グンババ
夜、この村には明かりはない。
例外は領主の館くらいだった。
電気はここまで来ていないからだ。
「セリオン、暗いわね」
「ああ、そうだな」
二人は村の広場でたき火を焚いていた。
「ははは」
「? どうしたの?」
セリオンは急に笑った。
セリオンはエスカローネの顔を見た。
「いや、エスカローネは小さいころ、怖がりだったなと思ってね」
「もう! いつの話し!」
エスカローネがすねる。
そんなエスカローネを見てセリオンはかわいいと思ってしまう。
「エスカローネはよく母さんと寝ていたな」
「それは……」
エスカローネは何か言ったが、セリオンには聞き取れなかった。
「俺たちだっていつまでも子供じゃないんだ。俺たちの関係性だって変わるさ」
セリオンは枝を炎の中に投げ入れる。
たき火がパチパチと音を立てた。
セリオンがエスカローネを眺める。
その目には情熱がこもっていた。
セリオンは基本的にクールだが、意外と情熱的な側面も併せ持つ。
「ねえ、それじゃあ、私たちの関係性はどう変わるの?」
エスカローネが艶やかに挑発する。
セリオンはエスカローネのそばに移動した。
そしてエスカローネの手に自分の手を重ねる。
セリオンはドキドキしていた。
胸が高鳴る。
エスカローネといっしょにいると情熱が抑えられない。
もっとエスカローネの近くにいたい。
エスカローネを自分の物にしたい。
そんな欲望が湧きあがる。
セリオンたち騎士は恋愛が禁止されているわけではない。
テンペルは宗教軍事組織であると同時に民族共同体でもあった。
そのため、メンバーの恋愛は推奨されていた。
ただし、修道会のメンバーは恋愛が禁止されていた。
シエルやノエル、ディオドラがそうである。
彼女たちは通称、『神の女』と呼ばれていた。
セリオンがエスカローネの肩に腕を回そうとした時。
「!?」
「セリオン?」
「どうやら、怪物が現れたらしい。俺の気息が怪物の気配を感じた。行こう! あっちだ!」
セリオンとエスカローネは闇の中を疾駆した。
闇の中で怪物がうごめいた。
怪物はトラのような顔に、紫の体、長い尾と強靭な四肢を持っていた。
怪物はキャベツにかみつく。
「そこまでだ!」
そこにセリオンとエスカローネが到着した。
二人とも武器を出している。
「光よ、照らせ! 光!」
エスカローネが光球を作り出す。
光が怪物の体を照らした。
紫の体があらわになる。
「こいつは……グンババ(Gumbaba)! ベヘモトの亜種か!」
グンババは草食性であったが、大きな角を持っており、それに貫かれたら、人間は即死するだろう。
グンババ自身は四メートルはある。
「エスカローネはそのまま光で照らしてくれ! こいつの相手は俺がする!」
セリオンはグンババの前に立ちはだかった。
グンババはセリオンを威圧するように二本脚で立ち上がる。
その口から鋭い牙が見えた。
グンババはその角に雷を収束した。
ベヘモト系の魔物は雷を扱える能力がある。
そのまま雷でセリオンを薙ぎ払う。
セリオンはジャンプして接近し、そのまま斬りかかる。
グンババは軽く叫び声を発した。
「……砕けろ」
セリオンが小さく漏らす。
グンババを斬るには闘気の力が必要だろう。
セリオンはグンババの目の前にいたため、グンババが鋭い爪でセリオンを切りつけてくる。
セリオンはとっさに後退してやり過ごす。
グンババは再び雷の力を角に集めた。
雷がセリオンの上から落ちてくる。
セリオンはそれを跳びのいてかわす。
雷が列状に放出される。
サンダーラインだ。
セリオンもエスカローネも横に跳ぶ。
雷が通り過ぎる。
セリオンは蒼気を放出した。
蒼白い闘気が凍てつく波動を発する。
その瞬間、グンババが角を構えて、セリオに突進してきた。
角で刺す気だ。
セリオンは身体強化して、大きくジャンプし、グンババの突進をかわす。
