アルテミドラとの決戦
セリオンはドーム状の宮殿の扉を開けた。
そこには玉座があり、女主人が座っていた。
その女主人はセリオンの姿を見て、実にうれしそうだ。
逆のことを言えば、ここまでセリオンが来たということは、部下たちが倒されたことを意味する。
自分を守るはずの部下が倒されてなお、にこやかに笑っている……。
セリオンには理解できない精神構造だった。
「よく来た、セリオン・シベルスク。『また』会えてうれしいぞ」
玉座に座る女が笑う。
この女がアルテミドラ。
闇黒の大魔女アルテミドラだ。
角のようにカーブした前髪に、後ろに垂らした赤い髪、血のように赤い深紅のドレス、スリットから煽情的に現れている脚線美、強調される大きな胸。
「おまえは、ドリスか。その姿が真の姿というわけか」
「フフフ、その通り。この私こそアルテミドラ。闇黒の大魔女アルテミドラだ」
「セリオン!」
「エスカローネ!」
セリオンの目に黒い縄で縛られたエスカローネが入った。
エスカローネは無事なようだ。
セリオンの胸に安堵が広がる。
セリオンはずっとエスカローネのことが心配だったのだ。
エスカローネは縄で縛られているが、危害を加えられた様子はない。
「エスカローネ、待っていろ。俺がこいつをかたづける」
「フフフ……できるかな? 片づけるとは言ったものだ。言っておくが私はほかの奴らとは格が違うぞ? 大魔女の名はだてではない」
アルテミドラが立ち上がる。
アルテミドラから強力なプレッシャーが放たれた。
これは決戦だ。
この戦いにセリオンが勝つか、負けるかでテンペルやエスカローネの運命が決まる。
セリオンには絶対に負けるわけにはいかない戦いであった。
今回の魔女の事件――その元凶はこの女だ。
この女を倒せば、ツヴェーデンに平和が訪れる。
セリオンは大剣を構えてアルテミドラのプレッシャーに耐えた。
アルテミドラは今までセリオンが戦った相手の中でも最高ランクに位置する。
この女は強い。
カフェでは押さえられていた魔力が現れているからだ。
それはセリオンにも恐れを抱かせた。
恐れを抱くことは正常なことだ。
もし、何にも恐れることがなかったら、その人は正常な感性がマヒしてしまったのだ。
「フフフ……わかるぞ、セリオンよ? おまえは私を恐れている……実にいい。さあ、行くぞ。私の魔力を思い知るがいい!」
アルテミドラが右手に火の球を作った。
それをセリオンに向けて放つ。
火球はセリオンの前で爆発した。
「フッ」
アルテミドラがあざ笑う。
その様はいっそすがすがしかった。
まるで勝負は一撃で決まったかのような顔だ。
アルテミドラは圧倒的な魔力でセリオンを殺すつもりだ。
アルテミドラの火球は通常のレベルを越えていた。
くらった人間が一撃で黒焦げになってもおかしくなかった。
つまり、アルテミドラの魔法力と魔力がすさまじく高いということだ。
「残念だな。もうくたばってしまったのか。戦いはこれからだというのに……」
「セリオン……」
エスカローネも爆風を見つめる。
煙が晴れると、氷の大剣を持ったセリオンが現れた。
「あれで死んだと思ったか?」
「ほう……あれは普通の人間なら即死なのだが……よく生きていたものよ。フフフ……これは楽しめそうだ」
アルテミドラが再び炎の魔力を集める。
「炎撃」
アルテミドラの炎がセリオンの前に津波のように現れる。
セリオンは氷の大剣を振るう。
炎は跡形もなく霧散した。
「火塊」
アルテミドラが炎の塊をセリオンの頭上に出現させた。
