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アスラーン

ヤパーナーは国を持たぬ民として、各国を渡り歩いた。

スキピオの名は全ヤパーナーにとって憎悪の的となった。

ただスキピオと名乗るならともかく、『ヤポニクス』などと尊称を名乗ったのだから、一層ヤパーナーは憎悪を募らせた。

ヤパーナーの歴史は敗北の歴史である。

ヤパーナーは古代では海上帝国を築き、繁栄を謳歌していた。

ヤパーナーはヤポニア海沿岸に植民都市を建設し、事実上の内海としていた。

植民都市は海のそばに建設された。

海上での交易をするためだ。

植民都市は本国と関係を持ち続けた。

海上交易のネットワークを作って、ヤパーナーは海上交易に従事していた。

ヤパーナーの故国はヤーパン(Japan)。

ヤパーナーとはツヴェーデン語で、ヤポニ人という意味である。

ヤーパンは古代レーム帝国と制海権を巡って争い、滅亡した。

それ以来、ヤパーナーは祖国を失った。

ヤパーナーの一部はツヴェーデンでも暮らしていた。

時代は国民国家の時代。

国を持たぬヤパーナーは各国から厄介者扱いされた。

民族としては二級の民とされた。

ツヴェーデンではヤパーナーは首都シュヴェリーンの一角に自治区を設けられ、そこで集まって暮らしていた。

事態は一気に動き出した。

もともとヤパーナーは伝統的な多神教を信仰していた。

それがシベリウス教圏で暮らすうちに、シベリウス教に改宗するヤパーナーが出てきた。

シベリウス教は一神教である。

ヤパーナーの指導部はそれを伝統からの逸脱だとみなした。

このままでは伝統が失われ、ヤパーナー民族が消滅してしまう。

ヤパーナーの指導部は危機感を募らせた。

そんな時だった。

アスラーンというヤパーナーがテンペルを頼って亡命してきたのだ。

亡命の理由は宗教上の理由だった。

名前で分かるのだが、『アスラーン』とは伝統的なヤパーナーの名前ではない。

アスラーンはヤパーナーのシベリウス教徒の仲間たちと共に亡命してきたのだ。

イーサー、ムーサ―、ヤフヤー、イブラーヒーム……いずれも多神教と決別した名前である。

そんなアスラーン一行をスルトは温かく迎えた。

この『事件』をメディアは注目した。

カメラや写真のシャッターが切られる。

もともとツヴェーデン人は同化しないヤパーナーに対していら立ちを抱いていた。

そのため、この事件をツヴェーデンのメディアは友好的に見た。

「スルト殿、テンペルに受け入れてくれたことを感謝する」

「アスラーン殿、シベリウス教徒を受け入れるのは当然だ。我々は『兄弟』なのだから、手を取り合うのも当たり前ではないか」

スルトとアスラーンが手を取り合い、握手する。

それをメディアが一斉に写真で撮る。

これをメディアはヤパーナーの側の『進歩的人物』だと評した。

ツヴェーデンでは多神教は原始的で、一神教こそ宗教の進化の最終段階だと考えられている。

「アスラーン殿たちには部屋を用意させよう。しばらくはそこで暮らすといい。これからどうするおつもりか?」

「まずは(しゅなる神に祈りを捧げたい。聖堂に案内してもらってもいいだろうか?」

「もちろんだ。さっそく、案内しよう」

二人は抱擁すると、互いに並んで歩き出した。



スルトはアスラーン一行を聖堂に案内した後、自分の部屋に戻ってきていた。

さすがにメディアの手前では政治家として発言することを余儀なくされる。

スルトにも疲れがあった。

「やれやれだな。シベリウス教の宗教組織としてはアスラーン一行をはねつけることはできない、か?」

「まあ、そういうことだ。彼らを拒絶するということは我々にはできない」

スルトに話しかけたのはアンシャルだ。

アンシャルは宗教軍事組織テンペルの副総長で、テンペルの英雄セリオン・シベルスクの義理の父に当たる。

アンシャルは長い金髪の髪に白いコートを着ていた。

スルトはテンペルの総長でテンペルを代表する人物だ。

「さっそく、ヤパーナーから抗議が届いているぞ? 彼ら裏切り者を引き渡せだとな」

「それは論外だ。引き渡したら、彼らは処刑されるだろう」

「まあ、そうだな。となると、正式に拒否の回答をするか?」

「我々はヤパーナーとは国交がないからな。拒否したとて痛いことはない。だが……」

スルトは腕を組んで思案するような顔を見せた。

そう、ただ拒否して終わりなら、それでいいのだ。

だが、テンペルにはヤパーナーと関係がないわけでもない。

テンペルにはもとヤパーナーの諜報部隊があった。

この部隊のかしらはツバキという女性だった。

名前からヤパーナーに由来することが分かる名だ。

「ヤパーナーが刺客を送り込んでくることも考えられる。しばらくアスラーン一行は諜報部隊に護衛させよう。それと、アンシャル?」

「なんだ?」

「おまえにはヤパーナーを探ってもらいたい」

「どういうことだ?」

アンシャルにはスルトの意図が分からなかった。

探るなら諜報部隊を使えばいい。

ボタンなりハヅキなり、人員に不足してはいない。

「表と裏から情報を仕入れたい。ツバキには裏から探ってもらう。おまえには正面からヤパーナーと接触してもらいたいのだ。この問題を解決するためには、表からもヤパーナーと接触する必要がある」

「やれやれ、面倒なことだな。ヤパーナーの敵意が今から思い描けるな」

アンシャルは苦笑した。

今から苦労が思いつくようだ。

「これは政治的な問題だ。ゆえに政治的にこちらも対する必要がある。私ではヤパーナーに警戒されるであろう。おまえなら自然に接触できるはずだ」

これは能力的な問題ではなく、性格的な問題であった。

スルトは厳格だ。

それゆえ、柔らかいわけではない。

アンシャルにはこの手の柔らかさがあった。

アンシャルは相手の心を開かせるものを持っていた。

「わかった。引き受けよう。ディオドラを連れて行ってもいいだろうか?」

ディオドラはアンシャルの妹だ。

テンペルのカリタス修道会の修道女で、糧食部の部長でもある。

「かまわん。交渉のやり方はおまえに一任する」

かくしてアンシャルによる政治的な交渉が行われることになった。

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