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英雄叙事詩 Das Heldenlied  作者: 野原 ヒロユキ
~Himmel und Erde~
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ドリスの物語

これはドリスの物語である。

ドリスはにアルトシュタット(Altstadt)に生まれた。

ドリスの父はおもに魔石を加工する工場の労働者。

ドリスの母はスーパーマーケットの店員だった。

ドリスは泣いていた。

ドリスが泣くときはいつも決まって湖のそばだった。

ドリスは家では泣かなかった。

ドリスは家ではいい子であろうとしたのだ。

ドリスが泣いていたのは、父と母の不和のせいだった。

父は酒癖が悪く、家ではいつも母に暴力を振るった。

父は必要な生活費を母に渡すと、残りはすべて酒に使った。

父の酒癖の悪さは、どうも職場の事情にあった。

若いエリート社員が、熟練工の自分に向かって頭ごなしに命令してくるのが、気にくわなかったらしい。

母にとってはいい迷惑だった。

ドリスは幼い時から、父と母の不和を見せられて、それが悲しかった。

母から話を聞くと、昔は違っていたらしい。

今の父は酒と暴力でうっぷんを晴らしてるだけだ。

「あなた、大丈夫? どうかしたの?」

ドリスが泣いていると、ふと声が開けられた。

それは運命的な出会いだった。

その出会いはドリスの運命を変えたのだ。

そう、良くも、悪くも……。

この出会いがなければドリスは魔法を知らなかっただろう。

「あなたは誰?」

「私はカミラ(Kamilla)。これでも魔女なの。あなたの名前を教えてくれる?」

「ぐすん……私はドリス」

「そう、ドリスちゃんというのね。どうしてあなたは泣いているの?」

「それは……」

ドリスはこの魔女カミラにすべてを話した。

どうしてだかはわからなかったが、この人は信じられると思たのだ。

ドリスの話しは論理的とはいえなかったが、それでもカミラはドリスの話を聞いてくれた。

父が酒を飲むこと。

そして工場でストレスを受け、母に暴力を振るうこと。

「そう……それはつらいわね。じゃあ、元気になるように『魔法』を見せてあげる」

「魔法?」

「ほら!」

カミラは自分の手から、発火するように揺らめく火を出した。

ドリスは感激した。

「うわあ!」

ドリスが泣くのをやめて笑顔になる。

これはまるで手品だ。

こんな笑顔になったのはいつ以来だろう?

ドリスは胸が熱くなった。

これが魔法! 魔法はなんてすばらしいのだろう!

この時のドリスは魔法がただただすばらしいものに見えた。

「どう? 元気になったでしょう? これなら家に帰っても大丈夫よ」

「うん!」

これがドリスと魔法の出会いだった。

ドリスが住んでいるのはアルトシュタット。

この町は地方都市だった。

周囲を森に囲まれており、森には湖があった。

ドリスは学校に通っていた。

ツヴェーデンの学校制度は基礎学校→国民学校→大学と分かれていた。

ドリスは基礎学校に通っていた。

成績は優秀で将来は大学まで行けると教師たちは言っていた。

ただ、ドリスの家庭にはおカネがない。

そのため、育英基金に頼るよう母は相談を受けていた。

母は教育熱心だった。

将来ドリスが大学に通えるよう、あらゆることを手配してくれた。

現在ドリスは6歳。基礎学校の一年生だ。

ツヴェーデンでは大学に通うためにはギムナジウムに通って大学入学資格にパスする必要があった。

このギムナジウムでは古典語を徹底的に学ぶ。

そしてギムナジウムは12歳で入学が決められる。

つまり、12歳でに将来大学に入れるか、入れないかが決まってしまうのだ。

12歳でその子の将来が決まると言えるし、決めねばならないとも言える。

だが、ドリスは魔法が忘れられなかった。

カミラから見せてみらった魔法が目に焼き付いていたのだ。

ドリスは自分の将来を魔法に見出していた。

ドリスは再びカミラと出会った湖に行った。

カミラとまた会うためだ。

運命が二人を結び付けたのか、二人は再会した。

「ドリスさん! Grüß Gott!(こんにちは)」

「Grüß Gott! ドリスちゃん、どうしたの?」

「私に……私に魔法を教えてください!」

ドリスは一気呵成に自分の気持ちを言った。

ドリスには将来への道が見えたような気がしたのだ。

カミラは困ったような顔をした。

「ドリスちゃん……それはできないわ……」

「何でですか……!?」

カミラは子供にもわかるよう丁寧にその理由を教えてくれた。

「いい? ツヴェーデンの法律ではね、魔法は許可された学校でのみ教えられるの。私も魔法を学校で学んだのよ。そして魔法学校にはたくさんのおカネがかかるの。ドリスちゃんは親には出してもらえないの?」

