鬼
「アンシャルさん、お招きいただいてありがとうございます。よろしくお願いしますね」
「ああ、荷物を預かろう。さあ、こっちだ」
アオイがホームステイのためにテンペルにやって来た。
アオイは白のワンピースを着ていた。
頭には麦わら帽子をかぶっている。
アオイの服は清楚で、アオイの大人っぽさをとても艶やかに映していた。
アンシャルはそんなアオイにドキッとする。
「アオイ……その服は似合っている……すてきだ」
「え? そんな……恥ずかしいです……」
アオイが恥じらいを見せる。
そんなアオイもアンシャルは好ましく見えた。
アオイのホームステイ先はアンシャルの宿舎である。
ホームステイの申請は無事に通った。
晴れてアオイはテンペルで生活できる。
「家族はどう思っているんだ?」
「そうですね……私の父と母はもう亡くなっているので、特に反対はされませんでした」
アンシャルはアオイの荷物を宿舎まで運んだ。
アオイに荷物は軽かった。
おそらく必要最小限しか持ってこなかったのだろう。
「部屋は空いているから、そこを自由に使ってかまわない」
「ありがとうございます」
アオイは部屋に入っていくと、袴に着替えた。
紺色の袴だった。
「これからどうする? 何かしたいことはあるか?」
「はい、聖堂に行ってみたいです」
「わかった。案内しよう。ついてきてくれ」
アンシャルは宿舎を出て、アオイを聖堂にまで連れて行った。
聖堂は普段から人であふれている。
個人個人で祈りにやってくる人が大勢いるのだ。
ましてや、テンペルの聖堂はここにしかないのだ。
シベリア人ならだれでもここに来たくなる。
シベリア人にとって民族の象徴だったのだ、テンペル聖堂は。
「こんなに人がいるんですね……」
「驚いたか?」
アオイは周囲を見わたした。
シベリア人たちが祈りに来ているからだ。
人々は各自で祈りを捧げていた。
「アオイもできれば祈るといい」
アンシャルが祈りへと導く。
「何を祈ればいいでしょうか?」
「そうだな。神に何か願い事を告げてみたらどうだ?」
「やってみます」
アオイは内陣でひざまずいて、祈った。
そんなアオイをアンシャルは教師のように導く。
アオイは必死に祈っているようだった。
何を祈っているのだろうか?
「はい、終わりました」
アオイが立ち上がる。
アンシャルは何を祈ったか聞いてみることにした。
「何を祈ったんだ?」
「その、それは秘密です……」
アオイはほおを紅潮させた。
アンシャルは首を傾げた。
「そんなに言えないことなのか?」
「アンシャルさんには言えません……だって……」
「だって?」
「もう! なんでもないです!」
ドカーン!
爆発音が鳴った。
「なんだ?」
「アンシャルさん!」
外には『鬼』がいた。
鬼の群れだ。
テンペルの門の前に鬼の群れが陣取っていた。
鬼がテンペルを襲撃してきたのだ。
鬼には理性はない。
何者かが鬼を使役しているのは明らかだった。
「我らがテンペルに何の用か知らぬが、これ以上先に行かせるわけにはいかん」
スルトが門の前に陣取った。
スルトは大剣を抜く。
「グルアアアアアア!」
鬼たちがスルトに攻撃してくる。
知性のない単純な攻撃だ。
スルトは大剣を振るい、鬼を斬り伏せた。
鬼の体が両断される。
「少し強くいくぞ?」
スルトは雷霆を収束した。
雷霆がスルトの周囲に落下する。
スルトは雷霆で鬼たちを斬りつけた。
鬼の群れに大きな穴が穿たれた。
スルトの雷霆は鬼を塵にまで還した。
「フッ、たわいもない」
「スルト!」
「アンシャル?」
そこにアンシャルとアオイが現れた。
戦況は……スルトの圧倒的有利だった。
このまま一人でも鬼どもを駆逐してしまうかもしれない。
それほどの勢いだった。
アンシャルが長剣を出す。
「まったく……セリオンがいない時に厄介なものだ」
アンシャルが愚痴をこぼす。
アンシャルとしてはこのタイミングで敵が攻めてきたのは、セリオンの不在を知っているからに違いない、と思った。
「それは言えているな。若き狼は休暇中だ。若き狼がいないのなれば、我々で対処せざるをえん」
「アンシャルさん、スルト様、私も戦います」
「アオイ?」
アンシャルはアオイをいぶかしんだ。
アオイに戦いができるのか?
できないわけではないだろう。
アンシャルはアオイの動きから、高度な武術を会得していることはわかっていた。
アオイがまるで月光のような刀を形成する。
「これは霊刀・月華です。私もこの刀でお相手しましょう」
「フッ、心強いな。それではアンシャル、アオイ、この鬼どもを片づけるぞ!」
スルトを先頭に三人は駆けた。
スルトがまず、鬼どもに大剣で斬りつける。
鬼たちはたちまち戦列を崩していく。
スルトの斬撃は強力の一言。
圧巻の攻勢で、鬼たちは倒されていく。
スルトは大剣を自在に操り、鬼どもを斬り、突き、首をはね飛ばした。
鬼たちはたじたじとなる。
さらにアンシャルが鬼たちに斬りこんでいく。
アンシャルの動きは優雅だった。
美しい剣の舞――それがアンシャルの剣撃。
技など使わずとも、アンシャルにとっては鬼などたやすく倒せる相手だ。
アンシャルは鬼たちを圧倒した。
アンシャルの剣は風の剣だ。
風王剣イクティオンはバスタードソードといって、斬るにも突くにも適している形状をしている。
アンシャルはどちらかといえば、突きより斬りを好む。
アンシャルの鋭い剣は鬼を一刀両断する。
アンシャルに斬られた鬼たちは赤い粒子と化して消滅する。
アンシャルは左手に魔力を込めた。
そして上方に魔法陣を出現させる。
その中から、銀色の甲冑に白い翼をはばたかせた存在が現れた。
アンシャルの召喚獣・マルドゥク(Marduk)である。
マルドゥクは銀のハルバードで鬼たちを駆逐していく。
アオイも負けていない。
「月光斬!」
月の輝きのごとく斬撃が鬼たちを襲う。
鬼たちはたちまち月光の斬撃によって斬られて、薙ぎ倒される。
「アオイ……さすがだな」
アンシャルが漏らした。
ここまでアオイが強いとはアンシャルには思わなかった。
これなら、鬼どもを一網打尽にできる!
その時、鬼の群れが左右に分かれた。
その中から、サングラスに禿頭、赤いスーツを着た長身な男が姿を現した。
その隣には、小柄な女性がいて、同じく赤いスーツを着ている。
「お初にお目にかかる。俺はシンゴ。こっちはルリカ。我らは鬼術士だ」
「初めましてー!」
「おまえたちが鬼を操っていたのか?」
アンシャルが尋ねる。
「その通り。我らは鬼の術を使う」
「おまえたちの目的は何だ?」
シンゴがサングラスに手を当てて答える。
おそらく彼の癖なのだろう。
「アスラーン一行を引き渡せ」
「拒否する」
アンシャルは当然とばかりに答える。
アンシャルたちに彼らを引き渡す理由はない。
むしろ保護する理由があるくらいだ。
「奴らはシベリウス教の宣教をした。ゆえに万死に値する」
「ツヴェーデンでは思想信条の自由は保障されている」
これもツヴェーデン連邦共和国憲法で保障されている権利である。
「ヤパーナー自治区ではヤパーナーの法が支配する。我らは自由より秩序を選ぶ」
シンゴは自らの言葉でこれはヤパーナーによるテンペル攻撃だと言ったようなものだ。
「つまり、これはヤパーナー自治区の意思と見ていいのだな?」
スルトが会話に加わった。
スルトが言いたいのはこの攻撃はヤパーナーの意思かということだった。
そうであれば、テンペルとヤパーナー自治区との間で戦闘が生じたことになる。
「我らは立つ! 我らヤパーナーがツヴェーデンを支配するのだ! アンシャル・シベルスクよ、いざ尋常に勝負せよ!」
シンゴが刀を出す。
「あたしも戦うからね! そこのあんた! あんたもヤパーナーだろう? どうしてそっちの味方をするんだい?」
ルリカがアオイを詰問する。
ルリカの言葉には非難のニュアンスが込められていた。
ヤパーナーなのになぜテンペルの味方をするのか、と。
「こんな暴力的なやり方は認められません! 私はテンペルに加勢します!」
アオイは刀をルリカに向けた。
「へえ、じゃあ裏切り者として始末されてもいいんだね?」
ルリカが弑逆的な顔を向けた。
ルリカもまたやや短めの刀を抜く。
鬼術士との戦いが始まろうとしていた。




