ウンベルト
パリーンと水晶が床に叩きつけられた。
当然、そんなことをすれば水晶は割れて砕ける。
「はあ、はあ、はあ!」
ウンベルトは小部屋の中で息を荒げていた。
「くっ、こんなバカな! わしの最高傑作が倒されただと!?」
ウンベルトがやったのは水晶に対しての八つ当たりだ。
ウンベルトは龍骨兵がアンシャルに勝つ未来を思い描いていた。
アンシャル・シベルスクは龍骨兵によって斬り刻まれるべきだったのだ。
だが、結果は敗北……。
龍骨兵の方が倒されてしまった。
なぜだ?
いったい何が誤っていたのだ?
ウンベルトには理解できない。
ウンベルトは龍骨兵の創造主だ。
そのため、龍骨兵の戦闘力を知っている。
それは一体で一個中隊を壊滅させることができるほどだ。
それほどの戦闘力がありながら、なぜ龍骨兵は敗れたのだ?
力ではアンシャル・シベルスクに優っていたはずだ。
それなのになぜ!
確かに龍骨兵に弱点がないわけではない。
龍骨兵は光属性に弱い、そういう欠点があった。
だが、龍骨兵の戦闘力はそれを補って余りある。
龍骨兵は闇の力を与えられた、アンデッドだ。
これは闇が光に敗れたことを意味する。
このようなことはあってはならない。
闇こそ、真に永遠であるものなのだから。
ウンベルトはこの戦いには何か偶然の要素があったと考えることにした。
それは敗北の理由から目をそらさせ、自己本位の視点へと誘導させた。
龍骨兵が敗れることはありえない。
それはありえないのだ。
もう一度言う。
くどいが、龍骨兵は必ず勝利する。
このわしの最高傑作が負けることなどあってはならない。
このようなことが起きたのは、やはり偶然の要素があったからだ。
そうだ。
そうに違いない。
きっとそうに決まっておる!
「クックック……よかろう。アンシャル・シベルスクよ、このわしが遊んでやりう。このわしが恐怖と絶望で叩き落してくれるわ」
ウンベルトはツヴェーデンの南地方、ノヴァ―リアとの国境地帯に生まれた。
ツヴェーデンとノヴァ―リアは歴史的にはあまりいい仲とは言えない。
『ウンベルト』という名はノヴァ―リア風であり、ツヴェーデン風ではない。
名前から、その出自が分かるのだ。
ウンベルトは孤児だった。
両親は交通事故で死亡したため、孤児院に入れられたのだ。
ウンベルトは小さいころから反抗的で、周囲とよく衝突していた。
そのため、孤児院ではよく罰としての食事抜きを受けていた。
ウンベルトが孤児院で掃除をしていたころ、彼のもとにグリーヒェンラント(Griechenland)の魔道士がやって来たのだ。
その魔道士はアリストテレス(Aristoteles)と名乗った。
彼は道を尋ねたくて、孤児院に寄ったのだが、そこで強大な魔力を持て余していたウンベルトと出会った。
アリストテレスはウンベルトの才能を見抜いた。
非凡であるがゆえに、それが彼にはわかったのだろう。
アリストテレスはウンベルトを『買い取った』。
そして弟子として教育した。
ウンベルトは師から多くのことを学んだ。
それは知識もあったし、魔法のこともあった。
ウンベルトは遠い異国で魔法の修業に励んだ。
彼には才能があったため、瞬く間に技術を吸収していった。
だが、それも悲劇の始まりだったのだろう。
ウンベルトは才能があったが、傲慢にもなっていった。
また、師から独立すると、それまで禁断とされてきた闇の魔法を学んだ。
闇の魔法は一般的にその研究が禁止されている。
それはグリーヒェンラントでも同じだった。
闇の魔法は相手の精神に干渉したり、アンデッドを作ったりできたため、嫌われたのだ。
だが、だからこそそれを研究するものも出てくる。
ウンベルトはだからこそ闇の魔法を学んだ。