「……うちにはおカネがないんです。父がお酒におカネを使うので……」

ドリスが着ているものはいい服ではない。

それで貧富が分かってしまうのだ。

結局はおカネが問題になるのか……。

ドリスはしおれた。

現実は冷酷だ。

だが、カミラはドリスを見捨てなかった。

「ドリスちゃん……あなたには魔法の才能があるわ。私のマネをして、私の言う通りにやってマネしてみなさい。魔法のマネをすることは違法じゃないのよ」

「はい!」

これは法律の抜け穴であった。

ツヴェーデンでは魔法は指定された学校での教育されるとなっていたが、こういう抜け道もあるのだ。

もともと魔法は師弟関係で教えられてきたからである。

そのため、学校の教師と個人的な師弟関係が生徒とのあいだで形成されている。

つまり、教師が師、生徒が弟子という人間関係だ。

もともと師弟関係では師が弟子の将来まで決定するほどの権限があった。

ドリスはその日から魔法の基礎を教えられた。

母には将来魔法使いになりたいと言ったが、子供の夢想と笑われた。

ドリスは基礎学校を卒業すると、12歳に、ドリスはなっていた。

ドリスは家を抜け出して、カミラのもとに住み込みで魔法を習った。

薬草学、縫物、料理など……。

ドリスはカミラのもとで魔道具作りも覚えた。

しだいにドリスはカミラの助手のような存在になっていった。

そのため、カミラから給料を手渡された。

この時はうれしかった。

自分の手で給料を稼いだのだ。

これは自分が将来、魔法使いとして独立できるという自信をドリスに持たせた。

ドリスは炎の魔法に適性を示した。

特に炎の魔法ではドリスは師の魔法を凌駕した。

20歳にいなった時、ドリスは家に帰りたいと思った。

家を飛び出して、母のことが心配だったのだ。

ドリスはカミラから推薦を受けて、魔法学校を受験することになっていた。

自分が魔法使(ツァウバリンいとして独立できることを母に伝えたかったのだ。

それにそんな未来があるなら、母は父と別れて私と二人で暮らすことができる。

もう父の暴力におびえなくてもいいのだ。

ドリスは家に向かった。

「お母さん? 私よ、ドリスよ?」

ばたと人が倒れる音がした。

ドリスは家の奥に入った。

そこには動かなくなった母がいた。

「お母さん!」

ドリスは母に近づいた。ドリスは近くにいた男には気づかなかった。

「お母さん! お母さん!」

ドリスは母をゆすってみたが、母は『動かなかった』。

「そんな……」

「おまえ……ドリスか?」

ドリスは初めて近くにいた男に気づいた。

やつれていて、歳を取っていたが間違いない。

「お父さん……どうして……?」

「おお、ドリス! べっぴんになったなあ! 見違えたぞ!」

父はドリスの容姿をほめた。

ドリスは父に会えてもまったくうれしくなかった。

「実は今、やばい奴らに追われていてよ! おまえが稼いでくれよ! ほら! 父さんを助けるためだと思って!」

ドリスは直感的にそれが身売りだと気づいた。

それで父はドリスの容姿に注目したのだ。

「いや! そんなことしたくない!」

ドリスは拒絶した。

それが発火点になった。

それを見て、ドリスの父は真っ赤になって、激怒した。

「おまえもか! おまえも俺を拒絶するのか!」

父はドリスの首を絞めた。

こうやって、父は母を殺したのだ。

「お、お父さん……!?」

「誓え! 俺を助けると誓え!」

「い、いや! 苦しい……!?」

ドリスは無意識に父の胸に手を当てた。

その手から炎の槍が放たれた。

炎の槍は父の胸を貫通した。

「ぐあっ!?」

父はその場に倒れた。

そして、しばらくけれんした後、動かなくなった。

「お、お父さん……」

罪悪感はなかった。

そもそも、この男はこうされても仕方がなかったのだ。

ドリスはそれでも自分がしたことに震えた。

これはドリスがした初めての殺人だった。

炎は家に燃え移っていた。

