神の子
セリオンとエスカローネは互いに抱きしめ合っていた。
ラビュリントスが消滅する際、抱きしめ合ったのだ。
ここは白の空間だった。
すべてが白く、どこまでも白い。
「見事だ、息子よ、娘よ」
そこにはアンシャルがいた。
いや、違う。
アンシャルではない。
姿はアンシャルのものでも、彼にはワシの翼があった。
彼は人間ではない。
彼のコートの裾は水で濡れていた。
二人は尋ねる。
「あなたは誰だ?」
「私か? 『私は在る』という者だ。(Ich bin ,der ich bin.)」
セリオンとエスカローネはその名が何を意味するか、知っていた。
「それは主なる神の名だ。あなたは主なる神なのか?(Bist du Gott der Herr?)」
「そうとも言う」
「なぜ、姿がある?」
「この方が便利であろう? 元来、姿を持たぬ私であるが、おまえたちの次元で話すには姿かたちを取った方が話しやすいだろう? 我が息子よ」
「我が息子?」
セリオンは困惑した。
セリオンは自分の存在がどのように創造されたのか、知らない。
「おまえは実の父についてディオドラから聞いたか?」
「聞いたことはある。だが、いつも母さんは決まってさびしそうにした。
だが、同時にそれは神の恩寵とも言った。俺には何のことだかわからなかった。俺は実の父を知らない」
彼は軽くほほえんだ。
「私が、おまえの父なんだ(Ich bin dein Vater.)」
「は?」
セリオンは彼の言葉が理解できなかった。
それは比喩的な意味だと思った。
なぜなら人は主なる神に対して、『父』と呼ぶからだ。
彼はセリオンのことを理解してそう言ったのだ。
「すべての人間には創造の力とその息吹が働いている。つまり、すべての人間には私の力が宿っている。そういう意味ではすべての子は私の子供と言える。だが、おまえは特別な意味で私の子供なのだ。おまえは私の息子だ。私が、おまえを創造した」
それはセリオンにとって衝撃だった。
セリオンはほかに、どこかに、世界に、エーリュシオンに実の父がいると思っていた。
実の父のことはアンシャルも、ディオドラも教えてくれなかった。
「つまり、俺の父は『神』というわけか?」
「私のことをどう呼ぶかは自由だ。決まりがあるわけではない。人間が私を『神』と呼ぶことは確かだがな。私は唯一無二の存在。私はこの世界エーリュシオンと、万物を創造した。世界はあるがままの姿で存在している。しかし、人間はそれを認識することができない。知性でも理性でも人間が認識できるのは現象としての世界にすぎない。そこに人間の限界がある。だから、あるがままの世界を少しでも愛せるのなら、世界は少しでも良くなるだろう」
セリオンとエスカローネは黙って彼の言葉を聞いていた。
すぐには言葉が出てこなかった。
気息で認識しようとしたが、あまりの神々しさにセリオンもエスカローネも圧倒された。
こんな体験は初めてだ。
セリオンもエスカローネも、目の前の存在が超越的存在だと理解した。
「では、なぜ俺は創造された?」
「私はおまえを『人間の救い主』として創造した。ゆえにおまえは『神の子』だ」
「人を救うことが俺の存在する……生きる意味なのか?」
「そうだ。自然にそうなる。それが本性であるのだから」
「だが、俺はそんなものを望んだわけではない。俺の実存はたとえ、本質があっても、俺自身で見出さねばならないことだ」
彼はうなずいた。
「そうだな。父や母、どの国に生まれたか、いつの時代に生まれたか、それは自身では決められないことだ。おまえは自分の存在意義を受け入れなければならない。それを受け入れ、自ら歩んでいくのだ」
セリオンは彼がウソを言っているとは思えなかった。
彼の目は射抜くようにセリオンを見つめた。
そもそも彼にウソをつくような理由がない。
セリオンにはなかなか受け入れがたかった。
セリオンは自分が特別だと、小さいころからうすうす気づいていた。
だが、それが自分が神の子だというのなら、納得できる。
セリオンには自分が宗教的にも特殊な存在であることが受け入れがたかった。
「俺の運命は俺が決める。俺は救い主などやるつもりはない。俺が守るのは世界というより、愛する人たちだ」
