表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
英雄叙事詩 Das Heldenlied  作者: 野原 ヒロユキ
~Himmel und Erde~
3/279

出発

セリオンは聖堂の外に出た。

ツヴェーデンの春は花が多く咲く。

テンペルの敷地の中でも花が咲き乱れていた。

「おや、セリオン?」

「アリオンか」

アリオン・フライツ(Arion Freiz)。

アリオンはセリオンの友人で、現在15歳。

金髪の髪をおさげにしている。

アリオンは偶然ここを通り過ぎたらしい。

「偶然だな」

「そうだな」

アリオンの言葉にセリオンが答える。

「アリオン……」

「? どうした、セリオン?」

「俺はファーブニルを討伐しに行く」

「ええ!?」

アリオンは大きく驚いた。

アリオンが驚いたのはこの問題はツヴェーデン人が解決すると思っていたからだ。

「なあ、セリオン?」

「何だ?」

アリオンの目にあるのは戸惑い。

アリオンはセリオンを信頼している。

しかし、暴龍ファーブニルと戦うなどとセリオンのことが気にかかるのであろう。

「必ず勝つよな? セリオンなら負けないよな?」

「安心しろ。俺は死ぬつもりはない。俺はファーブニルに勝って凱旋するさ」

セリオンはアリオンの不安を打ち消すように語った。

「あ、お兄ちゃんだー!」

「セリオンお兄ちゃーん!」

そこにやって来たのは二人の美少女。

この二人はセリオンとは血のつながりはないが、セリオンを兄のように慕っていた。

シエル(Siel)とノエル(Noel)だ。

シエルは長い金髪をポニーテールにまとめ、ノエルは金髪を後ろに垂らしている。

二人は青地に白い襟もとの修道服を着ていた。

この二人は共に12歳である。

セリオンからすればこの二人は妹のようであった。

シエルとノエルは修道女でもあった。

「ねえ、お兄ちゃん、何の話をしていたの?」

「私たちにも教えてよ」

シエルとノエルがセリオンに頼む。

「ああ、少し前に暴龍ファーブニルを倒すように任務を受けた。アリオンとはそのことを話していたんだ」

「暴龍……」

「ファーブニル……」

二人の顔が蒼白になった。

まるで絶望したかのようだ。

「お兄ちゃん、行っちゃだめよ! 行ったら殺されちゃう!」

「そうだよ! いくらお兄ちゃんでもファーブニルと戦うなんて……」

シエルもノエルもファーブニルの恐ろしさは身に染みている。

およそツヴェーデンに住んでいる者にとってファーブニルの脅威は誰もが知っている。

二人は心からセリオンに出発を思いとどまるよう求めてきた。

シエルもノエルもセリオンを大切に想っている。

そのため、二人はセリオンの出発を止めようとしたのだ。

「シエル、ノエル、危険があっても俺たちは何かをしなければならない時がある。俺にとっては今がその時なんだ。安心しろ。俺はファーブニルに勝つ。必ずおまえたちのところに帰ってくる。約束しよう」

「う、うん……」

「絶対だよ?」

シエルとノエルはしぶしぶとうなずいた。

セリオンはそんな二人の不安を打ち消すように頭をなでてあげた。

セリオンはこの二人と血はつながっていないが、家族だと思っていた。

セリオンにはセリオンの凱旋を待っている人がいる。

セリオンはそのためにファーブニルとの戦いに赴かなければならない。

ツヴェーデン人もシベリア人もファーブニルの討伐を望んでいるのは同じであった。

アリオンやシエル、ノエルもファーブニルのことは心を痛めていたのだ。

セリオンはみんなの希望なのだ。

セリオンはツヴェーデン人やシベリア人の希望だった。

そのため、必ずファーブニルを討伐しなければならない。

ファーブニルは人々から笑顔も奪っていたのだから。


セリオンは礼拝堂を訪れた。

そこには一人の修道女がいた。

「母さん……」

それはセリオンの母・ディオドラ・シベルスカだった。

ディオドラは静かに祈っていた。

ディオドラがセリオンに気づく。

「あら、セリオン? どうしたの?」

ディオドラは現在35歳。

その美貌は二十代と言っても通用しそうだ。

実際、ディオドラに告白する騎士は後を絶たない。

ディオドラはそのたびに丁重にお断りしている。

ディオドラはテンペル創設の母だ。

ディオドラは金髪の髪を三つ編みにして垂らしており、もみあげがやや長かった。

そしてアイスブルーの瞳をしていて、白い襟もとに青地の修道服を着ていた。

「母さん……俺は暴龍ファーブニルを討伐しに行くことになった」

「ええ!?」

ディオドラは驚く。

それはそうだろう。

普通の父母でも息子がファーブニルとの戦いに行くと知ったら、卒倒するだろう。

「ああ、セリオン。あなたは試されているのだわ……」

「俺が試されている?」

「そうよ……あなたは英雄へと至るために、これは(しゅが与えた試練なんだわ。あなたはこの試練を越えなくてはならないのよ……」

ディオドラは蒼白な顔で言った。

心からセリオンを心配しているのが分かる。

「それなら俺はこの試練を乗り越えてみせるよ。俺は必ず勝って帰ってくる。俺は英雄になる。約束だ」

ディオドラはセリオンを愛していた。

セリオンもディオドラを愛している。

この二人の結びつきは強い。

セリオンはディオドラの不安を押さえるように、ディオドラを抱きしめる。

ディオドラがセリオンにしたことはただ愛したことだけだ。

セリオンはディオドラから人を、他者を愛することを学んだ。

セリオンは自分がディオドラから、母から愛されたということを知っている。

それは男にとって大いなる自信となる。

「エスカローネちゃんがここにいたらよかったのに……」

ディオドラが言葉を漏らす。

「エスカローネは今修行中だ。別れてもう5年になるか……ツァーラ師(Meister Zara)のもとで魔法の修業をしているとか……」

エスカローネとはセリオンの幼なじみである。

彼女はゆえあってセリオンとは別れて生活している。

「エスカローネがテンペルにいたのなら、声をかけたんだが……」

それがセリオンにとって残念でたまらなかった。

この試練はセリオン一人で越えるしかない。

ほかの誰かの助けは期待できない。

セリオンは自らの力でファーブニルを倒さねばならないのだ。

セリオンはディオドラのほおにキスをした。

「それじゃあ、母さん。俺は行ってくる。出発は明日だ。見送りには来なくていい」

「フフフ! それじゃあ、今晩の食事はセリオンのために作ってあげるわね」

「ありがとう」

ディオドラはテンペルの糧食部で働いている。朝、昼、晩の食事を作るのはディオドラの仕事だった。

「それにしても、セリオンは本当に料理がだめねえ……」

ディオドラはしみじみと言った。

セリオンは剣の腕は一流だが、料理の腕は下手なのだ。

これが一見完璧そうに見えるセリオンの欠点なのだ。

「『青き狼』も料理はだめなのね」

ディオドラは苦笑する。

聖堂騎士団には料理という評価項目があり、料理を作る訓練も為される。

セリオンは毎回落第であった。

それでもセリオンが騎士団にいられるのはその強さがあるからに他ならない。

セリオンは旅立ちの準備をした。

そして次の日、ファーブニルがいるドラッヘンベルクに旅立った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