「おやおや、こんな悲劇に出くわすとは……」

そこにサングラスにベージュのスーツの男が入ってきた。

「私はドン・ベルナルディーノ(Don Bernardino)。ゲラルドさんは私から莫大な借金をしていたのですが、ご存じありませんか?」

「借金?」

ドリスは身構えた。

父は母にも内緒で借金をしていたのだろうか?

もしかしたら、母が殺されたのはそのあたりに理由があるのかもしれない。

「ゲラルドさんは……」

ベルナルディーノはゲラルドの脈を測って、確かめた。

「……どうやら死んでいるようですね。これは殺人だ」

「さっ、殺人……」

ドリスは自分のしたことに慄然とした。

そして恐怖から体を抱きしめた。

「フフフフ……別に警察に告げたりはしませんよ。しかし、あなたは父を殺した。これはゆるぎない事実です。とりあえず、もうこの家は持ちそうもない。私についてきてください」

ドリスの家は炎が全体に燃え移っており、もはや崩れ落ちそうだった。

ドリスはベルナルディーノについていった。

外にはガラの悪い男たちがいた。

「どうですか? 私の企業でその体を使って働きませんか?」

「それって、娼婦になれってことですか?」

ドリスはベルナルディーノをにらみつけた。

「まあ、そういうことですね」

「いやです!」

ドリスは拒絶した、父と同じように。

ドリスは誇り高かった。

魔法使いとして成長することによって、ドリスは意思の強さを身につけていた。

なぜ自分が身を売らねばならないのか!

私は悪くない! 悪くない……はずだ……。

「しかし、あなたは父を殺した。罪は償わなくてはいけないのでは?」

ほくそ笑むベルナルディーノ。

ツヴェーデンの伝統では父殺し(patricida)は最大の罪だ。

ツヴェーデンは父系社会であった。

これは父方の系譜を重視するという意味である。

律法にも、汝の父と母を敬えと、記されている。

「ボス! べっぴんさんでありやすねえ!」

「少し、味見したっていいですよね?」

男たちが下劣な言葉でやり取りする。

「やれやれ……少しだけだぞ? くれぐれも顔には傷をつけるなよ?」

それは強姦にOKというサインを出したのであった。

ドリスは考えるより先に魔法を使っていた。

「!? 来ないで! 炎帝えんてい!」

ドリスは炎の大魔法を放った。

炎属性大魔法『炎帝』。

炎が男たちを包み込む。

そして中心に炎が揺らめいて、炎が爆ぜた。

炎は悲鳴ごと男たちを呑み込んだ。

一瞬にして、炎はベルナルディーノたちを焼き尽くした。

彼らは灰と化した。

「あああ……私は……なんてことを……」

ドリスは地面に座り込んでしまった。

力が体から抜ける。

ドリスは正当防衛とはいえ、一日で十人以上殺した。

その事実に良心が震える。

そこに禿頭で、黒マントをつけた男がやってくる。

男は言った。

「君は『正しいこと』をしたのだ」

「『正しいこと』?」

「君は人を殺したのではない。『悪』を殺したのだ」

「私は、どうすれば……」

ドリスはあまりの事実……殺人に、思考が追い付かなかった。

自分は人を殺してしまった。

確かに、殺されて仕方がなかった連中だったかもしれない。

だが、ドリスは『魔法で』人を殺したことに戦慄したのだ。

魔法はすばらしいとずっと思っていた。

そのすばらしいものは、こうして人を殺すこともできるのだ。

それをドリスは思い知った。

「私のもとにきたまえ。私が君を導こう。私のもとで、君は闇の魔法を学ぶのだ」

ドリスは男から正しいと言われて救われる自分がいることを感じた。

ドリスは誰かから、自分のしたことを許してもらいたかったのだ。

「あなたは?」

「そうだな。今はこう名乗っている。『闇の王フューラー』と」

そしてドリスは闇に落ちた。

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