マイヤー大佐
テンペルをツヴェーデン軍が取り囲んだ。
ツヴェーデン軍の司令官はマイヤー(Meyer)大佐。
マイヤー大佐率いるツヴェーデン軍は精鋭ぞろいだ。
マイヤー大佐はテンペルにアルテミドラの言葉を伝えた。
「慈悲深く、慈愛あまねきアルテミドラ様はこう言われる。『我がもとに降伏せよ。そして我に従属せよ』。テンペルよ、答えはいかに!」
テンペルは交戦か、降伏か、二者択一を迫られた。
テンペルの答えはわかりきっている。
テンペルは決して降伏しないだろう。
その方がマイヤー大佐にとって都合がいい。
今回の作戦では兵士たちに『報酬』がちらついていた。
テンペルへの略奪と強姦を許可したのだ。
これによってツヴェーデン軍は貪欲なけだものに変わった。
軍には規律が必要なはずだが、マイヤー自身が自らそれにそむいた。
テンペルには美女が多いという。
もはやツヴェーデン兵たちは心の中でシベリア人を強姦した気になっていた。
救いようがない、軍隊――いや、野獣の群れだった。
スルトはツヴェーデン軍に答えを返した。
「ツヴェーデン軍に次ぐ! おまえたちの主、魔女の慈悲になどすがるつもりなどない! 我らは最後の一兵まで戦い続ける! 降伏など拒否する!」
スルトの声は展開しているツヴェーデン軍に大きく響いた。
通常ここまでの声は出せない。
スルトは魔術・『スピーカー』を使って声を大きく大音量で伝えたのだ。
それは迫真の力を持っていた。
「クックック! そうこなくてはな! これで奴らを好きにできる! 歩兵部隊を展開させろ!」
マイヤー大佐はほくそ笑んだ。
マイヤーはもはやシベリア人一の美女を手籠めにすることしか頭にない。
マイヤーはシベリア人の女は自分の戦利品だと思っていた。
ディオドラという美人の修道女がいるらしい。
マイヤーは直接会ったことはないが、ディオドラを遠くから眺めていたことがあった。
その時、その美しさに魅了されたのだ。
修道女というのが悔やまれる。
いい女でも修道女は『神の女』である。
マイヤー大佐の食指はひっこめるしかなかった。
ところが、このテンペルを攻略すれば、彼女を自分の奴隷にできるのだ。
大魔女アルテミドラはマイヤーをテンペル攻撃司令官に選んだ。
それはマイヤーを信頼してのことではなかったが、マイヤーに『戦利品』への渇望を与えた。
アルテミドラから異民族のシベリア人は奴隷として扱っていいと許可されていた。
その中の一番の美女を自分の戦利品として何が悪い?
マイヤー大佐は歩兵部隊を前進させる。
マイヤー大佐は戦う前から勝った気になっていた。
これは末端の部下にまで感染し、規律を破らせた。
軍隊が正常に機能するためには規律が必要だ。
マイヤー大佐が率いる部隊はもはやけだものであった。
マイヤー大佐とその部下たちが劣情しているのはテンペルからもわかった。
聖堂騎士は婦女子を暴行しようとしているツヴェーデン軍兵士に怒りを覚えた。
そして同時に自分たちが負けるわけにはいかないと闘志を燃やした。
もっとも、聖堂騎士団はツヴェーデンと同盟している。
訓練も合同で行ったこともある。
ツヴェーデン軍を憎む気持ちはシベリア人には少なかった。
それに彼らは魔女の魔法で操られているだけだ。
テンペルの聖堂騎士団は闘気を操る専門集団だった。
下劣な劣情など抱いている兵士など敵ではない。
数では聖堂騎士の方が劣るが、質ではこれが逆転する。
それに軍事は数が戦いの勝敗を決する決定的要因ではない。
戦史上、兵力の劣勢な側が優勢な側に勝った例はいくつもある。
それに聖堂騎士団は自分たちのホームグラウンドで戦うのだ。
聖堂騎士団は兵站で勝つ、と言われる。
これは補給を重視することに他ならない。
特に前線の戦士の食事は大事だった。
「歩兵部隊よ、突撃せよ!」
聖堂騎士たちに混じって、セリオンもサラゴンもツヴェーデン軍歩兵部隊にぶつかっていった。
特にサラゴンは聖堂騎士団ナンバースリーの人物で、積極果敢に敵兵に斬りかかっていった。
サラゴンは黒い長剣を持つ。
サラゴンにはダキという娘がいる。
サラゴンは大切な娘のために戦っているのだ。
セリオンも前線で大剣を振るって、ツヴェーデン兵を斬り捨てる。
騎士たちは極力、ツヴェーデン兵を殺さないように指示されていた。
これは将来、ツヴェーデンの軍人を減らさないようにするためだった。
スルトはこの時点で『戦後』を見据えていた。
これは戦争なのだから。
長いストリートで聖堂騎士とツヴェーデン兵がぶつかる。
数で勝るツヴェーデン軍に対し、聖堂騎士団は三列縦隊で戦いを挑む。
第一列には若年騎士を、第二列には中堅騎士を、第三列には老練騎士をそれぞれ配置していた。
そして、これらの三列縦隊は疲労に応じて互いに入れ替わった。
直線的でやや細長い道路上ではツヴェーデン軍も戦力を一度に展開できない。
聖堂騎士たちには厳格な軍規が支配していた。
「いったい何をやっているか! 外国人相手に何たるざまだ!」
マイヤーが怒り狂う。
マイヤーには権威主義的で、偉そうで、短気という欠点があった。
うまくいかないのはマイヤーが数と力しか知らないからで、数の暴力の前には聖堂騎士など敵ではないとマイヤーは思っていたのだ。
マイヤーから見ればシベリア人は外国人でしかない。
外国人? 難民などツヴェーデンから出て行け。
「司令……」
「何だ!」
マイヤーから怒号が飛んだ。
とんだとばっちりだ。
副官は嫌な顔をした後、マイヤーに進言した。
「マイヤー司令……『あれ』を使ってはいかがですか?」
「『あれ』だと? ふむ……そうだな!」
マイヤーは一人でほくそ笑んだ。
あれを使えば、現在の不利な戦況を挽回できるだろう。
聖堂騎士がいくら強くとも、『あれ』にはかなうまい。
『あれ』さえあれば聖堂騎士団など一ひねりだ!
