闇黒の大魔女
セリオンは自然公園でシエルとノエルといっしょに遊んでいた。
三人はバドミントンをやっていた。
「てやああああああ!」
シエルが落ちてくる羽をめがけてラケットを振る。
シエルのアタックは成功し、セリオンに羽が送られる。
「今度はノエルに送るぞ? ほら!」
セリオンはノエルに向かって羽を下から送る。
「えい!」
ノエルは軽く振って返ってきた羽を打ちあげる。
セリオンは正面からそれを打ちつけてシエルに返す。
セリオンは運動神経が優れていたが、シエルやノエルはあまり運動が得意ではなかった。
スポーツなどをやらせても、真剣勝負ではあっさりとやられてしまうのだ。
この二人はアリオンと同じシベリア学校に通っているが、武術の成績はあまりよくない。
特にノエルは性格的に相手を傷つけることが苦手だった。
そのため、こうして遊ぶのがこの二人にはちょうどよかった。
「いっくよー!」
シエルはラケットでアタックを決めようとしたが、盛大に空振りする。
羽が芝生に落ちた。
セリオンが励ます。
「惜しかったな。さあ、続きと行こうか」
「よーし! 今度はお兄ちゃんを狙うね! いっけー!」
シエルがラケットで羽を打つ。
強烈なスパイクがセリオンを狙う。
しかし、セリオンはそれをあっさりと返してしまう。
セリオンがやっているのはこの二人の遊び相手だ。
この二人は修道女とはいえ、まだ子供なので遊んであげると喜んでくれるのだ。
二人はセリオンに遊んでもらえて喜んでいた。
それを遠くからエスカローネが眺める。
エスカローネはこの時も仕事をしていた。
セリオンの護衛だ。
セリオンとはいえ、いくら何でも四六時中気を張っているというわけにはいかない。
そのセリオンを助けるため、エスカローネが護衛としてついているのだ。
ふとそこに邪悪な気配が現れた。
紫の魔法陣が現れて、黒い鎧の騎士が現れる。
「セリオン!」
エスカローネが近づいてくる。
セリオンは大剣を出した。
「フッ、セリオン・シベルスクとお見受けする」
「そうだ。おまえも刺客か?」
「その通り。だが、戦うのは私ではない。いでよ」
黒い闇がつどった。
その中からシニガミのような魔物が現れた。
どくろの顔に、手に鎌を持っている。
「こ奴はモルス(Mors)。こ奴がおまえの命を奪う。セリオン・シベルスクよ、ここで果てるがいい」
「エスカローネ! シエルとノエルを安全なところへ!」
「わかったわ! シエルちゃん! ノエルちゃん! こっちに来て!」
エスカローネがシエルとノエルを誘導する。
エスカローネが二人を守ってくれるなら、セリオンは安心して戦うことができる。
そもそも、シエルとノエルはセリオンにとって妹のようなものだ。
実はこの二人はもともと外国人で、シベリア国籍を与えられて、帰化した人である。
そのあたりもセリオンとの出会いから始まるのだが、それはまたの機会に物語ることにしよう。
モルスは鎌を振るった。
モルスとセリオンの距離は離れている。
だが、セリオンは何かあると思って後退していた。
セリオンの勘は正しかった。
セリオンいた位置に不可視の斬撃が出された。
「!? 目に見えない……遠距離の攻撃か!」
セリオンの戦いの勘はよく当たる。
それはセリオンが豊富な戦闘経験を持っているからだ。
それは考えるよりも早く行動を促す。
さきほどの攻撃をかわせたのも、それが理由だ。
モルスが再び鎌を振るう。
セリオンはダッシュしてかわすと同時に接近した。
セリオンは接近しなければ攻撃を当てられない。
セリオンは光の大剣光輝刃をモルスに叩きつける。
モルスは鎌でガードする。
光と闇がスパークを生じさせる。
モルスは『呪縛の瞳』を放った。
セリオンはすぐ横によける。
闇の膜が広がった。
セリオンはすばやい反応のおかげで、かわすことができた。
おそらくさきほどの攻撃には体を呪縛で縛る効果があるに違いない。
モルスが鎌に闇をまとわせる。
モルスの刃から回転する刃が出された。
セリオンはそれを光の大剣で叩き斬る。
モルスは鎌を突き出した。
モルスの前に闇のエネルギーが収束される。
『魔障弾』である。
闇の魔力は細い線と化してセリオンを襲う。
セリオンは身体強化して、ジャンプで一気にそれを越えると、そのまま光輝刃でモルスを斬りつけた。
「グギャッ!?」
モルスが叫び声を上げる。
セリオンは背後から光の大剣で貫いた。
「ギイヤアアアアアアアア!?」
モルスが大絶叫を上げる。
モルスはそのまま闇の粒子と化して消滅した。
その日スルトはツヴェーデン大統領リヒャルト・フォン・ヴァイツゼッカー(Richard von Weizsäcker)と大統領官邸で会談していた。
ヴァイツゼッカー大統領は狡猾な人物で、利益に目ざといことから、『狐』と呼ばれていた。
「ツヴェーデンとテンペルは友好関係をますます高めることで、我々は合意しておりますな」
ヴァイツゼッカー大統領がニヤニヤしながら言った。
この大統領は人事については冷酷と言われるほど、改革の大ナタを振るった。
省庁の官僚主義を打破した人物である。
人心の掌握にかけてはその心理洞察は極めて優れていた。
とにかく、人を使うのがうまいのだ。
それは省庁の人事にも表れていた。
