ドリス
その日はセリオンとエスカローネが再びデートをする日だった。
エスカローネの服装は、黒いノースリーブのシャツに、白いタイトスカートだった。
エスカローネの長い金髪がまぶしい。
二人がやって来たのはカフェ・モカ(Mocha)。
この店はオリジナルのコーヒーで有名だった。
そしてこの店はそれを売りにしていた。
店の雰囲気はシックで、落ち着いており、ゆったりとコーヒーを味わうことができるようになっている。
ウエイターやウエイトレスは白い半そでシャツに黒いズボン、そして茶色のエプロンを身につけていた。
この店はチェーン店ではないため、ツヴェーデン全国でも主要都市にしか置いていない。
それはブランド戦略だった。
希少価値を高めて、利益を出そうという戦略だ。
客層は上流階級を設定してある。
上流階層が好みそうな、店のインテリアにクラシック音楽が流れていた。
コーヒーの品質を最大限追求しており、市販のコーヒーでは太刀打ちできないであろう。
もっとも、その分、コーヒー一杯分の値段は高い。
その店の中に、セリオンとエスカローネの姿があった。
「俺はエスカローネを連れて一度この店に来てみたかったんだ」
これはセリオンの本心である。
セリオンはエスカローネのデート場所にカフェ・モカを選んだのだ。
「この店を気に入ってくれると俺もうれしい」
「とても上品な雰囲気ね。来てよかったわ。セリオンとならどこに行ってもすてきに思えるでしょうけど」
エスカローネはうれしそうだ。
セリオンの顔も自然に緩む。
ここに連れてきてよかった。
セリオンは安堵した。
「エスカローネといっしょにいられて俺もうれしいよ。それじゃあ、何か注文しようか」
「そうね。やっぱり飲むなら、おすすめのコーヒー・モカがいいんじゃないかしら? この店のオリジナルなんでしょう?」
「そうだな。コーヒー・モカにトルテでも頼もうか。すいません!」
セリオンたちの注文は早々と決まった。
ウエイトレスがセリオンらのテーブルにやってくる。
「はい、おうかがいいたします」
「コーヒー・モカとショコラ―デントルテ両方とも二つずつ、お願いします」
「かしこまりました。それではしばらくお待ちください」
ウエイトレスが伝票に注文を書き込んだ。
そのあと、彼女は店の奥に向かってきびきびと動いた。
「あの、ウエイトレス……歩行のトレーニングを受けているな。あの身のこなし、普通の人にはできない」
セリオンが目ざとく看破する。
「セリオンの言う通りね。やっぱりプロは違うわ」
「なあ、エスカローネ?」
「何?」
セリオンは待っているあいだ、エスカローネの近況を尋ねることにした。
時間はたっぷりある。
この大切なひと時に聞いておきたかった。
「ヴァルキューレ隊の訓練はどうなんだ?」
「そうね……」
テンペルは聖堂騎士団とヴァルキューレ隊は同一の指揮命令系統に属している。
しかし、平時の訓練は別々にしていた。
聖堂騎士団は男性のみの組織だし、ヴァルキューレ隊も女性だけの部隊だ。
交流はあるのだが……。
「ヴァルキューレ隊は槍を主武器としているから、ハルバードを使う私は特別なのよね」
「エスカローネがハルバードを使うのは自分で選んだからだろ? ならそれでいいじゃないか」
エスカローネは困ったような顔をする。
何か悩みでもあるのだろうか。
まさか、いじめられているとは思わないが……。
「うーん、私一人だけ特別でいいのかなって思っちゃうのよ。もちろん、部隊では私の実力が認められているからそれで問題ないんだけど」
テンペルでは突出した個人は最大限尊重される。
むしろ、推奨されている。
そのため、セリオンやエスカローネは制服をあまり着ない。
二人が制服を着るのは儀礼の時くらいだ。
二人とも、訓練中も私服である。
「忙しいか?」
「そうでもないわ。最近は山地登山訓練があったけど」
「つらくはないか?」
「別にそうでもないわよ。修行時代が厳しかったから、部隊の訓練はそんなにつらくないわ」
一般的には、訓練よりも、修行の方が厳しい。
セリオンとエスカローネが話をしていると、そこに一人の女性がやって来た。
「もし」
「? なんでしょうか?」
「あなたはもしやセリオン・シベルスク殿ではありませんか?」
