不信
「うわああああああん!」
一人の女の子が泣いていた。
「? どうしたの?」
アオイが尋ねる。
アオイは性格的にこの手の子を放っておけないのだ。
「お父さんとお母さんが連れて行かれたー!」
「誰に連れて行かれたの?」
アオイは諭すように接する。
「ふぐっ、海賊に……」
「海賊! アンシャルさん! ぜひとも海賊からこの子の両親を解放しましょう!」
「ああ、そうだな。私はこれから海賊船に向かう。アオイはこの子の面倒を頼む」
「わかりました」
アンシャルは港へと向かって行った。
海賊は港に船を停泊しているはずだ。
アンシャルはそこに乗り込むつもりだった。
アンニーバレとグランシャイトは船の上で部下たちを待っていた。
しかし、部下たちは戻ってこない。
アンニーバレは不安になってきたのか、船の甲板を行ったり来たりする。
「おかしい……あいつらは一体何をやっているんだ! このままでは見捨てるほかないぞ!」
アンニーバレがイライラする。
それを見て、グランシャイトが言う。
「ふーむ、おかしいですな。今頃はもう戻ってきているはずなのですが……何かあったのでしょうか?」
グランシャイトは理由に心当たりがあったが、わざと言わない。
海賊たちはグランシャイトが思った通り、アンシャル・シベルスクに倒されたのであろう。
思った通りの展開に、グランシャイトは内心で会心の笑みを浮かべる。
クックック、バカな奴らだ。
たかが海賊ごときが、正規の騎士にかなうわけあるまい。
そんなことも分からないとは、いっそのこと哀れみさえ覚えるな。
「このままでは計画に支障がでる……最悪、あいつらは見捨てるしかあるまい」
アンニーバレが最悪のことを想定する。
アンニーバレも焦っているのであろう。
「しかし、このまま部下を見捨てたら、海賊長の威信に傷かつきますな」
グランシャイトはわざと『見捨てたら』の部分にアクセントを置いて発音した。
海賊としては優秀な部下たちを見捨てるのは、大きな損失に他ならない。
部下の補充はなかなかできない。
そのため、アンニーバレは基本的に部下を見捨てない。
いったいあいつらは何をやっているんだ!
アンニーバレは叫びたい気持ちだった。
グランシャイトはそんなアンニーバレの内心を推測する。
アンニーバレは部下を見捨てるか、このまま留まるか、悩んでいるのだ。
最悪のことはわかっている。
最悪、部下たちを斬り捨てざる得ない。
このまま港に停泊し続けたら、港を封鎖されかねない。
そうなれば、全滅だ。
ノヴァーリアの法では海賊行為は絞首刑と決まっている。
アンニーバレはまだ死にたくない。
だが、部下を見捨てるのはポリシーに反する。
アンニーバレは意外と部下想いだった。
「マゴーネとジスコーネは何をやっている! 遊ばせるために派遣したんじゃねえぞ!」
今この二人はアンシャルとアオイに倒されている。
さすがにこのことはアンニーバレも予想できなかった。
マゴーネとジスコーネは海賊の中でも猛者だ。
そう簡単にやられるとは思わない。
しかし、あの二人も帰ってこないのは事実……。
アンニーバレは判断を迫られている。
「おい、おまえら! マゴーネとジスコーネを探してこい! あいつらはメッチーナ銀行に行かせたはずだ!」
「へい! ボス!」
部下の海賊たちが船を降りて二人の救出に向かう。
さすがのアンニーバレもあの二人を斬り捨てる覚悟はなかった。
あの二人は優秀だ。
あの二人がいなければ今後の海賊活動に支障が出る。
「くそったれ! こんなことは初めてだ! 焼きが回ったもんだぜ!」
アンニーバレが吐き捨てる。
アンニーバレは己の不幸を呪った。
「アンニーバレ殿、焦りは禁物ですぞ?」
「先生! そんなことはわかっているぜ!」
アンニーバレは短気な男だった。
思慮深いとはいいがたい。
アンニーバレはどちらかと言えば行動力があるタイプであろう。
アンニーバレは帰ってきたら、部下たちを怒鳴りつけるつもりだった。
それも含めて、グランシャイトには楽しくて仕方がない。
所詮、海賊どもは使い捨て。
この事実は変わらない。
グランシャイトも海賊でアンシャル・シベルスクを倒せるとは思っていない。
海賊たちはせいぜいあがいてくれればそれでいい。
アンシャル・シベルスクにぶつける人材はすでに用意してある。
海賊たちは前座だ。
こ奴らには踊ってもらおう。
それを知ってか知らないでか、アンニーバレは部下たちに檄を飛ばす。
「おい、すぐに港から離脱できるように出航の準備を整えておけ!」
「はっ!」
残った部下たちは船の準備を整える。
部下たちは戦々恐々だ。
アンニーバレは部下たちから恐れられている。
と同時に敬意を持たれてもいた。
敬意と恐怖は矛盾しない。
リーダーになるためには敬意を持たれることが必要だ。
軽蔑されたら、リーダーとしては失格である。
敬意を持たれると、人は自然に従う気にされる。
アンニーバレにはそれがあった。
「ここが海賊船か?」
「!? なんだあ、てめえは!?」
アンニーバレが激怒する。
そこに現れたのはアンシャルだった。
「私はアンシャル・シベルスク。テンペルの副長だ」
「アンシャル・シベルスク!?」
アンニーバレはアンシャルのことを知っていた。
テンペルのナンバーツーだ。
「久しぶりですな、アンシャル殿」
グランシャイトが前に出る。
アンシャルは顔をしかめた。
「グランシャイト……おまえだったか」
「なんだあ? おい、先生! あんたこいつと知り合いだったのか?」
「まあ、そういうことですな。ほっほほほ」
「ちっ!」
アンニーバレが舌を打つ。
アンニーバレはここに来て、自分たちが利用されていたことに気づいた。
「海賊たちは私が倒した。おまえが海賊のボスか?」
「そうだ! 俺様はアンニーバレ!」
アンニーバレが剣を抜いた。
アンシャルも長剣を向ける。
「おまえがマゴーネとジスコーネを倒したのか?」
「ああ、そうだ。あの二人は今ごろ地獄にいるんじゃないか?」
「てめえ! よくもかわいい部下を! ぶっ殺してやる!」
「では、戦うとしよう」
二人の間に火花が散った。