政治家としては一級の人物だ。
その分、陰では冷酷とか非情とか言われている。
「テンペルとしても、ツヴェーデンとは良好な関係を維持していきたいと考えている。ヴァイツゼッカー大統領の好意に感謝する」
スルトは率直に述べた。
スルトも好き嫌いは関係なく、テンペルの代表である。
ということは嫌でも政治とかかわらざるを得ない。
スルトは信義に熱い人物だが、政治家としてもしたたかさを持っていた。
それに政治的な交渉も必要とあれば行ってきた。
聖堂騎士団とツヴェーデン軍は同盟関係にある。
聖堂騎士団は『血を流すこと』によってツヴェーデンの覇権を支持してきた。
ツヴェーデンは覇権国だ。
テンペルはそのツヴェーデンにかくまわれているのである。
政治的な対策は絶対に必要だった。
セリオンには政治家は務まらないだろう。
セリオンはあまりに戦士すぎる。
よく言って純真、悪く言えば馬鹿正直、だろうか。
スルトやアンシャルが主に政治分野の代表を務めなければならないのである。
テンペルはツヴェーデンの同盟国だが、その関係は対等とはいいがたい。
それは一方は保護する側。他方は保護される側でもあったからだ。
「我らは同盟を結んでおりますが、どうでしょう? ここらで人事交流を活発化させては?」
「それはどのような交流ですかな?」
スルトとヴァイツゼッカー大統領は互いの腹を探る。
スルトは大統領の表情の変化を見逃さなかった。
「そうですな。互いに人材を交流してはいかがかと。互いの文化を知ることができるでしょう。もちろん、そちらはセリオン殿を貸していただけるのしょうな?」
ヴァイツゼッカー大統領が会心の笑みを浮かべる。
セリオンが暴龍ファーブニルを倒したことは、ツヴェーデン中に広がっている。
そのセリオンを貸してほしいという。
セリオンを使ってこの男は何をするつもりか?
軍事目的なのはわかりきっていた。
それこそ大統領の狙いなのだろう。
「もちろん、我々の側からはセリオンを貸しだそう。具体的なことは事務レベルで協議させるとしよう」
セリオンを使って何をするかはともかく、セリオンにとってテンペル以外の組織で働くことは、セリオンの成長にとってとてもいい経験になるだろう。
大統領の思惑はともかく、セリオンにはメリットが大きい。
ここは同意しておくのが良いだろう。
スルトはそう判断した。
こうして、スルトとヴァイツゼッカー大統領の会談は終わった。
スルトは会談を終えると、ため息をついた。
政治とは化かし合いでもある。
相手の真意をどう感じ取るか、それが問われるからだ。
スルトは政治家よりも、武人といった人物だが、スルトには権力があった。
スルトはその権力をシベリア人民のために使うと決めていた。
そのためにはリーダーシップを発揮し、民を率いて行かなければならない。
それには権威も必要だった。
そしてスルトにはその権威もあった。
ツヴェーデンの議会は上院と下院の二院制である。
下院はツヴェーデンの各州からその人口に応じて議員が選出される。
一方、上院は各州から定員三名が選出されるという仕組みになっていた。
これはツヴェーデン連邦共和国憲法に明記されている。
現在下院ではある法案の討議が行われていた。
議員たちはいつもの日常を送っているはずであった。
今日この日には特別な予定はない。
そのはずだった。
法案は下院で審議された後、上院に送られる。
そして上院でも審議されるのだ。
ツヴェーデンでは大統領の権力が強く、首相は下院多数派の政党から出る。
首相の存在はどちらかと言えば名目的だった。
大統領になりたがる人はいても、あまり首相になりたい人はいない。
議会は法案を討議する場であり、議員の存在は法律を作ることにある。
ツヴェーデンは大統領制の国であり、強力なリーダーシップを国民は求めていた。
その象徴が大統領の拒否権である。
大統領には議会が通過した法律を拒否する権限があった。
これを発動されては、議会は黙るしかない。
もっとも、水面下では両者が交渉していることも多く、関係断絶というわけではない。
議会が法案の採決を始めようとした時、一人の女が議場に入ってきた。
女は水色のドレスを着ていた。
髪は黒だった。
その侵入はあまりに自然で、議員たちは違和感を抱かなかったほどである。
女は両手を大きく広げて、演壇に立った。
「大いなる時が訪れた。闇がツヴェーデンを支配するのだ。闇のとばりが下ろされる。ツヴェーデンは恐怖によって支配される。今、支配の理が変わるのだ。聞く耳を持つ者は聞くがいい」
透き通ったきれいな声だった。
そこに勇敢にもホフマン(Hoffmann)首相が反論した。
ホフマン首相には反論せざるを得なかったのだ。
「闇の支配だと!? ありえない! ツヴェーデンは自由で民主主義的な共和国だ! 闇だか何か知らないが、そんなものがツヴェーデンを支配することはない! おい、衛兵! この女を議場からつかみ出せ!」
ホフマン首相は担架を切った。
そこに悲劇が生じた。
衛兵たちは動かなかった。
「どうしたというのだ!?」
ホフマン首相がいぶかしんでいると、突如、軍靴の音が議場の外から聞こえてきた。
それも大勢だ。
これだけの人間がどうして議会に入ってきたのだ?