それは好奇心であった。
しかし、闇の魔法を学んだことがばれて、ウンベルトは当局から追われる身になった。
ウンベルトはグリーヒェンラントにはいずらくなり、ツヴェーデンに戻ってきた。
グリーヒェンラントは魔法の国だ。
グリーヒェンラントでは魔道士が国事に就く。
世界中から優れた魔道士がやってくる。
グリーヒェンラントに留学することは名誉あるキャリアといえた。
ウンベルトはツヴェーデンに入り、ある人物と出会った。
それはウンベルトのその後の生き方を変えた。
それは闇の王だった。
ウンベルトは闇の王から誘われて彼らの仲間になったのだ。
ウンベルトが一生をかけて研究してきたのは闇の魔法とアンデッドの製作であった。
優秀なアンデッドの兵士を作ること……それがウンベルトのライフワークだった。
ウンベルトは部屋から降りた。
そして緑の廊下に降り立った。
アンシャルはまた似たような扉の前にいた。
「やれやれ、またか。今度こそ、本命だといいが」
アンシャルはユーモラスに笑い、扉をくぐった。
その先は緑の廊下だった。
そこにローブを着た一人の老人がいた。
「フォッフォッフォッフォ! よくここまで来れたのう。ほめてやろうぞ」
「おまえは誰だ?」
「フォッフォッフォ、わしはウンベルト。使徒ザンツァ様に仕えておる」
「ということはテンペルの襲撃は?」
「フォッフォッフォッフォ、そうじゃ。このわしの差し金じゃよ。まったく、残念じゃった。スルト総長を葬ることが目的だったのじゃが……おまえたちの方が上手だったようじゃのう」
「なるほど……スルトの抹殺が目的だったのか。それで大規模な攻撃を仕掛けてきたというわけか」
アンシャルは妙に納得した自分がいることを発見した。
あの襲撃に何か意味があるか、気がかりだったのだ。
どうやら敵の目的はスルトの抹殺だったらしい。
スルト一人を殺すためとはいえ、大規模な攻撃を仕掛けてきたものだ。
もっともあれだけの攻撃が何の意図もないとは考えにくい。
「使徒とは何者だ?」
「フォッフォッフォ、それ言えんのう。どうしても知りたければ、このわしから無理やり聞き出すのだな」
「フッ、おまえのような奴はどんなに痛めつけても絶対にはかないだろうな」
「フォッフォッフォ、その通りじゃ」
アンシャルは澄んだ目を向けた。
透徹した視線がウンベルトを射抜く。
「……澄んだ目じゃ。気に入らんのう」
「どうして気に入らないんだ?」
「そういう目をした者を闇に落としたくなるのじゃよ、わしはな」
「それはおまえが闇に堕ちただけのことだ。ただの堕落だ」
ウンベルトは自らの意思で闇の染まった。
それはアンシャルが弾劾するように、ウンベルト自らが望んだことだ。
闇の魔法は邪道で外法である。
それは倫理的にも悪しきものなのだ。
つまり、闇は悪である。
光と闇は倫理的色彩がある。
光は善、闇は悪、それが絶対の理。
この世の普遍的原理なのだ。
「この毒の雨を降らしているのもおまえか?」
「フォッフォッフォ、そうじゃ。闇は恐怖を好むゆえ」
「なら、私はおまえを止める」
「フォッフォッフォ、できるかのう?」
「やってみせるさ」
「ではかかってくるがいい、アンシャル・シベルスクよ」
アンシャルは銀の長剣を出した。
風王剣イクティオンだ。
アンシャルはこの剣と共に幾多の戦いをくぐりぬけてきた。
いわば相棒である。
アンシャルのとっての希望でもあった。
「フォッフォッフォ、こわっぱにはまだまだ負けんぞい」
ウンベルトは杖に闇の球をまとわせた。
闇の球がくるくると回る。
「ダークネスシェイプ!」
ウンベルトが闇の球を撃ちだしてくる。
それもすさまじい数だ。
アンシャルはとっさに光明剣を出した。
