団欒
アオイの家でアンシャルとディオドラに夕食がふるまわれた。
料理を作ったのはアオイである。
「口に合うかわかりませんが、食べてみてください」
アオイが作ったのはカレーライスだった。
「これは米を使った料理か?」
「そうです。お口に合うといいのですが……」
「フフフ……アオイちゃんが作ったなら、おいしいに決まっているわ。ね、兄さん?」
「あ、ああ、そうだな」
ディオドラが意味深な視線を向けてくる。
ディオドラは何か知っているのだろうか?
居間では長方形のテーブルにアンシャルとディオドラが横に並んで座り、その正面にアオイとトキコが座っている。
「これは辛そうだな……」
「アンシャル殿は辛いのが苦手ですか?」
トキコがほほえみかけてくる。
「あまり得意ではないな」
「辛さは中辛にしてありますけど……」
「まあ、食べてみよう」
アンシャルはスプーンでカレーライスをよそって口に運んだ。
アンシャルは目を見開いた。
「うまい!」
「よかった……お口に合わなかったらどうしようかと……」
アオイが不安を吐露する。
アオイは胸を押さえていた。
「辛さはちょうどいい。なるほど……こういう料理もあるのか……」
「これがカレーライス……辛みがいいスパイスになっているわね」
どうやらディオドラの口にも合ったようだ。
ディオドラは料理を作る部署に勤めている。
そのため、アオイの料理に辛口の評価をするかと思いきや、高評価を出した。
アンシャルはディオドラとアオイの関係を気にしていたのだ。
アオイの料理の腕はディオドラのお眼鏡にかなったらしい。
「アオイ、おいしいよ」
「よかったです、アンシャルさんに気に入っていただけて……」
アオイのほおはバラ色に染まっていた。
「よかったわねえ、ア、オ、イ?」
トキコがからかう。
「もう、おばあ様ったら!」
「はははははは!」
「うふふふふ!」
四人は和やかな団欒を過ごした。
こんな食事は久しぶりだ。
いつからだろう、一人で食事を取るようになったのは……。
忙しい日々が過ぎていく中、和やかな団欒を見過ごしていた。
セリオンとエスカローネがいた時は違っていた。
今アンシャルは宿舎に住んでいる。
テンペルの副長ともなればそれなりにいい設備の宿舎に泊まれる。
リーダーには権威が必要だ。
そのためには、一定以上の豪華さも必要とされる。
権威がなければ、人は自然に服することはない。
アンシャルはテンペルのナンバーツーだ。
リーダーシップと無縁ではない。
むろん、アンシャルも要人と会食することはある。
だが、それは政治的な活動だ。
食事を味わって、それどころか和気あいあいと食事ができるわけではない。
アンシャルはアオイのような人といっしょに食事ができればうれしいと思った。
「やはり、いいな。こうやってみんなで食事を取るのは。なあ、ディオドラ?」
「そうね。セリオンもエスカローネちゃんも独立しちゃったから、私たちはこんな団らんは久しぶりね」
ディオドラがコップの水を飲む。
「セリオン? セリオン・シベルスク様のことですか?」
アオイが問いかけてくる。
「ええ、セリオンは私の息子なの」
「お二人は兄妹ですよね? まるで実のお子さんのような感じがしましたが?」
アオイがそう言うのももっともだった。
アンシャルたちの実情をアオイは知らないのだから。
「ああ、セリオンは私の義理の息子なんだ。もっとも、生まれた時から育ててきたから、本当の息子のようなものさ」
「私一人ではセリオンを育てられなかったわ。アンシャル兄さんがいてくれたから、セリオンを育てることができたのよ。やっぱり父親は必要でしょう?」
「父親、ですか?」
「どうかしたのか?」
アオイは顔を曇らせた。
何かあるのだろうか?
「私はあまり父にいい感情を持っていません」
「は?」
アンシャルは素っ頓狂な声を出した。
これはシベリア人が父系社会であることと無縁ではない。
父親の存在がシベリア人にとってはとても大切なのだ。
父がいなかったら、子供がかわいそうだと言われる。
それゆえ、ディオドラもアンシャルに父親役を願ったのだ。
これに対して、ヤパーナーはどちらかと言えば母系であった。
子育てでは母親の存在が重要になる。
「父はあまり私と交流してくれませんでした……アンシャルさんの父はどうだったんですか?」
「私たちの父は学者でね。いろいろと学問を教えてくれたよ。私は剣は自分で学んだんだ」
ディオドラはこの会話からシベリア人とヤパーナーの文化の違いについて察した。
「アンシャル兄さんはいい父親よ。それは私が保証できるわ」
「そうですか。うらやましいです」
しんみりとした雰囲気になった。
トキコはそれを感じ取ったのであろう。
雰囲気を変えようとする。
「さあ、さあ、食事も終わりです。テレビでもつけましょう」
「ごちそうさま」
「ごちそうさまでした」
四人は夕食を食べ終わった。
アンシャルは夜、アオイの家の外に出ていた。
月がきれいに輝いている。
今日は満月だった。
そこに影が現れる。
「アンシャル様、よろしいでしょうか?」
「ツバキか」
アンシャルの前にツバキがひざまずいた。
「申しわけありません。ヤパーナーの忍びにまかれました。尾行を気づかれて戦闘になったのですが、逃げられました」
「逃げられた、か。おまえとどっちが強い?」
「直接戦闘になれば、私の方が強いと断言できます。しかし、相手も忍び……確実に勝てるとは思いません」
「そうか……奴はどこに消えた?」
「おそらく、この家で襲撃してくるかと」
「なるほど。私とディオドラには消えてもらいたいわけだ。アスラーンの一件が尾を引いているな」
「どうか、お気を付けください。私どもも警備いたしましょうか?」
「ふむ……」
アンシャルは考えるようなしぐさを見せた。
さて、どうしたものだろう?
アンシャルは判断を迫られていた。
「いや、警備の必要はない。自分の身は自分で守れる。それに襲撃があるなら、むしろ好都合だ。こちらから動く必要はない。ツバキ、おまえは引き続き、ヤパーナーの闇を探ってくれ」
「かしこまりました」
「アンシャルさーん? どこですかー?」
アオイの声がした。
アンシャルはツバキを下がらせる。
「行け」
「はっ!」
ツバキはその瞬間に消えた。
まるでカマイタチのようだった。
「アンシャルさん、ここにいたんですか。探しましたよ?」
「ああ、すまない。それで、何か用かな?」
「おふろができました。お入りになってください」
「わかった。ありがたく利用させてもらおう」
アンシャルは月を見た。
月は美しく輝いていた。




