表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
英雄叙事詩 Das Heldenlied  作者: 野原 ヒロユキ
~Himmel und Erde~
4/279

暴龍ファーブニル

かくして戦場に場面は戻る。

セリオンはファーブニルと対峙していた。

ファーブニルの獰猛な顔が彼の瞳にうつる。

ファーブニルは爪に魔力を集めた。

ファーブニルが爪を振るう。

風の刃だ。

風の刃がセリオンの全周囲から襲ってくる。

セリオンは身体強化魔術を使用して、その場から跳ぶ。

セリオンがいたところに風の刃が襲ってくる。

セリオンはそのまま大剣で斬りつけた。

ファーブニルの体に薄く傷ができる。

この剣はただの大剣ではない。

名は神剣サンダルフォン(Sandalphon)――。

大天使スラオシャ(Sraoscha)から贈られた剣である。

しかし、さすがのサンダルフォンでもファーブニルのうろこを斬ることはできなかった。

ファーブニルが長い首を伸ばしてセリオンにかみついてくる。

セリオンはすみやかに後退してそれをよける。

再びセリオンはファーブニルと距離を取った。

ファーブニルのアギトが閉じられる。

ファーブニルの牙は恐ろしく鋭い。

あの牙でかまれたら、セリオンでも一撃で死亡するだろう。

セリオンはファーブニルに接近するのは危険だと判断した。

しかし、セリオンの攻撃は接近しなければ効果がないものが多い。

セリオンは危険を冒してでも接近しなければ、ダメージを与えられない。

ファーブニルは両翼の下に風の球体を作った。

風の魔力が収束されていくのがセリオンにはわかる。

あれが地表に叩きつけられたら、地面がはじけ飛ぶだろう。

だが、セリオンには策があった。

ファーブニルは風の球体をセリオンに放り投げる。

ドラッヘン・ヴィント(Drachenwind)だ。

風の球体はセリオンを押しつぶすべく迫る。

その時、セリオンの大剣から銀色の光が立ち上がった。

セリオンは銀の刀身を伸ばすと、その刃で風の球体を斬り捨てた。

爆発と衝撃がセリオンを襲う。

セリオンが今使ったのは、神剣の『魔法を斬る』能力だ。

神剣は魔法を『斬る』能力を持っている。

これは対魔法の戦いでは圧倒的に有利であることを意味する。

ファーブニルの風をセリオンは魔法と同じ原理だと見て取った。

そしてそれは正しかった。

神剣で斬れたということはそういうことだ。

ファーブニルは自分の攻撃が通じなかったことにより、怒りをあらわにした。

ファーブニルの目には憎しみがある。

ファーブニルは人間を憎んでいる。

「そんなに人が憎いか……」

セリオンにはファーブニルが哀れに映った。

憎しみは本源的な感情だ。

それは自然ということでもある。

ファーブニルは人間への憎しみで目を曇らせている。

おそらく、ファーブニルは怒りと憎しみで支配されているのであろう。

それは悲しいことだとセリオンは思った。

もはやファーブニルの心から怒りと憎しみを消すのは不可能だ。

ファーブニルが口に炎をたくわえた。

これは炎の息だ。

セリオンはファーブニルの口をにらみつけた。

その瞬間、ファーブニルの口からすさまじい炎が放射された。

セリオンはその中に呑み込まれた。

炎が収まる。

ファーブニルはほくそ笑んだ。

忌々しい人間が消えた。

そう思っただろう。

しかし、炎が収まると、無傷のセリオンが姿を現した。

ファーブニルはなぜ焼き死んでいない? そんな顔をしていた。

ファーブニルの炎は超高熱だ。

それをまともに受けたなら、セリオンでもひとたまりもないだろう。

そう『まともに受けた』ら……。

ファーブニルは再び口に炎を集めた。

今度こそセリオンを焼き殺すつもりだ。

炎がファーブニルの口から発射された。

セリオンは蒼い光を全身から刀身までいきわたらせた。

これは蒼い闘気だった。

その名は『蒼気そうき』。

セリオンは蒼気の刃で炎の息を斬り裂いた。

炎が拡散されていく。

ファーブニルの炎はセリオンによって無力化された。

ファーブニルは追いつめられた。

そのためついにファーブニルは切り札を出した。

ファーブニルの口に赤紫の魔力が集まる。

これはファーブニルの奥の手だ。

ファーブニルは口から赤紫の熱線をはいた。

すさまじい衝撃だった。

ファーブニルの熱線は薙ぎ払うように発射された。

その威力は地形を変えた。

しかし、この攻撃は強力である分、隙もあった。

セリオンはファーブニルに接近すると、雷鳴がとどろく雷電の一撃をファーブニルに叩き込んだ。

セリオンの技『雷鳴剣らいめいけん』だ。

「ギイヤオオオオオオオオオオオオオオオ!?」

ファーブニルの全身を雷電が打ちつける。

雷電はファーブニルの防御力を貫通してダメージを与える。

セリオンは大剣に雷光をまとった。