「よし! 『あれ』を出せ!」
「はっ!」
聖堂騎士は一人でツヴェーデン軍の精鋭兵十人分に当たると言われる。
それはそれほど厳しい訓練の賜物であるし、闘気を扱えるからでもある。
「よし! このまま側面から敵を回りこめ!」
サラゴンが号令をかけてツヴェーデン兵を追いつめさせる。
サラゴンは騎士たちが突出して、ツヴェーデン軍に包囲されるのを避けるため、追撃は慎重だった。
その時、敵部隊に異変が生じた。
「何かあったか?」
サラゴンはいぶかしんだ。
ツヴェーデン軍が左右に割れた。
その奥から、砲身を備えた機動装甲車が出現した。
「はーーはっはっはっはっはっはっは! いくらおまえたちが強くとも、この兵器にはかなうまい! 主砲! 目標、聖堂騎士!」
マイヤー大佐の優越感に浸る声がさえわたる。
マイヤー大佐は自軍の勝利を確信していた。
「くっ、あんなものまで持っているとは……」
サラゴンが厳しい顔をした。
いくらサラゴンでも装甲車を斬ることはできない。
万事休すだった。
「サラゴン!」
そこに一筋の光明が訪れた。
セリオンだ。
「? セリオン、どうするつもりだ?」
「ここは俺に任せてくれ」
セリオンは自信をもって答えた。
セリオンには装甲車をどうにかできる算段があった。
「俺なら、あれに対抗できる」
「……わかった。やってみろ」
サラゴンはゴーサインを出す。
戦場ではサラゴンの方が指揮命令系統はセリオンの上位に当たる。
つまり、サラゴンが命令を下す立場にあった。
サラゴンは前線での指揮官だった。
セリオンは装甲車の真正面に立ちはだかった。
マイヤー大佐はいぶかるような目で見る。
「何だ? 小僧? 気でも狂ったか?」
「よく言う! この魔女の犬!」
セリオンが舌で反撃した。
マイヤーが滑らかな舌先で反撃する。
「フン! 言うじゃないかね、この小僧が。まあいい。きさまが犠牲者第一号だ! ここで死ね!」
装甲車の砲身がセリオンに狙い定める。
セリオンはまったく恐れていないようであった。
セリオンは全身から蒼気を放出する。
「死ねええええ!」
マイヤー大佐の号令が空にまでこだまし、響いた。
装甲車が砲弾をセリオンに向けて発射した。
終わった。死んだ。ツヴェーデン軍の誰もがそう思った。
そう思わなかったのは聖堂騎士たちだけだ。
砲弾はセリオンの前で爆発していた。
「は?」
マイヤーが素っ頓狂な声を出す。
いったい何が起きた?
なぜ、砲弾はセリオン・シベルスクの前で爆発したのだ?
狙いは正確だった。
セリオン・シベルスクは死んでいるはずだったのだ。
それがなぜ、生きている?
マイヤー大佐は現実に思考が追い付かなかった。
セリオンがやったのは砲弾を斬ったのだ。
「バ、バカな……」
マイヤーは愕然とした。
こ、こんなことがあるはずがない。できるはずがない。
そんなバカな!
これはもはや人間のレベルを越えている。
「来ないのか? なら、今度はこちらの番だ!」
セリオンは蒼気を放出したまま、大剣を装甲車に振り下ろす。
なんと、装甲車はきれいに真っ二つに両断された。
装甲車が分割される。
斬られた装甲車は爆破、炎上した。
マイヤーの切り札は破られたのだ。
「どうする? このまま続けるか?」
セリオンが最後通牒を突き付ける。
装甲車がやられたことで、兵士は動揺の極みだった。
もはや戦意はない。
兵士たちはマイヤー大佐の顔色をうかがう。
もはや、残っているのは一つ。
「ぐぬうううううう! 撤退だ! 撤退する!」
マイヤー大佐は味方を見捨てるような鮮やかな、反転ぶりで、ジープを『転進』させた。
マイヤー大佐が逃亡した今、残った兵士たちも逃げるしかなくなる。
それはものの見事な総崩れだった。
騎士たちは追撃しなかった。
ひとまず、テンペルは守られたのだ。
スルトは負傷者の救護と、食事、休息を聖堂騎士たちに命じた。
なおマイヤー大佐は『撤退の罪』により、氷づけにされ、処刑された。




