闇の間
「アンシャルさん、きれいな川ですね」
「ああ、そうだな」
アンシャルとアオイはダーヌ川のほとりにいた。
ダーヌ側はシュヴェリーンを貫流する川で、ちょうど川の東と西で旧市街地、新市街地と区別されている。
二人は休暇中ということもあってデートをしていたのだ。
アンシャルは考えてみれば、アオイをデートに誘うのがこれが初めてだった。
アンシャルはアオイのことを大切に考えている。
アンシャルはアオイの笑顔が見たくてデートに誘ったのだ。
アオイは白い半そでシャツに、紺のミニスカートだった。
アオイの白い肌からのぞく健康的な脚がなまめかしい。
アンシャルはついそちらに視線がいってしまう。
アンシャルは自身の婚約者の魅力に参ってしまう。
アオイが欄干からダーヌ川を見わたす。
「アンシャルさん、来てください! きれいですよ!」
「ああ、わかった、わかった」
アンシャルは苦笑しつつも、アオイの隣に行く。
「そんなにうれしいのか?」
「はい! 私はようがない限りはヤパーナー自治区から出れなかったんです。こんなに自由にシュヴェリーンを歩けるのは初めてです。これもアンシャルさんのおかげです」
アオイが赤面しつつ、伝えてくる。
アンシャルはアオイの肩を寄せた。
「あっ……」
「こうすれば、もっとよく見えるようになる」
「はい……」
二人の間に甘い雰囲気が漂う。
アンシャルはアオイの柔らかい体を感じていた。
アンシャルは大人の男性だ。
アオイをリードして接することができる。
アンシャルは必ずしも恋愛経験が豊富なわけではない。
アンシャルは男だから、自分から積極的に女性にアプローチをしようと思っているのだ。
恋愛の形は様々である。
女性の方がアタックしてもいい。
奥手な女性が好きな男もいるだろうが、シベリア人の間では、男女どちらからもアプローチすべきだと考えられている。
「私はアオイと出会えてうれしいよ」
「私も、アンシャルさんと出会えてうれしいです」
二人は恋人だ。
そして、婚約者でもあった。
そんな二人がいっしょに過ごすのだから、甘酸っぱいのは当然だった。
ただ、この二人の場合はどこか初々しい。
互いに恋愛の経験があまりないことがその理由だ。
だから、二人は互いに距離感を測りかねていた。
どこまで踏み込んでいいのかわからなかったからだ。
アンシャルは現在休暇中である。
そしてアオイはツヴェーデン女子ソフィア大学に再び通っていた。
アンシャルはセリオンとエスカローネが自立したため、暇になっていた。
いわば、アンシャルは第二の人生を歩んでいた。
そのため、アンシャルには時間があった。
だからその時間をアオイと過ごすことに使っていた。
ただ、それでもアオイとは会えない時がある。
暇な時間があるわけだ。
そこでアンシャルは若いころ研究していたが、セリオンの誕生で中断していた、哲学の研究をすることにした。
アンシャルはツヴェーデン大学中退であったが、ヴァイツゼッカー大統領の口利きで、再度入学してはいかがかと打診されていた。
アンシャルは余った時間を学業に生かそうと考えた。
ツヴェーデン大学は哲学、政治学、経済学で構成されている。
特に哲学は筆頭の地位にあった。
アンシャルは子供を育て終わった残りの人生を、アオイと哲学に費やそうと考えていた。
「アオイ……キスしていいか?」
「もう……そんなことは雰囲気を読んでください」
「ははは、悪い。私はストレートなんでね。いいか? 悪いか?」
「……いいですよ」
アオイが目をつぶる。
アンシャルは引き込まれるように、アオイにキスをした。
そのままアンシャルはアオイを抱きしめる。
アオイの体温がアンシャルに伝わった。
二人はそのままじっとしていた。
闇の間――闇の者たちがうごめいていた。
闇は光の支配を覆そうと、虎視眈々と反逆を狙っているのだ。
そこに三人の男と一人の女がいた。
名は男がウンベルト(Umberto)、グランシャイト(Granscheit)、ヒュオン(Hyon)、女がローデ(Roode)といった。