セリオンはファーブニルに強烈な雷光の一撃を叩き込んだ。

この技は『雷光剣らいこうけん』。

セリオンの必殺の一撃だ。

「ギャオオオオオオオオオオオオオオン!?」

ファーブニルがのけぞって断末魔の叫びを上げる。

ファーブニルはそのまま倒れこんで青い粒子と化して消滅した。

「ファーブニル……永久とわに眠れ……」

セリオンは戦場から去った。

ファーブニルに哀悼の意を示して……。


セリオンは勝利の凱旋をした。

道では両側に花をいっぱい持った市民たちが埋め尽くしていた。

人々はファーブニルの恐怖から解放された。

そのせいだろう。

人々はみな笑顔を浮かべていた。

セリオンは道を歩いてテンペルへと向かう。

ファーブニルはそれほどの脅威を人々に与えていたのだ。

思えばここ数年、人々の顔が暗かったような気がする。

セリオンは『英雄』として、『ドラゴンスレイヤー』として凱旋した。

誰もが若き英雄を讃えた。

その日の夜は宴が催された。

ワインにジュース、そして豪華な料理が出された。

セリオンはみんなからもみくしゃにされた。

「はっはっは! どうだ、飲んでいるか、セリオン?」

「サラゴン……」

そこに現れたのはセリオンの友人サラゴン・ダンスク(Saragon Dansk)だった。

「……おまえ酔っているだろ?」

「はっはっは! このめでたい祝いの時に飲まないなんてあるかあ?」

サラゴンはセリオンの肩をバシバシと叩いた。

サラゴンはオールバックの黒い髪に、黒い戦闘服を着ていた。

瞳の色も黒だ。

「我らが英雄殿は酒がだめだったな! はっはっは! ぶどうジュースでも飲んだらどうだ?」

「ああ、いただくよ」

サラゴンがグラスにぶどうジュースを注いでくれる。

「? どうした? 浮かない顔だな? 何か悩んでいるのか?」

「ああ……エスカローネがここにいてくれたらよかったんだが……」

「エスカローネか……確かツァーラ師のもとで修業中だったか?」

「ああ、そうだ。もう5年も会っていない。今、エスカローネはどうしているだろうか?」

「エスカローネもこのニュースを知っているに違いないな。おまえの義妹シュヴェスターだ。きっと、元気でやっているさ」

「ああ、そうだな」

セリオンは英雄になった。

英雄とはドラゴンスレイヤーのことである。

セリオンは宴のあいだ、心ここにあらずだった。

これはセリオンの性格かもしれない。

周りの人々はいずれも宴を楽しんでいた。

そう、楽しんでいるのだ。

それはファーブニルの脅威から解放されたからだろう。

それはセリオンにもわかる。

セリオンは性格上クールなのであまりこの手のイベントは好きではない。

こんな時、エスカローネが近くにいてくれたら……。

エスカローネはセリオンの幼なじみであり、義妹でもあり、愛している人だった。

エスカローネに会いたい。

エスカローネの唇にキスをしたい。

セリオンはぶどうジュースを一気に飲み干す。

「エスカローネに会いたい」

「焦るな……きっともうじき会える」

「アンシャル……」

そこにやって来たのはアンシャルだった。

「風のうわさでは彼女はもうじき修行を終えるそうだ。そうすれば、エスカローネはここに帰ってくる」

アンシャルがセリオンを諭す。

「喜びもそれを分かち合えないとつらいものだな」

セリオンは自虐的に笑った。

それに対して、アンシャルもサラゴンもどういう言葉をかけていいかわからなかった。

言ったところで気休めにすぎないであろう。

「エスカローネを愛しているのか(Liebst du Eskarone?)」

アンシャルがセリオンに尋ねた。

「ああ、俺は彼女を愛している(Ja,ich liebe sie.)」

「「…………」」

アンシャルとサラゴンは顔を見合わせた。

「そろそろ宴も終わりだ。セリオン、サラゴン、寮に帰れ」

「了解しました、副長」

「ああ、わかった」

セリオンとサラゴンは寮に帰っていった。

テンペルの寮は三種類ある。

男子寮、女子寮、家族寮の三つである。

「兄さん、どうしたの?」

「ああ、ディオドラか」

そこに姿を現したのはディオドラだった。

「いや、エスカローネがここにいないのが残念だと思ってね」

「そうね。エスカローネちゃんもセリオンを愛しているから……」

「それにしても、セリオンに真実は告げないのか?」

アンシャルの目がディオドラの目を捉えた。

「今はまだ、その時じゃないと思うの……」

「セリオンはもう子供じゃない。そろそろ告げたらどうだ?」

アンシャルがそう言うとディオドラは自分のおなかを押さえた。

「私はセリオンとエスカローネちゃんの二人に知ってほしいの……」

「そうか……それにしても『神の子』か……」

アンシャルはセリオンが消えた先を見ていた。

夜のとばりが静かに降りて行った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