悶々と
アオイは私室のベッドで横になっていた。
今思っても、顔が恥ずかしさで吹き出してしまいそうだ。
アオイはアンシャルに裸で抱きついてしまった。
とっさのこととはいえ、よくもあんなことをしたものだ。
大胆と言えばそれまでだったが……。
アオイは胸が熱くなっていた。
「アンシャルさん……好き……」
アオイがつぶやく。
これはアオイの本心だった。
アオイはアンシャルを愛している。
いや、愛してしまった。
アオイは自分の胸に宿るこの気持ちと向かい合った。
自分はアンシャルを愛している。
いつからだろう?
気づいていたら、もう愛に落ちていた。
なぜだろうか?
アンシャルが紳士的だから?
アンシャルが美しいから?
アンシャルが優しいから?
理由はいろいろと上げられるけど、どれも違うような気がする。
ただ、アンシャルだから好きになった。
それが一番真実に近い。
きっとそうだ。
フフフ……。
アンシャルのことを考えると胸が熱くなる。
せつなくなる。
アンシャルのことをもっと知りたい。
アンシャルともっといっしょにいたい。
アンシャルは私のことをどう思っているだろうか?
一人の女性として見てくれているだろうか?
今アオイはアンシャルの家にホームステイしている。
アオイはアンシャルと離れ離れになりたくなかった。
だから、ホームステイという口実を利用したのだ。
アオイは自分でも結構わがままだということを自覚している。
自分はわがままで、嫉妬深くて、欠点があるとわかっている。
容姿やスタイルには自信がある。
男性が好ましいと思うものであると知っている。
だが、それがアンシャルの気に入るかは別の話しだ。
アンシャルは自分の容姿を気に入ってくれないかもしれない。
初めて会った時、アンシャルの落ち着きに驚いた。
この世にはこんなに落ち着いた人がいるのだと理解した。
アオイはアンシャルに父を感じた。
自分がこれほど惹かれるのはきっとアンシャルのそんなところにだろう。
これが恋……。
アオイは初めて恋を知った。
それまでアオイは恋を知らなかった。
これが恋なのだ。
アオイは自分自身を自覚する。
「アオイ……いいか?」
「アンシャルさん?」
そこにアンシャルが訪ねてきた。
アオイは寝間着に着替えていたが、軽くはおって、アンシャルを部屋に通す。
「どうかしましたか?」
理由は何でもいい。
アンシャルがこうして来てくれたことがうれしい。
アオイの胸は高鳴った。
「ああ、少しアオイと話そうと思ってね。寝るところだったら、引き下がるが?」
「とんでもない! アンシャルさんと私はもっと話したいです」
アオイはドキドキした。
これは眠れなくなるかもしれない。
もしかしたらこれから刺激的なことが?
だが、まだキスもしてないのだ。
「じゃあ、ベッドで話そう」
「はい」
二人はベッドに座った。
互いの距離はつかず、離れず。
微妙な距離だ。
「アオイ……君に言わねばいけないことがある」
「はい」
アンシャルは真剣な表情をしていた。
アオイも気持ちを改める。
「私は明日、ヤパーナー自治区へ行く」
「アンシャルさん……」
「私はテンペル攻撃に対して、ヤパーナー自治区に抗議しに行くつもりだ」
「はい」
「私はテンペルの副長だ。テンペルの政治的な側面は無視できない。ヤパーナー自治区が公式に私たちと敵対するのなら、アオイの存在も問題になる」
「わかっています」
アンシャルは敵対する勢力の娘をテンペルには置いておけないということなのだろう。
アオイは自分が退去せざるを得ないことを思った。
このままでいることはアオイを人質にしているようなものだ。
「アオイはどうしたい?」
「私ですか?」
アンシャルがそう聞くとはアオイは思わなかった。
むしろ、突き放されると思っていたのだ。
「私はアンシャルさんといっしょにいたいです」
「私と?」
アンシャルは目を見開いた。
これはアオイの想いだった。
「私もアオイといっしょにいたいと思っている」
「アンシャルさん!」
アンシャルは恥ずかしそうに言った。
アオイはうれしかった。
アンシャルも同じ想いだったのだ。
言葉で伝えなければ分からないこともある。
言語化しなければ、伝わらない。
「アオイはシベリア人になる気はないか?」
「シベリア人に?」
「ああ、このままでは法的に保護されない立場のままだ。シベリア人になればシベリア法で保護されるし、権利も得られる。このままでは外国人のままだ。外国人では立場が法的に弱い。私たちの今後を考えると、アオイはシベリア人になった方がいい。どうだ?」
「それはヤパーナーであることを放棄することですか?」
「いや、そうではない。ヤパーナー系シベリア人になるということだ。ただ、ヤパーナーは二重国籍を認めていない。それは確かだな」
アオイはアンシャルともっと近づきたかった。
アオイはもう迷わなかった。
「私はシベリア人になりたいです」
「そのためには条件がある」
「何でしょう?」
「シベリア市民権を得ることだ」
「市民権?」
「そうだ。シベリア市民権を取得すれば、アオイもシベリア人になれる。そのためにはシベリウス教を信じることが条件だ」
アオイはシベリウス教徒になることには問題がない。
むしろなりたいくらいだった。
「ただ、アオイは改宗には否定的だったな? 何か理由でもあるのか?」
アオイは表情を曇らせた。
「それは……」
「アオイ?」
アオイは本心ではシベリウス教徒になりたかった。
アンシャルにそれを伝えたかった。
だが、できない。
アオイには言えない理由がある。
それは先祖伝来の宗教を捨てることになるからだ。
アオイは迷っていた。
このまま多神教徒として生きるか、シベリウス教徒として生きるか。
アオイには二つの選択肢があった。
そしてアオイはアンシャルと結ばれたかった。
そのためなら、シベリウス教徒になることくらい簡単だった。
ただし、アオイも武家の娘……伝統と無縁ではない。
ましてや自分は20年もその中で生きてきたのだ。
改宗は新しい人生を始めることになる。
アオイの葛藤はそこにあった。
自分はシベリウス教徒になってもいいのだろうか。
先祖は許してくれるだろうか?
いや、許さないだろう。
裏切りと断ずるに違いない。
それがアオイに二の足を踏ませる。
ためらわせる。
宗教とは何だろうか?
「アオイ……まだ、結論は出さなくていい。すぐに決める必要はないんだ。ゆっくり考えてくれ。それじゃあ」
「はい……」
アンシャルはアオイのほおにキスをすると、アオイの部屋から出て行った。
アオイは自分のほおをしばらく押さえていた。