そして振り向きざまに、蒼気の刃でグンババを斬り捨てた。
セリオンの刃がグンババの首を通過する。
グンババはドシーンと倒れた。
そのまま紫の粒子と還っていく。
それを遠くから見ている男がいた。
「ちっ、グンババが倒されたか……やれやれ、この俺様が自らの手でセリオン・シベルスクを倒さねばならないな。あのままグンババに倒されていれば、楽に死ねたものを……」
男は闇の中に消えた。
男はディートリヒの部屋に入った。
彼はディートリヒの部下だった。
「失敗しました。グンババは倒されました」
彼――ヤムコ(Jamko)が告げた。
「そうですか……せっかくセリオン・シベルスクをアンデッドにしようと思っていたのですが……うまくいきませんでしたね」
ディートリヒは残念そうだ。
ディートリヒがセリオンを招いたのは彼を殺して、アンデッドにするためであった。
これほどの手駒ができれば、すばらしい戦力になるに違いない。
そのためにグンババを操り、村に打撃を与えていたというのに……。
グンババが彼に倒されたということは、セリオン・シベルスクの能力が彼の予想を超えていたということを示す。
ヤムコはすでにセリオンとディートリヒを天秤にかけていた。
つまり、裏切りを画策していた。
ヤムコにはセリオンの怒りを買って、殺されるなどバカらしかった。
死ぬならディートリヒ一人で死んでくれ。
「いかがなさいますか?」
いかにも内心を隠してヤムコはディートリヒに策を尋ねる。
「配下のアンデッド部隊を招集しなさい。セリオン・シベルスクはここにやってくるでしょう。もはや正体を偽る必要はありませんからね。セリオン・シベルスクを殺し、バジーリオのように配下のアンデッドに変えるのです」
「ははっ!」
ヤムコは退出した。
そして一人つぶやく。
「さて……身の振り方を考えなくてはな……」
廊下にヤムコの足跡がこだましていた。
翌日、セリオンとエスカローネがディートリヒのもとに行くつもりだった。
二人は村の通りを歩いていく。
そこにガラの悪そうな男が現れた。
「セリオン・シベルスクさんよ」
「? どうして、俺の名を知っている?」
セリオンはいぶかしり、武器に手を伸ばした。
「おっと、俺に戦う意思はねえ。ちょっと事情があってな。俺はヤムコ。ディートリヒのもとに行くのはやめた方がいいぜ」
「どうしてだ?」
「ディートリヒはあんたを殺して、アンデッドの手駒にするつもりさ」
「手駒?」
「そういう計画なんだよ。そのためにグンババをけしかけてあんたを殺すつもりだったのさ、あの男はな」
「つまり、すべて仕組まれていたということか?」
「まあ、そういうことだ。それでもディートリヒのもとに行くなら俺は止はしねえ」
ヤムコはニヤリと笑った。
おそらくヤムコはディートリヒの部下だったのだろう。
セリオンに情報を提供したということは、ディートリヒを見限ったということだろう。
つまり、保身に走ったということだ。
「なら、俺はディートリヒのもとに行く。事件を終わらせるためにな」
「まあ、忠告はしたぜ? それじゃあ、俺は去らせて……なんだ!?」
「?」
ヤムコは体を異常に震えさせた。
ヤムコがおびえる。
「や、やめろ! ディートリヒ!? まさか聞いていたのか!?」
ヤムコは恐怖で顔をひきつらせた。
ヤムコは白い玉を口にする。
「があああああああああ!?」
ヤムコの体が、白くなっていく。
全身から白いオーラを出していた。
「こいつ……アンデッド化したか!」
セリオンが武器を構えた。
ヤムコの目が赤く光る。
どうやら、ディートリヒは部下を見限ったらしい。
もっとも、ヤムコが裏切るか、ディートリヒが裏切るか、どちらが先に背信するかだったのだろうが……。
ヤムコは闇の怪物と化した。
「一気にケリをつける! 光閃!」
セリオンは光の剣でヤムコを打撃した。
ヤムコはそのまま倒れて白い粒子と化して消えた。