「まったく、どうしてわたくしがこんなむさいところに来なければならないんですの?」
ローデが忌々しそうに言う。
「ほっほっほ、まあそう言うでない。これは我ら四人にかかわることなんじゃ」
ウンベルトは楽しそうだ。
「ふむ……我ら四人が対面するなどそうあることではないですからね。貴重なひと時ですよ」
とグランシャイトが自分のひげをいじくる。
「それで、いったい何をするために我らを集めた?」
ヒュオンが冷たく尋ねる。
ローデは赤いイブニングドレスを着た銀髪の女だった。
ウンベルトは杖を持ち、ローブに身を包んだ老人。
グランシャイトはヤギのををした亜人。
ヒュオンは白い神官服に青いマントをはおった青年だった。
この四人はある目的のために集まったのだ。
四人は平等で、序列はない。
ただし、ウンベルトが最長老ということもあって、自然とリーダーシップを取る形になった。
この四人はザンツァの部下だった。
使徒ザンツァ(Zxanza)――闇の王フューラーに仕える使徒のひとりである。
「それで、わたくしたちは何のために集まったんですの? ウンベルト?」
「ほっほっほ。我らが集まったのはほかでもない。テンペル襲撃についてじゃ」
「テンペル襲撃ですか?」
「気は確かか?」
グランシャイトとヒュオンは疑念を挟む。
テンペルは聖堂騎士団、ヴァルキューレ隊という軍事力を持っている。
まともな敵などはね返すであろう。
いかにザンツァの部下とはいえ、簡単に落とせるわけではない。
逆に逆襲される可能性すらあるのだ。
ヒュオンとしてはそのあたりが気になるのだろう。
「そうですわ。ウンベルト、あなたもうろくしたんじゃないのかしら? テンペルを襲撃するなんて自殺行為ですわよ?」
ローデは冷ややかだ。
ウンベルト以外はテンペル襲撃に難色を示したと言える。
だが、ウンベルトは余裕を失わない。
「ほっほっほ。安心するがよい。この目的はスルト総長の暗殺にある。スルトさえいなくなれば、テンペルの求心力は大幅に低下するじゃろう。我らは遊んでいるのではない。そしてザンツァ様も我らを遊ばせるつもりはない。すべては闇の世を築くため……光の勢力の本拠地たるテンペルは我らと対立している」
「スルト総長の暗殺? そんなことが可能なのか?」
ヒュオンはここでも疑念を出す。
「そうですぞ。スルト総長はテンペル最強の戦士、そんな簡単に事が運ぶわけがないですぞ?」
グランシャイトも懐疑的だ。
「ほっほっほ、若い衆は悲観的じゃのう。だが、安心せい。策は考えておるわ。召喚獣を使うのじゃ」
「召喚獣を?」
「我ら三人は陽動じゃ。ローデよ、おぬしにスルト総長の暗殺を頼みたいのじゃ」
「わたくしが?」
ローデは批判的になった。
目を細めて、ウンベルトを見る。
「ウンベルト……何を考えているんですの?」
「そうだ。何を企んでいる?」
「その本心はいかに?」
三人ともウンベルトが何か別の目的があると勘ぐっているようだ。
これはウンベルトが奸計を企んできたがゆえに疑われるのだ。
ウンベルトは心外とばかりに反論してみせた。
「ほっほっほ。心外じゃな。少しはわしのことを信じてもらいたいのう。おまえさんたちに陰謀を仕掛けようというわけではないわ」
「私は無謀だと考える。グランシャイト、ローデ、おまえたちはどう考える?」
「ふむ……スルト総長が孤立すれば、召喚獣で叩くことも可能でしょう。それに我らも遊んでいるわけではありませぬ。ザンツァ様がお望みなら、動くのが我らの使命ですぞ、ヒュオン殿?」
「グランシャイトはウンベルトの肩を持つのですわね? ヒュオン、やってみて悪いわけではないでしょう。失敗したらそれはその時ですわ」
ローデが肯定的な意見を出した。
ウンベルトは満足そうにうなずく。
「ザンツァ様がお望みなのか?」
「ほっほっほ。その通りじゃ。それでも反対するかの、ヒュオンよ?」
「……いいだろう。私も手を貸すとしよう。だが、今回限りだ」
「ほっほっほ。それでよい。それでは具体的な策に取り掛かろうぞ?」
ウンベルトのうざいじじい言葉が響く中、陰謀が企てられていった。




