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毒の雨

カフェ・シュテルンヒェン(Sternchen)という喫茶店がある。

星をかたどったマークの店で、ツヴェーデン全国に展開している店である。

客層は中間層で、おもにカップルで訪れる人が多い。

現在もこの店はカップルでにぎわっていた。

アンシャルとアオイもこの店にやって来た。

二人ともコーヒーを注文した。

「この店のコーヒーはおいしいですね。癖になりそうです」

「アオイはこういった店には来るのか?」

アンシャルが尋ねた。

アオイは古風な娘だから、こういった店はあまり訪れないのではないだろうか?

「そうですね。友達の女の子たちと来ることがありますよ。ツヴェーデン人の友達ですけど」

「友達とはどんなことを話すんだ?」

「まあ、最近なら婚約したことですね。みんな驚いていましたよ。でも、アンシャルさんの名前を出すとみんなうらやましそうにするんです」

アンシャルはテンペルの副長を務めているだけあって有名である。

テンペルの存在はツヴェーデンにとって重要だ。

テンペルとツヴェーデンは同盟関係にある。

テンペルはツヴェーデンの軍事的覇権に協力してきた。

それは覇権国に対する貢献と見なされた。

それにテンペルの側では、最新の軍事技術を学びたいという思惑もあった。

「アオイには男の友達はいるのか?」

「え? いえ、いませんよ。友達はみんな女の子です。もしかして、妬いているんですか?」

アオイが意地悪そうな顔をする。

アンシャルは苦笑した。

「私も男だ。アオイに男の友達がいるかどうかは気になるさ」

「安心してください。私はアンシャルさん一筋ですよ」

「ははっ、そうあってほしいものだ」

何気ない日常。

何気ない会話。

アンシャルはそれがうれしいと思った。

きっとこれからもアオイといっしょにこんな日々を過ごしていくのだろう。

アンシャルも戦士だ。

そしてテンペルは戦士の共同体だ。

アンシャルも戦いに赴かなくてはならない時がある。

けれど、アンシャルは戦いそれ自体に陶酔感は感じない。

そこがセリオンと違うところだ。

セリオンは戦いそれ自体を愛している。

セリオンにとって戦いとは自然そのものであり、本性ほんせいなのだ。

セリオンの存在は戦いと共に在る。

だからこそ、セリオンの伴侶は同じ戦える人でなければならなかった。

アンシャルはアオイに戦ってほしいとは思わない。

ただ、アオイにはそばにいてほしいと思うだけだ。

アンシャルは戦いより、平和を愛している。

平和こそあるべきものだと思う。

もちろん、平和はただ祈るだけでは実現しない。

そのためには軍事力も必要だ。

逆説的だが、軍事力がなければ、平和は維持できない。

平和パクスのためには軍事力が必要なのだ。

だからこそ、テンペルは軍事力を保有しているのである。

大切な存在を守るためにも、軍事力は不可欠だった。

アンシャルは外を見た。

通りを人々が歩いていく。

その時、雨が降ってきた。

「ん? これは?」

アンシャルは気づいた。

この雨は緑色をしている!

これは毒の雨だ!

「アオイ……すぐにテンペルに帰るんだ」

「アンシャルさん?」

「どうやら、何者かが毒の雨を降らせている。私は戦いに赴かねばならない。アオイをこの戦いに巻き込みたくはない」

「アンシャルさん……」

アンシャルはアオイを愛しているからこそ、この戦いに巻き込みたくはなかった。

これはアンシャルのエゴだ。

「セリオンがいない今、シュヴェリーンの安全を守ることができるのは私だけだ。これは私が引き受けなければならないんだ。わかってくれ」

「はい……アンシャルさんの伴侶として、テンペルで待っています」

人々は路地で逃げ惑っていた。

この毒の雨が効果を表しつつあるのだ。

おそらく、雨足はもっと強くなってくるだろう。

さすがのアオイもこの雨は耐えられないだろう。

アンシャルは気息の修業をしたのでこの雨に対する耐性があるのだ。

アンシャルは支払いを済ませると、外に出た。

「ん? あれは……?」

アンシャルは旧市街地に一本の塔が建っているのを見た。

あんな塔はシュヴェリーンにはなかった。

ということは……。

「あの塔が雨の根源か。自然庭園の中にあるようだな。実に怪しい。まあ、いい。あの塔に向かうぞ」

アンシャルは塔へと向かって走りだした。



一人の老人が水晶球で逃げ惑う人々を見ていた。

水晶には映像が浮かび上がっていて、それを老人は眺めているのだ。

老人はウンベルトであった。

ウンベルトは毒の雨で人々が逃げ惑う様を楽しんでいるのだ。

「フォッフォッフォ。逃げ惑うがいい、虫けらどもよ。この雨で苦しむがよいわ」

ウンベルトは本心から楽しんでいた。

ウンベルトを支配する感情は喜悦。

ウンベルトにとって人々に災いを降りかからせるのは快楽なのだ。

すべては闇の支配のために。

そう、ウンベルトはただ快楽のためにこんなことをしているわけではない。

それには理由があるのだ。

ウンベルトは闇に仕えている。

闇のあるじが闇の支配をお望みなのだ。

ウンベルトはどこまでいっても手先にすぎない。

あのお方は既存の国家を越えたことを考えている。

nation state ――それを越えることをあのお方は考えているのだ。

あのお方の地図に、既存の国境線はない。

現在の国家はいずれもnation――国民を単位としている。

闇のあるじはそれに反逆するつもりなのだ。

彼は既存の国家を無効としている。

ウンベルトにできるのは恐怖の招来――恐怖でシュヴェリーンを陥れることくらいだ。

闇の理は恐怖や絶望、憎しみである。

闇は恐怖で支配する。

「フォッフォッフォ。アンシャル・シベルスクがこちらに向かっているな。むしろ好都合というものよ。このわしの力によれば、アンシャル・シベルスクなど敵ではない。セリオン・シベルスクがいない今、時は好機。シュヴェリーンを闇で支配してくれるわ」

ウンベルトの陰険な表情を、灯火が照らしていた。

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