魂狩り
一人の女がいた。
女は雨の中を歩いていた。
女は仮面をつけていた。
その女の服は戦闘用のドレスだ。
手には鎌を持っていた。
髪は長い。
女は背後から女性に近づいた。
女は女性が気づくこともなく鎌を振るった。
鎌は女性の体を通過して、何かを刈り取った。
女性は倒れた。
女の手には青い球体が残った。
それは女性の魂だった。
女の表情は仮面によって隠されてわからない。
女は雨の中を姿を消していった。
セリオンはサラゴンと共に屋外訓練場で剣術の修業をしていた。
セリオンの武器は片刃の大剣。
サラゴンの武器は黒い長剣だ。
「はっ!」
セリオンがサラゴンを攻める。
これは純粋に剣術の戦いだ。
闘気や技を使うことは禁止してある。
「はっはっは! どうした、セリオン? まだまだ甘いな!」
サラゴンが余裕を見せる。
セリオンは20歳。
サラゴンは30歳。
10年の年のひらきがある。
当然、純粋な剣術ではサラゴンの方が上だ。
これが技を使うと勝負はセリオン有利になるのだが、それをやったら修行にならない。
セリオンは大剣でサラゴンに打ち込んでいく。
「どうした、セリオン? ソードマスターになるんじゃなかったのか?」
サラゴンが感じの悪い笑みを浮かべる。
今のセリオンはまだ未熟だ。
逆のことを言えば、セリオンには成長の可能性があると言える。
「うるさい! 俺は絶対にソードマスターになるんだ!」
セリオンが大剣に力をこめる。
技量ではサラゴンの方がセリオンよりも数段上だ。
「セリオン、力で押し込もうとしても受け流されるだけだ。もっと剣を巧みに振るえ!」
サラゴンがアドバイスする。
実際サラゴンがセリオンの大剣をやり過ごすことができるのは大剣の重みをまともに受けないでいるからだ。
いくらサラゴンでもセリオンの大剣をまともに受けたらやられてしまうだろう。
セリオンとサラゴンは距離を取る。
「セリオン、おまえの武器は重量があるが、それを受け流せる相手にはむしろそれが弱点になる。それを回避するためにはおまえ自身がもっと技術を学び、技量を高めることだ。おまえの剣技はかなりレベルが高い。それは自信を持っていい。だが、これ以上剣技を高めるためには、基礎の反復しかない。おまえは天才肌だから、基礎の反復を甘く見てはいけない。むしろ戦い方次第ではあのアリオンがおまえに勝つこともできる。つまり、今のおまえには基礎の追求しかない。それが、ソードマスターへの道だ」
「……ああ、ありがとう、サラゴン。俺はソードマスターになってみせる。世界中の剣士の頂点に立つんだ!」
「やあ、二人とも。修行にいそしんでいるか?」
「アンシャル……」
「アンシャル副長!」
そこにやって来たのはアンシャルだ。
アンシャルは相変わらず美しい。
その顔は整っており、多くの女性を虜にしそうだ。
「それで、また俺に仕事を頼みに来たのか?」
セリオンが皮肉を言う。
アンシャルは苦笑して。
「ああ、その通りだ。スルト総長がおまえを呼んでいる。今すぐに聖堂執務室に行ってくれ」
アンシャルはさわやかに告げた。
「また任務か。つまり『闇』がうごめいているわけだな?」
「その通りだ。私はこの事件に闇の力を感じる。明らかに、闇がうごめいている」
「わかった。今すぐに向かう」
セリオンは聖堂へと去っていった。
それをアンシャルとサラゴンが見送る。
「それで、セリオンの剣はどうだ?」
「ええ、のみ込みが早いので鍛えがいがありますよ。しかし、一気に急成長というわけにはいきませんな。セリオンに今必要なのは基礎です。今までは本性で伸びてきましたが、こればかりは時間と経験でしか解決できないでしょう。今は信じる時ですな」
サラゴンはアンシャルに次ぐ騎士団ナンバー3だ。
ゆくゆくは騎士団の副長になることが確実視されている。
アンシャルとサラゴンは気心が知れた仲だ。
そもそもアンシャルと出会うまでは、サラゴンは『冒険者』をやっていた。
アンシャルと知り合って、サラゴンはテンペルに入ることにしたのだ。
「あいつには、何か人を信じさせるものがある。そうは思わないか、サラゴン?」
「副長もですか? 実は私もそうです」
「私はあいつが神話を作る存在だと思う」
「神話?」
「そうだ。あいつの軌跡が神話になる……人が信じるもの……人に希望をもたらすもの……我々シベリア人が根源とするもの……あいつは私たちとは違う存在だからな」
アンシャルはセリオンが『神の子』だと知っている。
アンシャルは自分の20年をセリオンのために捧げた。
そのためアンシャルは自身の恋愛をあきらめなければならなかった。
アンシャルは18年セリオンを育ててきた。
アンシャルは自らのすべてをセリオンに伝えた。
それは剣術と学問だった。
ディオドラがセリオンに無償の愛を注いだように、アンシャルも自分のもてる限りを注いだのだ。
アンシャルはしばし感慨にふけった。
アンシャルは遠くを眺めた。
セリオンは聖堂執務室にやって来た。
その中では一人で机の前に座っていた。
「セリオン、まいりました」
「よく来てくれたな、若き狼よ」
スルトは厳しい表情を崩さない。
この人はこういう人だった。
厳格だが、感情を抑圧する傾向がある人だった。
スルトの判断や思考は理性的で、セリオンにはあまりに理性的過ぎると思われた。
もっとも、こんなところも含めてセリオンはこの『父』を愛していた。
「昨夜、事件があった」
「事件?」
「それが妙な事件でな……襲われたのは女性だ。外傷はない。ただ」
「ただ?」
「魂を取られていた」
「何だって? 魂を?」
そんな事が可能なのか?
もしそんなことができたなら、特別なアーティファクトか?
人間の魂は人間に宿っていて死ぬと、天国か煉獄、地獄に行くらしい。
その魂を奪った?
「犯人は?」
「目撃情報はない。襲われた女性の体に魂が宿ればおそらく元に戻るだろう。おまえにはその犯人を見つけ出してほしい。必要とすれば『殺害』してもかまわない」
『殺害』という言葉をセリオンは気にかけた。
つまりセリオンの裁量に任せるということだ。
セリオンには生かすか、殺すか選べるということだ。
それはスルトがセリオンを信頼しているからだ。
「しかし、犯人をどうやって見つけたらいいんだ? シュヴェリーンは広い……俺一人では見つけられないぞ?」
「気息で感じろ。気息を集中し、周囲の人や物を知覚するのだ。気息がおまえを犯人へと導いてくれるだろう」
「わかった。今夜から見張りを始める」
「それがいいだろう。今から夜のために力を休めておけ」