火の塊がセリオンに落下する。
セリオンはさっと横によけた。
「火炎弾」
アルテミドラが炎の弾を手に作り出す。
それから、セリオンに向けて、手から火炎の弾を撃ちだした。
セリオンはそれを氷の大剣で斬り捨てる。
「まだまだ行くぞ? せいぜいこの私を楽しませてくれ。火炎槍」
アルテミドラが炎を手に宿す。
その手から炎の槍が放たれた。
炎の槍はセリオンを貫通すべく飛来する。
セリオンは氷の大剣でそれを斬り、無力化した。
「火炎噴」
セリオンの足元に魔力が集まった。
セリオンはすぐさま左によけた。
セリオンのいたところから一気に炎が噴出した。
「フハハハハハ! 楽しいな! 多弾・火炎弾!」
アルテミドラは同時・多発に炎の弾を作り出した。
炎の弾はセリオンに向かって飛んできた。
セリオンは氷結刃で斬りつける。
「くっ!?」
セリオンの氷結刃は炎の弾のラッシュに耐えられない。
セリオンは氷結刃では対抗できないと思って氷星剣を出す。
氷の光が輝いて、炎の弾を無力化する。
「ほう……見事だ。だが、これは耐えられるかな? 多連・火炎槍!」
多くの炎の槍が火を噴いた。
多連・火炎槍は本来複数の敵に対するものであって、単体に対する魔法ではない。
回避は不可能でも、正面から炎の槍を打ち破られたら、危険になるからだ。
アルテミドラはもちろんそれを知っているだろう。
アルテミドラは遠距離から魔法で一方的に攻撃するつもりだ。
セリオンの接近こそ気をつけるべきなのだから。
セリオンは氷星剣で正面から飛んでくる炎の槍を斬り払う。
「火炎波!」
アルテミドラから炎の波が放たれる。
セリオンは迫り来る炎の波を前進して氷で中和しようとした。
炎の波は凍り付き砕け散った。
「炎爆!」
炎が爆ぜた。
アルテミドラは炎の爆発を巻き起こした。
「うおあ!?」
セリオンが爆発によって吹き飛ばされた。
セリオンは空中でくるりと一回転して着地する。
セリオンが再び大剣を構えて、アルテミドラを見据える。
まだ、セリオンの闘志は燃えている。
セリオンが今までの戦いで分かったことは、アルテミドラは遠距離を自分の間合いとしていること。
アルテミドラは離れて魔法を撃ってくるだけだ。
逆に言えば、セリオンは自分の間合いで戦えない。
セリオンの間合いは近距離だ。
セリオンに遠距離攻撃がないわけではなかったが、セリオンは原則として近づかなければ攻撃できない。
「炎弾雨!」
アルテミドラがセリオンの上から炎の弾を降り注がせた。
セリオンは前進してそれをかわすと同時に、前に出た。
そのままアルテミドラに斬りかかる。
アルテミドラにセリオンは大剣を振り下ろした。
その時、アルテミドラの前に障壁が現れた。
それがセリオンの大剣を防ぐ。
障壁は曲がっていて、衝撃を中和する力があるのであろう。
「灼熱砲!」
アルテミドラは炎のビームを出した。
炎のビームはセリオンの大剣に当たり、そのままセリオンを押しのける。
セリオンは中央まで押しやられた。
「フフフ! すばらしいぞ、青き狼よ! さすがは英雄だ! 私の炎の真髄を見せてやろう!」
「俺は勝つ! そしてエスカローネを救い出す!」
「紅蓮に沈め! 炎帝!」
炎がセリオンの周囲を取り囲む。
セリオンに炎の熱が伝わる。
逃げ場はない。
セリオンが気づくより前にアルテミドラは炎を展開していた。
セリオンは舌を巻く。
素直に称賛できる魔法のレベルだ。
さすがに大魔女を自称するだけのことはある。
中央に炎がともる。
これが爆ぜればセリオンは焼け死ぬであろう。