議員たちは首を傾げた。
ホフマン首相は困惑した。
ほかの議員たちも同じだった。
議場の扉が開かれた。
そこにはサーベルを抜いた、ツヴェーデン軍の兵士たちがいた。
議員たちは驚いて、声もなかった。
兵士たちはカネで買収でもされたのか?
「殺せ! 一人残らず!」
女が命令を下した。
兵士たちはそれに反応して、無差別に議員たちに斬りかかった。
「うわああああああああ!?」
「ぎゃああああああああ!?」
議員たちは悲鳴を上げながら議場を逃げ惑う。
議員たちは兵士によって殺害されていった。
恐怖した彼らはあまりに逃げ惑うので、仲間の議員を圧死させる者もいた。
女は――氷の魔女はそれを冷ややかに見おろす。
そこに慈悲は一切ない。
魔女はこの殺戮……一方的な虐殺を冷たい瞳で眺めていた。
その心理は表情からはうかがえない。
彼女は美女だったが、その美しさは彫像を思わせた。
それはこの魔女の冷酷さを物語っているのかもしれない。
「なっ!? きさま! 何をしているのかわかっているのか! こんなことは許されてはならない! 自由と法と民主主義を踏みにじる行為だ!」
ホフマン首相はもはや動転して、理性を失っていた。
そのため、魔女に牙を向けたことが、魔女の手でじきじきに処刑されることをもたらす。
従わない人物など、殺すだけだ。
魔女の目はそう物語っていた。
魔女にとって民主主義は否定、排斥、排除、拒絶、破壊の対象でしかない。
まずはこの民主主義というものを破壊しなければならない。
そのためには、ホフマン首相には死んでもらうしかない。
「凍れ」
魔女が一言つぶやくように言った。
聞く人が注意しなくても、その言葉には殺意があった。
ホフマン首相の体は氷で覆われていく。
「な!?」
ホフマン首相は全身を氷づけにされてあっけなく死んだ。
その表情は驚愕で固まっていた。
ホフマン首相は冷たいと思うことなく息果てた。
議員たちは最後の一人まで逃げたが、必死に命乞いをしても兵士たちは議員を斬り殺した。
議会は血で染まった。
殺戮は議員の最期の一人まで続いた。
議会場は死体と血で満ちた。
氷の魔女はそれを満足そうに見ていた。
「闇は真理だ。大いなる時が、今、始まる。私はアルテミドラ(Artemidora)……闇黒の大魔女アルテミドラだ」
この日議会は軍隊の暴挙に貶められた。
たった一日……たった一日で共和国は魔女が支配する独裁国家へと変貌した。
軍人たちは魔女の番犬となった。
アルテミドラは恐ろしいことに、軍の90%を洗脳して、操っているらしい。
逆に言えば、ツヴェーデンは軍事的には丸裸になったということであった。
軍は大統領府に侵入したが、ヴァイツゼッカー大統領の姿は見当たらなかった。
したたかな、大統領は魔女の手から逃れた。
彼はテンペルに逃亡した。
魔女は自由と民主主義を弾圧するため、軍事パレードを催した。
この目的は市民たちを軍事的に威圧する目的でなされた。
魔女は市民たちに圧力を加えたのだ。
魔女の支配のもとでは言論は統制され、民主主義は否定され、自由は圧殺された。
『闇』はシュヴェリーン全体を支配した。
闇黒の大魔女アルテミドラは『独裁者(Diktatorin)』として君臨した。
市民たちは不安な日々を過ごすことになった。
だが、希望がないわけでもない。
ツヴェーデン人は必要とあれば戦うことをいとわない人間であり、自由を愛する市民でもあった。
その市民たちがそう簡単に魔女に屈服するであろうか。
市民たちは『待つ時』を知っていた。
市民たちの意思は爆発させる時を待っているのだ。
このまま魔女の独裁を許すほど、市民は甘くない。
必ず、反抗する。
そもそも、ツヴェーデン帝国皇帝が退位して外国に亡命したのは、市民の力ではなかったか?
市民の力が結集されれば、たとえ魔女の側に九割の軍隊がいても抵抗でいるはずだ。
それがセリオンの読みだった。




