炎上
一人の男が焼け落ちる町を眺めていた。
その男は将軍だった。
時代は古代レーム帝国共和政期。
場所はヤポニア(Japonia)。
焼け落ちる町はイェド。
イェドはヤポニアの首都である。
イェドの建物は木造が多く、火をつけられると瞬く間に炎上した。
ヤポニアはレーム帝国に反抗し、レームの属国であることに甘んじなかった。
ヤポニアはレームによる攻撃を受け、兵糧攻めにされた。
飢餓地獄がヤポニ人を襲った。
ヤポニ人はレーム側の慈悲深い降伏勧告を拒否した。
まるで降伏するくらいなら、死を選ぶとでもいうかのようだった。
このヤポニアを攻撃したのはスキピオ(Scipio)。
のちにスキピオ・ヤポニクス(Scipio Japonicus)と呼ばれることになる将軍であった。
ヤポニクスとは『ヤポニアを征した者』という意味である。
スキピオの目には焼け落ちるイェドの町が映っていた。
スキピオは配下の兵士たちに三日間の略奪を許可した。
生き残ったイェド人は奴隷に売られた。
それがレームの覇権に抵抗した者たちの末路だった。
この後、生き残りのヤポニ人は強制的に捕囚され、レームの辺境に入植させられた。
スキピオの胸にあるのは勝者の名誉ではなかった。
「いつかトロイアも、王プリアモスと彼に続くすべての戦士たちも共に滅びるであろう」
スキピオのそばにはグラエキア(Graecia)から人質として連れてこられたグラエキア人ポリュビオスがいた。
人質と言っても幽閉されたりするのではなく、首都レームから出ない限り、行動の自由は保障されていた。
どちらかといえば留学に近い。
「なぜ、その一節を?」
この一節はホメロス作の叙事詩『イリアス』にある一節だった。
「今私の胸にあるのは勝者のほこりではない。いつか我がレームもヤポニアと同じように滅びるであろうという郷愁なのだ。アッシリア、ペルシア、マケドニア……古来、盛者は必衰だった。レームだけがどうして例外であり得よう?」
スキピオはグラエキア文化に心酔していた。
グラエキア文化のサークルの主催者でもあった。
スキピオはイェドを追いつめたとき、レームの元老院に使者を送った。
イェドをどうするか、この名将には一人でイェドの運命を決めることに対する懸念があったのかもしれない。
ヤポニアとの戦争はヤポニ戦争と呼ばれた。
ヤポニア海の制海権を巡る争いだった。
ヤポニ戦争は三度続き、今回は第三次ヤポニ戦争と呼ばれた。
元老院はイェドの完全破壊を命じた。
かくして最終攻撃が準備され、総攻撃ののち、イェドは陥落した。
古代の戦争では敗者の運命は奴隷に売られると決まっている。
ヤポニアの首都イェドは地上から完全に破壊されて存在を抹消された。
ヤポニ人の中には『我々は自由の民だ!』と言って奴隷になるよりも自決する者がいたという。
ヤポニアは『属州』となり、レーム帝国の支配下に置かれた。
ヤポニ人はヤポニアの地から永久に追放された。
この時以来、ヤポニ人――ヤパーナー(Japaner)は故国を失った。
ヤパーナーはヤポニアに入ることを死刑によって禁じられた。
それ以来ヤパーナーはディアスポラの民となった。