だが、そうはならなかった。
セリオンは中央で揺らめいていた炎を氷の剣でかき消した。
それと同時に囲んでいた炎も消滅する。
「よくぞ見破った。炎帝を防ぐ方法はそれしかない」
炎属性大魔法『炎帝』――その弱点は中央に揺らめく炎を消してしまうこと。
これによって炎帝の発動を阻止できる。
そしてセリオンはそれを知っていた。
「フフフ! 炎帝だけが私の大魔法だと思うな! 災炎!」
アルテミドラは上方に炎の太陽を形成した。
燃える炎の星は分裂してセリオンに降り下る。
「はあああああああ!!」
セリオンは炎のかけらを迎撃した。
セリオンによって炎のかけらは中和され、災炎は打ち破られた。
「フッフフフフ! いいぞ! 燃えてくる! せいぜいあがけ! これから見せるのは私のオリジナルの魔法だ。これは見たこともあるまい? 紅蓮鳥!」
アルテミドラの手に魔力が集まる。
それはしだいに形作ってセリオンに炎の鳥として撃ち出された。
セリオンはよけるしか手がなかった。
アルテミドラが放った紅蓮鳥は扉を木っ端みじんに壊した。
あんなものをくらったらひとたまりもない。
セリオンは険しい表情をした。
次にあの魔法を撃たれたら、対抗するしかない。
さきほどの攻撃は様子見にすぎない。
だが、強力な分、そう何発も撃てないはず。
ならばこちらも本気を出すのみ。
セリオンは覚悟を決めた。
セリオンは大剣をアルテミドラに向ける。
「フッフフフフフ! 次はどうだ? 耐えられるか? さあ!」
アルテミドラが紅蓮鳥を出そうとする。
アルテミドラは両手に炎を宿していた。
アルテミドラは前より大きな紅蓮鳥を出すつもりだ。
回避は不可能。
「死ぬがいい! 紅蓮鳥!」
アルテミドラが紅蓮鳥を放った。
セリオンの大剣に氷の粒子がきらめいた。
セリオンの技『氷粒剣』だ。
氷の粒子を宿した大剣を、セリオンは紅蓮鳥に向けて斬り下ろす。
氷粒剣と紅蓮鳥の対決だった。
セリオンの大剣は紅蓮鳥を真っ二つに斬り裂いた。
二つに分かれた紅蓮鳥が爆発する。
「なっ!? この私の紅蓮鳥が……!?」
初めてアルテミドラから余裕が消えた。
その赤い瞳は大きく見開かれ、手が震えていた。
「俺の勝ちだ。どうする? ここで戦いをやめるか? エスカローネを解放するなら命は助けてやる」
セリオンが大剣をアルテミドラに突き付ける。
アルテミドラは口元を歪めた。
「くくく……ハハハハハ! この私を今まで倒してきた奴らといっしょにするな! この私は『使徒』! まだ終わらんよ! では、この私の真の力を見せてやろう!!」
アルテミドラは自身の魔力を完全に開放した。
赤い魔力がアルテミドラから吹き出る。
それと同時に背景が歪む。
空間が形を変えるのだ。
この幻宮ラビュリントスはアルテミドラが作った亜空間……つまり擬似空間なのだ。
完全なる闇の中にセリオンは閉ざされた。
闇黒界エレボス(Erebos)。
アルテミドラは空中に浮く。
そしてその姿を膨張させていった。
アルテミドラの姿が変わる。
鋭い牙、小さな腕、大きな脚、長い尾、深紅の体。
アルテミドラは一体の深紅のドラゴンと化した。
「ハーハハハハハハハハハ! この私はアルテミドラ! アルテミドラ=ティアマト(Artemidora-Tiamat)だ!」
アルテミドラから圧倒的なプレッシャーがかけられる。
それはあのファーブニル以上だ。
セリオンは膝を屈しそうになる。
だが、それにセリオンは耐える。
アルテミドラにひざまずいてなどやるものか!