「確かに俺がセリオンですが?」
それを聞くと女性はうれしそうにほほえんだ。
女性は赤い髪をオールバックにしていて、赤い女性用スーツを着ていた。
瞳も赤い。
この女性はすべてが赤で統一されていた。
「よろしければ、ごいっしょの席についてもいいですか? ぜひともお話を伺いたいものですから」
セリオンはエスカローネを見た。
その視線でエスカローネはセリオンの意図を悟った。
エスカローネはうなずいた。
OKということだ。
「いいですよ。どうぞ」
セリオンが席を進める。
「それでは失礼します。わたくし、魔法協会で理事を務めているドリス(Doris)という者です。セリオン殿、まずはツヴェーデン市民を代表させてお礼を言わせてください」
「お礼?」
「はい。あなたがファーブニルを倒してくださったおかげで、ツヴェーデンに笑顔が戻りました。ありがとうございます」
ドリスは深々と頭を下げた。
ツヴェーデン人がセリオンに感謝しているのは本当だ。
暴龍ファーブニルはツヴェーデン人にとって脅威だった。
多くの血がファーブニルによって流された。
そのため、そのファーブニルを倒したセリオンは『英雄』へと至ったのだ。
青き狼、英雄セリオン――。
セリオンの名はツヴェーデン中に広まって、今や子供でも知っている。
「フフフ」
「? どうかしましたか?」
ドリスが笑った。
その笑いには妖艶さがあった。
この人も美人だったが、その美しさの基準は妖艶さにあると思う。
つまり、ドリスは艶やかなのだ。
一方、それに対してエスカローネの美しさは清楚さにあるだろう。
「セリオンさんは謙遜していらっしゃる」
「そうですか?」
「セリオンさんほどの名誉を得たのなら、それを誇ってもよさそうですが?」
セリオンは押し黙り、口を閉ざした。
セリオンはあまり自分の誉れを自分の口からは語らない。
自慢ということほど、セリオンに無縁なことはなかった。
「ドリスさん、彼はあまり自分の名誉を自慢しないんです」
エスカローネがすかさずフォローする。
こういったところはセリオンをよく知っているだけはある。
まるで正妻だ。
「なんと……そうでしたか……フフフ、それはすばらしい美徳ですね。この世では自信のない人ほど自慢をしますからね」
「ドリスさんはどんなお仕事をしていらっしゃるのですか?」
エスカローネが質問する。
「私ですか? そうですね。魔道士は魔法を使うのに協会に登録しなければならないんです。ツヴェーデン法が及ぶ範囲では魔法は登録した者しか使えません。これは魔法で不正を冒した者を追跡したり、魔法の違法な使用を抑止するためでもあります。私はそれらの業務を行っています。ちなみに、魔道士のランクはA,B,C,D,Eの五段階評価です。Aほど優秀で、Eは最下位です。最近は魔道士のランク付けは国家が行うべきだと言う政治家もいて協会はもめているんですよ」
「へえ……そうなんですか」
「まあ、私のことはこれくらいで。お二人はデート中でしょうか?」
「ああ、そうだ」
セリオンが断定するように言った。
それを聞いて、ドリスは残念そうな顔をした。
「そうですか。それではこれ以上お邪魔はしないようにいたしましょう。それでは、ごゆっくり」
そう言うとドリスは去っていった。
ドリスの身のこなしは優雅だった。
あれはどうやって身につけたのだろうか。
セリオンの勘ではあれは生まれつきではなく、後天的に会得したのだろう。
「ふしぎな人だったな」
「そうね。ただ……」
「ただ?」
エスカローネが何かを気に掛ける。
「あそこまで赤一色だと怖いわ。まるで血を見ているようで……」
エスカローネにはドリスは怖く映ったようだ。
セリオンには赤の強烈な色彩が印象的だった。
仕事ができそうな美人に見えたが……。
ただ、セリオンはドリスがただ者ではないことも見抜いていた。
彼女は魔力を押さえていた。
実際には、膨大な魔力を隠していたのだ。
あれほどの魔力を持つ者はそういない。
「ドリス、か……」
ドリスはセリオンたちに接触してきた。
それは彼女なりに理由があったのだろう。
好奇心か、それとも何か探りでも入れてきたのか……。
セリオンにはそれがわからなかった。




