撤収
シンゴとルリカは倒された。
二人が召喚していた鬼たちもアンシャルの前から消えた。
「ぐぐぐぐぐ……」
「せ、先輩……」
シンゴとルリカは虫の息だ。
ここでとどめを刺すのはたやすいが……。
アンシャルは判断を迷った。
どうする? ここでとどめを刺すか、それとも敢えて逃がすか……。
アンシャルは後者を選択した。
「行け」
「!?」
「は?」
シンゴとルリカが訳が分からないという顔をする。
「おまえたちを逃がしてやる。追撃はしない」
「き、きさま……俺たちを愚弄する気か……!」
「な、なめんじゃないよ……」
二人とも強気に出るが、体は言うことを利かないらしい。
カラ元気であることは明白だった。
「今のおまえたちでは私たちには勝てない。そんな奴らを逃がしたとしても、脅威にはなりえない」
この戦いでシンゴとルリカの実力は見切られた。
再び戦うとしても、彼らに勝ち目はない。
「ぐううう……」
「ちっ!」
彼らも自分たちの状況が分かっているのか、反論してこない。
ルリカはシンゴをかかえると、テンペルから去っていった。
アンシャルは約束を守った。
アンシャルは長剣を収める。
「ふう……大丈夫か、アオイ?」
「はい、私は大丈夫です」
「初めての実戦だったんだろう? つらくはないか?」
アンシャルはアオイを気遣う。
アオイは初めて真剣で戦った。
神経をすり減らしていても不思議はない。
アオイは気丈にふるまった。
「初めての真剣勝負でしたが、勝つことができました。ただ、少し体がきついですね」
「鬼は退けることができた。宿舎で休もう」
「そうですね」
「それではスルト、私たちは宿舎に戻る」
「うむ、よくやってくれた。これで私たちに攻撃を仕掛けようなどとバカなマネをするヤパーナーはいなくなるだろう。ご苦労だった」
三人は門の前から撤収した。
アンシャルはアオイにシャワーを浴びさせた。
休む前に体を清めておくように言った。
アンシャルはソファーで考え事をしていた。
ヤパーナーはいったい何を仕掛けてくるか?
ヤパーナーがツヴェーデンの支配という目標に向けて動き出したことは間違いない。
しかし、いったいどうやってツヴェーデンを支配するつもりか?
ヤパーナーの民族的規模では何か奇策でもない限り、ツヴェーデンの支配などできないだろう。
ツバキが病的誇大妄想と斬り捨てるのもいわれなきことではない。
ヤパーナーが闇の側に立った以上、テンペルとは敵対関係になる。
アオイはどうするつもりだろうか?
ヤパーナーがテンペルと敵対した以上、アオイもただでは済まない。
アンシャルはアオイをできる限り、かばうつもりだった。
これはヤパーナーの一部が暴走したのであって、ヤパーナー全体が敵対しているわけではないからだ。
アンシャルはシャワー室の前に来た。
「アオイ……少しいいか?」
「アンシャルさん?」
「アオイは、どうしたい?」
「え?」
アオイの立場は微妙だ。
最悪、敵と断じられてもおかしくない。
「アオイはこれからどうしたい? ヤパーナーとテンペルが戦闘したということは、敵対関係に入った、ということだ。テンペルの中でもアオイを非難する者が出てくるかもしれない」
「私は……」
「私はあくまでアオイを守るつもりだ。ヤパーナーだからといって敵に引き渡したりはしない」
「私は……アンシャルさんといっしょにいたいです」
「アオイ……」
「私は……キャー!?」
「アオイ?」
突然アオイが悲鳴を上げた。
すると裸のアオイがアンシャルに抱きついてきた。
アオイの起伏のある体がアンシャルに触れる。
和服では見えなかったが、アオイもなかなかスタイルがいいらしい。
ではなくて!
アオイはいったいなぜ叫んだんだろうか?
「ア、アオイ……」
「く、黒いのが!」
アンシャルは理性を振り絞って、己の欲望を押さえた。
だが、このままでは我慢できそうもない。
アンシャルはアオイを安心させる。
「大丈夫だ。私がついている」
「アンシャルさん……」
アンシャルはアオイを優しく抱きしめる。
アオイの髪をなでる。
安心させるように。
アンシャルの優しさにアオイも徐々に和らいでいく。
「アンシャルさん……え?」
アオイは現状を把握した。
目を大きく開ける。
「す、すいません!」
アオイはアンシャルから離れた。
アンシャルはアオイを見ないように後ろを向いた。
その間にアオイはタオルを巻いた。
「すいません……」
「い、いや……」
二人の間に気まずさが流れる。
アンシャルは紳士だ。
だから、欲望に負けて、襲いかかるようなことはしない。
だが、アンシャルとて男なのだ。
性的欲望も持っている。
「黒いのがいたそうだな? 私が調べてみよう」
「お、お願いします……」
アンシャルはシャワー室に入った。
「黒いの……む? これか……」
アンシャルはシャワー室から出てきた。
「アオイ、黒いのの正体はゴミだ。流れてきたごみを見まちがえたんだ」
「そうでしたか……慌てさせましたね……」
「じゃあ、入るといい」
「はい。ありがとうございました」
かくしてアオイはシャワーを浴びたのだった。
ヤパーナー自治区の地下にて。
シンゴとルリカは大きな杭に縛られていた。
ミカドは手に鞭を持っていた。
ミカドは鞭でまず、シンゴを叩く。
「ぐうっ!?」
これは罰だった。
任務に失敗し、おめおめと生き恥をさらした者への罰なのだ。
ミカドは続いてルリカを鞭で叩く。
「ああっ!?」
「この無能者どもが……鬼の力は絶大。その力を使って勝てませんでしたで、済むと思っているのか? この程度の罰で済ませる私は寛大だ。だが、寛大な私にも我慢の限界はある!」
再びシンゴに鞭を振りつける。
鞭の音がホールに響き渡る。
「ぐあうっ!?」
ミカドは口では『寛大』と言っておきながら、その実は不寛容で短気だった。
ミカドは怒りのままに鞭をルリカに向ける。
「ひあっ!?」
「それにしても、テンペル……忌々しい組織よ。我らの攻撃を退けるとはな……フフフフフ……だが、テンペルがいかに抵抗しようが、所詮は無駄な悪あがき……あれさえあれば、テンペルなど簡単に地上から消え失せる」
ミカドの目はシンゴとルリカをもはや見ていなかった。
ミカドはまるで何かに魅入られたかのように鞭で二人に叩きつける。
ミカドの目に映っているのは狂気だろうか?
それは誰にもわからなかった。
ただミカドだけが、野望をふくらませていた。