闇の球が次々とアンシャルに襲いかかる。
アンシャルは防御するだけで精いっぱいだ。
「フォッフォッフォ、どうした? 口ほどにもないのう?」
ウンベルトがうざいじじい言葉でアンシャルに話しかける。
ウンベルトは自らが押していると信じて疑わなかった。
ウンベルトは杖を上にかかげた。
闇の球がサメがうごめくように、アンシャルの上方で回転する。
「フォッフォッフォ! 一気に決めさせてもらうぞ! 逝ねい!」
闇の球が一斉にアンシャルに降り下る。
アンシャルはそのままやられてしまうかのように思われた。
その時アンシャルは光を上に吹き上げた。
光の柱がそのまま闇の球を消し飛ばす。
「!? バカな!?」
アンシャルはそのままウンベルトに斬りかかる。
光の剣がウンベルトの体をかすった。
「ぐぬう!?」
だが、それまでだった。
ウンベルトは幻影をまとって後退したのだ。
ウンベルトは高速移動もできるらしい。
「かすっただけか……」
アンシャルは残念そうにつぶやいた。
アンシャルとしては必殺の一撃だったのだが……。
やはりこの男はただ者ではない。
そう簡単に勝たせてはくれないらしい。
「……」
「どうした?」
「ククク……」
「?」
「よもやここまでやるとは思わなんだぞ。それでは我が外法の真髄を見せてやろうではないか!」
ウンベルトが闇に覆われた。
どす黒い闇がウンベルトにまとわりつく。
その中から紫色の体をした幽霊のような怪物が現れた。
「それがおまえの真の姿というわけか」
「フォッフォッフォ! その通り!」
ウンベルトの声まで変質していた。
その声は濁った、くぐもった声だった。
それはまるでゴーストのような体をしていた。
「これぞわしの研究成果じゃ! わしはウンベルト・レイスじゃ! さあ、若造! くびり殺してくれるわ! ブラックウィスプ!」
ウンベルトの前に闇の球が多数形成される。
闇の球は意思を持つかのように、アンシャルに襲ってくる。
それは変幻自在だった。
「くっ!?」
アンシャルはその迎撃に苦戦する。
闇の球が四方八方から攻撃してくるのだ。
アンシャルでもそれを防ぐにはきついだろう。
「ファーッハッハッハッハッハ! どうじゃ! 闇の力は無敵! それに人がかなうわけがない!」
「……違うな」
「何?」
「おまえは自分から人をやめただけだ。人の持つ力を過小評価しただけだ」
「フン! 人間ぶぜいが何を言う! これこそ闇よ! 闇の前に人など無力じゃ! ゆえにわしは人をやめたのじゃ! いや、人であることを捨てたのじゃ! すべては闇の偉大さのために!」
「よく言う……」
「何じゃと?」
「おまえに見せてやろう、人の持つ力を」
「フン! そんなもの! 見るまでもないわ! ダークライトニング!」
ウンベルトが闇のイナズマをアンシャルに放った。
アンシャルは死ぬかに見えた。
だが、アンシャルは長剣でそれを受け止めていた。
アンシャルの長剣は銀色に輝いていた。
「何だ、それは!?」
「これは銀光剣。白銀の光だ! くらえ、ウンベルト!」
アンシャルは白銀の長剣でウンベルトの胸を貫いた。
「グギャアアアアアアアアアアアアアアアア!?」
アンシャルの光がウンベルトを分解する。
「まさか……こんな、こんなことが……バカな!? バカなあああああああ!?」
ウンベルトはそのまま消えていった。
どす黒い闇を噴き出して。
「やったか……」
アンシャルは座り込んでしまった。
ウンベルトは強敵だった。
その瞬間、地響きが起こった。
「まずいな。塔が崩壊する!」
主を失った塔は周囲に轟音を響かせて消えていった。
塔が消えた後には虹がかかっていた。
雨はすでにやんでいた。