「運命というものは望む者を導くが、望まないものは引きずってでも連れて行くものなのだ。おまえは私によって創造された。その創造には目的や本質がある。おまえは光の側の戦士として、闇と戦わなくてはならない。おまえの人生は闇と戦い、光をもたらすことだ。それこそがおまえの本質、おまえの存在理由なのだ」
「俺は自分の力で自分の道を切り開く」
「それはそれでいい。だが、時にあるがままを受け入れることも知れ。さあ、現実に帰る時だ。私はいつでもおまえを見守っているよ。ディオドラによろしく」
彼は光を発して消えた。
周囲の空間が歪んでいく。
「セリオン! 空間が!」
「ああ、どこに出るか……それが心配だ」
セリオンはエスカローネの手を握った。
不安はあっても、こうして入れば大丈夫だ。
スルトたちはゴーレム相手に勇敢に戦っていた。
ゴーレムは弱点が暴露してから、倒すのが容易になった。
しかし、その物量が圧倒的で倒しても倒してもきりがなかった。
いくら騎士たちが強くとも、数の暴力の前には無力である。
それにテンペルで戦える者は、女も含めて1500人と言ったところだ。
このゴーレムは倍の3000はいただろう。
上空の魔法陣には何の変化もなく、倒されたゴーレムが出てくるたびに、転移してくるのだ。
テンペルの敷地には爆破されたゴーレムの破片が転がっていた。
テンペル側には人員の負傷が著しい。
ケガをしていないものはいないほどだ。
数で劣るテンペル側は戦死したり、負傷して、戦線離脱した者は500人に達していた。
スルトの認識ではこの戦いは戦争である。
後世、『アルテミドラ戦争』と呼ばれることになる。
アンシャルたちも追いつめられていた。
戦況はもはや絶望的だった。
テンペルは果てしなく現れる敵との無限の戦闘を強いられているのだ。
テンペルには女や子供、老人もいる。
彼らは保護すべき人々だったが、戦士たちの余力は失われつつある。
このままでは……。
スルトには最悪のシナリオがイメージできた。
だが、スルトはあきらめていなかった。
セリオンの存在だ。
我々の英雄がアルテミドラのもとに向かったと報告を受けている。
セリオンが本物のアルテミドラを倒せば、すべてが終わり、平和が訪れる。
「若き狼を信じるしかない、か……」
スルトは周囲の騎士たちを眺める。
ふしぎなことに、誰一人として、絶望している者はいない。
その瞳から生気は失われていない。
まだ戦える!
スルトは戦略的に部隊を運用している。
一部の部隊をローテーションで休息させて、補給を義務づけたのだ。
さらに、テンペル自慢の糧食部隊が暖かい料理を戦士たちに提供してくれた。
これで前線の部隊が活気づかないはずがない。
しかし、それも限界になりつつあった。
このままでは疲労で戦士たちは戦えなくなる。
ゴーレムはいっこうに衰えを感じさせない。
こちらがゴーレムを楽に倒せるようになっても、それからゴーレムが物量で攻めてきた。
少数の側のテンペルとしては最悪、施設の放棄をせざるを得ない。
スルトが前にいたゴーレムを雷霆で粉々に打ち砕いたその時、ノエルから報告があった。
「!? 戦場のゴーレムに異変在り! ゴーレムが機能を停止して、爆発しているとのことです!」
「何?」
スルトは周囲を眺めた。
ゴーレムは倒れて、爆発していた。
スルトは通信機でアンシャルにつないだ。
「アンシャル、状況はどうなっている? こちらではゴーレムが次々と爆破、炎上している」
<ああ、次々と爆発しているぞ!>
「サラゴン、報告せよ!」
<はい! ゴーレムが爆発していきます!>
スルトができることはもはやただ一つ。
「戦友諸君! 聞け! 我々の勝利だ!」
「「「おおおおおおおおおおお!!」」」
全戦士たちが喜びの雄たけびを上げた。
揺らぎが終わると、セリオンとエスカローネは聖堂にいた。
「ここは……聖堂の中か」
「帰って、来たのね」
エスカローネの声から安堵をセリオンは感じた。
セリオンとエスカローネはうなずいて抱きしめ合う。
ようやく帰って来れて、互いのぬくもりを感じ合う。
「おやおや……私たちがいないところで、仲良くなったようだな」
「お帰りなさい、セリオン、エスカローネちゃん」
