシャルの勝利で終わった。
グランシャイトの死によって、陰謀は終わったはずだった。
だが、アンシャルたちはさらなる闇の侵入を受けることになる。