「渦巻け、闇よ! フィンスター・シュトローム(Finsterstrom)!」
闇の気流がセリオンを襲った。
気流は叩きつけるようにセリオンを打撃する。
セリオンは光の大剣『光輝刃』を出すが、すさまじい闇の気流に叩きつけられる。
「ぐうっ!?」
「砕けろ! メテオリート(Meteorit)!」
アルテミドラが隕石を次々と落下させる。
「うおあああああああ!?」
セリオンは防御しつつもくらうしかなかった。
セリオンはせめてもの抵抗に蒼気を出す。
「無駄だ! 今の私にそんな攻撃は通じん! このまま魔法で殺してくれよう! さあ! 終わりだ! メテオリート!!」
アルテミドラがその時口を大きく開けた。
セリオンはそれを見ると、アルテミドラの体内に入った。
アルテミドラの体内に、セリオンは呑み込まれた。
「フフフフ! アーハハハハハハハハハ! 愚かな! この私の体内に入るなどと! 究極の闇を思い知るがいい!」
アルテミドラの哄笑がエレボスに響き渡った。
アルテミドラの体内にて。
セリオンは無限の闇の中にいた。
ここはアルテミドラの子宮だ。
すべてが闇であり、光が全くない。
闇の深淵だった。
さすがのセリオンも恐れた。
この中は永遠の闇だ。
セリオンには感覚が全く働かなかった。
浮いているのか、漂っているのか、それとも動いていないのか、セリオンには全くわからなかった。
だが、この中には闇でありながら、セリオンの存在そのものが溶けてなくなるという……究極の快感があった。
ここで果てれば、セリオンは死ぬだろう。
セリオンは虚空の闇に包まれて死ぬのだ。
だが、セリオンのプネウマがそれに対抗した。
そしてセリオンのエスカローネへの愛――光とは何か? それは愛である。
セリオンは母ディオドラを、父アンシャルを、師スルトを、妹シエルを、ノエルを、友アリオンを、サラゴンを愛している!
そしてもちろん、エスカローネを愛している!
セリオンはあふれるばかりの愛で目を覚ました。
ふしぎだ。
この空間には愛がない。
セリオンは、目を開ける。
<セリオンよ! 光を放て!>
「誰だ?」
セリオンは目を開けたものの、闇によって何も見えない。
しかし、セリオンは自分を応援する声を聞いた。
いや、この『声』はテレパシーのようなものだ。
人間の、誰かの声ではない。
セリオンは息を吸い、そしてはいた。
セリオンは呼吸している。
セリオンは息している。
我息する! ゆえに我在り!
息ある限り、希望はある!
息は希望だ!
セリオンは大剣を上にかかげた。
「光、在れ! 閃光剣!!」
セリオンン体験が光輝き、闇を斬り裂いていった。
光は闇の中でも輝き続ける。
闇が深いほど、光はその輝きを増す。
「フハハハハハハ! 私の中で最高の、死の快楽を味わいながら死ぬがよい! ……むっ!? な、何だ!? 光が、私の中から!? あああああああああああああああああ!?」
アルテミドラの中から光があふれ出てくる。
アルテミドラの体は膨張し、はじけ飛んだ。
アルテミドラは元の姿に戻って倒れた。
セリオンは気づくと、ラビュリントスの女王の間に戻っていた。
「バカな……この私が……このアルテミドラが……ハイル・ザータン……」
アルテミドラは息絶えた。
「セリオン!」
エスカローネがセリオンに抱きついてくる。
「エスカローネ……よかった……」
セリオンはエスカローネを抱きしめる。
そして、いとおし気にその金髪をなでる。
「もう! 心配だった!」
「ははは……ごめん」
セリオンはエスカローネの耳元に口を近づけた。
そしてセリオンは自分の想いを告白する。
「エスカローネ……俺は君を愛している」
「!? 私も……私もよ……私もあなたを愛しているわ」
「エスカローネ……」
「セリオン……」
どれほどこの瞬間を待っただろう。
セリオンとエスカローネは見つめ合う。
セリオンはエスカローネが自分を愛していると知ってうれしかった。
セリオンはエスカローネと引き離されて、自分の想いを自覚したのだ。
エスカローネには自分のそばにいてほしい。
互いの気持ちが通じ合ったのなら、あとはただ進むだけ。
二人は目を閉じると、互いにキスをした。
唇と唇が接触する。
互いのぬくもりが伝わり合う。
これは愛の証。
互いを愛するという誓いなのだ。
その時、轟音が鳴った。
地震が来るときのような音がする。
「これは……何かしら!?」
「幻宮ラビュリントスが消えようとしているんだ! まずい! 崩壊する!」
ラビュリントスはこの世界から消えていった。