そこにはアンシャルとディオドラがいた。
セリオンは二人と再会してどうしても聞き出したいことがあった。
「俺はある人と出会った。その人は言った、『私がおまえの父なんだ』と。母さん……答えてくれ。俺の父は誰なんだ?」
ディオドラは真剣な表情でセリオンの言葉を受け止めた。
セリオンはアンシャルを見る。
アンシャルもそのことは知っているのか、ただうなずいた。
「セリオン……あなたは雷の息子……神の子なのよ」
初めてディオドラの口から真実が語られた。
セリオンは動揺しなかった。
すでに聞いていたことでもある。
それでも、セリオンはディオドラに聞かざるをえなかった。
ディオドラの口から真実を聞きたかった。
そしてセリオンは衝撃を受けた。
「俺が『神の子』? 俺の父は……本当に神なのか?」
「そうよ。あなたは私が雷の直撃を受けて身ごもった子供なの。私は大天使レミエル様から教えられたの。今まで黙っていてごめんなさい。あなたがこの真実を受け止められるか、それが私には不安だったの。でも、主と出会って話をしたなら、真実を隠すべきではないと思ったのよ。あなたが自分の父を知ることは自分の運命を知ることよ。主はシベリア人の歴史に介入したといえるわね。ありがとう、セリオン。生まれてきてくれて……あなたは私の誇りよ」
「母さん、俺こそ母さんが俺をどれだけ愛してくれたか、俺は知っている。だから、ありがとう。俺を産んでくれて」
「セリオン……!?」
セリオンはディオドラを抱きしめた。
ディオドラは涙を流していた。
きっとこの秘密を隠してきたことで、ディオドラも苦しんできたのだろう。
産んでくれてありがとう――これは母親にとって最大の賛辞ではないだろうか。
かくして、神の恩寵のもと四人は家族として一体となる。
テンペルではアルテミドラ戦争の勝利を祝って、パーティーが開かれた。
テンペルでは非戦闘員や、看護兵が負傷者の看護や手当をしているようだ。
必要な物資はツヴェーデン政府から送られてきた。
こんな所も同盟の証であった。
ヴァイツゼッカー大統領は魔女の支配と独裁政権が崩壊したことを国民に知らせた。
魔女の残した傷跡は大きかったが、大統領はツヴェーデン連邦共和国の再建に力を入れた。
ツヴェーデン軍も、操られていたとはいえ、魔女の支配の間に問題を起こした軍人は罷免されたり、追放されたりした。
テンペルでは32人の死者が出た。
多いわけではないが、あまり少ないとも言えない。
そんな様子を、全身を黒マントで覆った男がテンペルを見ていた。
その男は闇の王フューラーだった。
「フッフッフ……アルテミドラを倒したか。使徒のひとりを倒せるほどの高みに、セリオン・シベルスクは到達したということか」
風が闇の王の黒いマントを揺れ動かす。
「そうだ。それがおまえの……『神の子』の可能性なのだ。フフフフフ……ハハハハハ……ファーハハハハハハ!」
誰一人黒マントの男の笑い声は聞いていなかった。
セリオンとエスカローネはバカンスを取った。
一か月の休暇だ。
なお、テンペルでは計画的に戦士たちに休暇を取らせるつもりだ。
このアルテミドラ戦争はとても厳しかった。
精神的にも肉体的にも、テンペルの戦士たちは大きく疲弊していただろう。
セリオンはエスカローネと共に南の海にやってきていた。
そこで二人でゆっくりするつもりだったらだ。
セリオンは水着に着替えてビーチに来ていた。
今はエスカローネを待っている。
エスカローネはどんな水着を着てくるだろうか?
セリオンにはそれが楽しみだった。
「セリオン、お待たせー!」
セリオンは振り返った。
そこにはひもで縛られた、黒ビキニを着たエスカローネがいた。
セリオンはエスカローネを凝視してしまう。
豊かな胸、引き締まったウエスト、曲線を描くヒップ、そして長い脚、揺れる長い金髪の髪……。
まるで美の女神のようだ。
「ああ、すてきだ」
「セリオンもかっこいいっわよ。普段は見えないところに筋肉を隠しているのね。じゃあ、行きましょう!」
エスカローネはセリオンの手を取った。
セリオンは考えていた。
今日は長かった性欲の問題に答えねばならない。
実はエスカローネも同じことを考えていた。
穏やかな海は二人を受け入れてくれた。




