ヤパーナーの闇
ヤパーナー自治区の地下には広大なホールが作られていた。
ヤパーナーの一部……特権階級はここでツヴェーデン政府に知られたら危険になるようなことをするために使っていた。
ヤパーナーの闇は深い。
この闇はヤパーナーの歴史が迫害に満ちたものであったことと無縁ではない。
ヤパーナーは表向きは礼儀正しく振舞う。
だが、それは本音と建て前を区別するからであって、本心からそう思われていいるわけではない。
この本音を話さない文化をツヴェーデン人は『腹芸』と呼んで嫌った。
ヤパーナーはツヴェーデンでは嫌われ者である。
それは宗教的異質性だけでなく、文化的な異質性も絡んでいた。
現在は宗教的要素より、文化的な要素が対立する要因となっている。
ツヴェーデン人からすれば、本心を語らないヤパーナーの文化は背信にも等しかった。
理解したと思っていたその相手に避けられた時は、ツヴェーデン人はショックを受けた。
もちろん、このような文化は相互に察し合うことによって、潤滑油ともなるのだが。
ツヴェーデン人は率直に、ストレートに斬りこむようにアプローチするのに対して、ヤパーナーはなかなか本題に入らないという傾向がある。
これもツヴェーデン人からすれば理解不能な文化に映った。
ツヴェーデンは覇権国である。
そのため、ヤパーナーのようなディアスポラの民や、シベリア人のような難民、移民が大量にあふれる。
覇権国は必然的にコスモポリスになる。
これは必然である。
政治的覇権と、国際的性格のためである。
人は移動するとき食べていけそうと思うところに移動する。
ツヴェーデンの首都シュヴェリーンは国際都市になるし、ならざるを得ないのだ。
そしてツヴェーデン人もまた、国際人にならざるを得ないのだ。
今日の夜、このホールで一部のヤパーナーが集まり、会合を持っていた。
そして、この会合をひそかにツバキが潜入して聞いていた。
ツバキはヤパーナーの闇との接触に成功したのだ。
ツバキは格好と見た目からはヤパーナーと同じ、民族的、人種的顔つきをしている。
ツバキがいても違和感を持たれることはなかった。
「ヤパーナーの同志諸君、今夜はよく集まってくれた。今夜は我々にとって福音をもたらす日になるだろう。闇の日のために我らは戦ってきた。今夜は祝勝会のようなものだ」
男が周囲を見渡して言った。
男は年齢は50代だろうか。
どちらかと言えば優男で、たくましさに欠ける。
すでに顔にしわがついている。
しかも、黒い髪には白髪が交じっており、年齢より老けた印象をツバキは受けた。
おそらく、この男はツヴェーデン人を、世界を憎み続けたのではあるまいか。
憎むということは正常な状態ではない。
憎しみは人を内側から病ませる。
憎しみは病なのだ。
だから、それを持つということは自分で自分を傷つける。
男の名はホンジョウ・ミカド。
ヤパーナーにとっては皇帝にも等しい存在であった。
この男は『王』だった。
この事実を、一般のヤパーナーは知らない。
そもそもいまだ『王』の血統が途絶えてなくなっていなかったとは驚きである。
ヤパーナーはひそかに一夫多妻により、王族を維持してきた。
「我らは立つ! 我らはツヴェーデンの地で迫害を受けた! それをこれから晴らすべきだ! 我らヤパーナー、いやヤポニ人は立つ! 我らこそが、この国を真に支配することにふさわしい民族なのだ!」
ミカドは大仰な身振りで、扇動するかのように言い切った。
これは扇動であった。
ミカドはツヴェーデン人を憎んでいる。
ミカドの心は闇で支配されている。
「ミカド! ミカド! ミカド!」
ミカドを讃えるコールが鳴り響く。
ミカドは群集心理に通じているのだろう。
この男は人を群衆としか見ない。
一人一人、個性がある人間とは見ないのだ。
ツバキにはミカドの発言はただの狂信的な誇大妄想に映った。
そもそも、数の少ないヤパーナーでどうやってツヴェーデンを支配するつもりか。
支配できたとしても、それはシュヴェリーン全体程度に納まるのが現実的だろう。
いったいどうやってツヴェーデン全土を支配するつもりか。
シュヴェリーンにはさまざま民が暮らしている。
シュヴェリーンの中で有名な民族はシベリア人、ヤパーナー、そしてガスパル人である。
ガスパル人はガスパル系シベリア人もいた。
「ここで我らに協力してくれた偉大な人物を紹介しよう、ヘア・フューラー!」
ミカドの影から、黒マントをはおった、禿頭の男が現れた。
がたいがよく、その体からはあふれる筋肉がマントの上からも見て取れた。
この出現には皆が息をのんだ。
「初めましてというべきかな。私は闇の王フューラーだ。すでにミカド殿がおっしゃったように、私たちは長年の友情で結ばれてきた。我らの結束は固い。我らには共に闇に生きるものとして永遠の友情を誓おうではないか!」
フューラーが拳を振り上げる。
ヤパーナーの中から拍手が巻き起こった。
ツバキも疑われないように形だけの拍手をした。
「彼は我らの協力者だ。我らはついにこの地下から出て、シュヴェリーンに出て行く! 我らには力がある! 精鋭の鬼術師団を我らは所有している! すべては闇の支配のために!! パクス・ヤポニカに栄光あれ!!」
盛大な拍手と歓声が巻き起こり、ホール全体に響き渡った。
これは危険なことになった。
ツバキは内心、ヤパーナーの正気を疑った。
おそらくあの男、フューラーがミカドをそそのかしたのが真相ではないか?
これは小規模な陰謀では終わらないだろう。
本気でミカドはツヴェーデン全土を支配できると考えているのだ。
そしてそれを疑問を持つこともなく信じきっているヤパーナーたち……。
ホールに集められたのはヤパーナーの中でも有力家門に属している者たちだった。
その彼らが、ツヴェーデンを支配するなどという誇大妄想を抱いたのだ。
少数のヤパーナーで支配するとなれば、寡頭制にならざるを得ない。
おそらくヤパーナーは政府転覆の陰謀を企てているのではないか?
これはぜひともスルトに報告しなければならない。
時代は風雲急を告げていた。




