シュテルドルフ
セリオンとエスカローネはスルトの執務室に呼び出された。
「セリオン、入ります」
「エスカローネ、入ります」
「うむ……よく来てくれた」
スルトの机には紙の資料が山済みされていた。
スルトには処理しなければならない事務があるのだろう。
「それではさっそく仕事の話に入ろう。今回の任務はシュテルドルフ(Stelldorf)のディートリヒ(Dietrich)殿からだ。シュテルドルフという村で謎の怪物が畑を荒らしているらしい。怪物の姿を見た者はいない。畑の被害状況からもかなり大きな怪物だと思われる。この怪物は夜に現れて、畑を荒らしているようだ。おまえたちに頼みたいのはこの怪物の討伐だ。この怪物の正体を突き止めて倒してくれ」
「わかった」
「わかりました」
「現地に到着しだい、ディートリヒ殿と会ってくれ。詳細は彼から直接聞くといいだろう。ただ……」
スルトには何か含みがあった。
スルトは顔をしかめた。
スルトがこんな顔をするのは珍しい。
何かあるのだろうか。
「……何かあるのか?」
「うむ……この依頼は妙な感じがする。何とも言えないのだが、虫の音とやらだ。ディートリヒ殿には気をつけろ。何か隠しているかもしれん」
「隠している?」
依頼そのものは正規のルートで伝わったように思える。
何か不審なことがあるとすれば、スルトの直観か?
「それが何とも言えないのだ。十分気をつけてくれ」
「そうするとしよう。それでは出撃する」
セリオンとエスカローネはシュテルドルフに出発した。
そこでは闇が二人を待っていた。
シュテルドルフは田舎である。
村の産業は農業と手工業くらいしかない。
農民は経済的に裕福というわけではない。
セリオンはバイクからまたいで丘の上からシュテルドルフを見わたした。
「ここが、シュテルドルフ……のどかで平和な村だな」
「そうね。こんな村で怪物が暴れているなんて、信じられないわ」
「まあ、まずは領主の館に行ってみよう」
ディートリヒの館は貴族趣味だった。
地方領主とはいえ、これほどの贅沢ができるものなのか?
セリオンはいぶかった。
ずいぶんと金回りが良すぎるような気がする。
これは俺の気にしすぎか?
スルトからはディートリヒに気をつけろと言われていたが。
セリオンとエスカローネはシュテルドルフに入ると、すぐディートリヒに面会を申し込んだ。
面会はすぐに実現した。
セリオンとエスカローネはディートリヒの部屋に通された。
「セリオン殿、エスカローネ殿、シュテルドルフにようこそ」
ディートリヒは二人に握手を求めてくる。
「セリオン・シベルスクだ」
「エスカローネ・シベルスカです」
二人はディートリヒと握手した。
二人はディートリヒの前の席、ソファーに座席を促される。
「それでは怪物の件ですが……」
セリオンが話を切り出した。
さっそく話を切り出さないと、この手の人間は社交で莫大な時間を費やされるかもしれないとセリオンは思ったからだ。
「そうですね。まずはその話からしましょう。最近このシュテルドルフに大型の怪物が現れているのですよ。どうも怪物の目的は農作物……つまり食糧のようです。どうやら怪物は肉食性ではないようで、今のところ、村人が襲われたという報告はありません。それは幸いなことです。シュテルドルフは農業で生計を立てていまして、今回の怪物による被害は村の経済に打撃を与えます。これは我らにとって死活問題なのですよ」
ディートリヒは心底悩ましい感じで言った。
「そうですか……それは大変ですね。私たちが事件を解決してみせましょう。今夜から見張りをつけて怪物の正体を探ります」
「おお、それは助かります!」
ディートリヒは大仰に笑った。
ディートリヒはもはや事件は解決したとばかりに喜んだ。
「それにしても、のどかでいい村ですね」
エスカローネがシュテルドルフをそう評した。
「でしょう? 私も気に入っているのですよ。この村での滞在はお二人にいいリフレッシュになるでしょう。シュヴェリーンは大都市ですからね。アグリツーリズムはシュヴェリーンでも人気があるとか?」
「まあ、都会と農村はよく対比されますね。農村に帰れというスローガンがかかげられることもあります」
「フフフ……これはこの村の自慢なのですが、我らの小麦はシュヴェリーンに市場を持っているのですよ。これはアグリビジネスというやつです」
ディートリヒは鼻が高そうだ。
シュテルドルフ産の小麦はおいしいと評判である。
徹底して品質管理をしているからであろう。
「この村の経済を守るため、お二人にはぜひとも怪物の討伐をお願いしたいのです」
「わかりました。私たちはそれではさっそく現場に向かいましょう」
セリオンとエスカローネは共に席を発った。
そして部屋から出て行く。
その姿を、ディートリヒはニヤリと見ていた。
セリオンとエスカローネは館の廊下を歩いていた。
セリオンがエスカローネに語りかける。
「エスカローネ、気をつけろ。この事件は闇が深いぞ」
「え?」
エスカローネにはセリオンが言っていることが分からない。
セリオンは会話を続けた。
「ディートリヒの体からかすかだが、死臭がした。もしかしたら、あいつはネクロマンサーかもしれない」
「どういうこと?」
エスカローネには腑に落ちないようだ。
「この事件は表面的ではないということだ。スルトが懸念を示したのもうなずける」
この事件は闇が深そうだ。
ディートリヒは普通の人間ではない。
ディートリヒは隠していたようだが、セリオンは違和感を感じた。
闇が暗く事件を隠している。
セリオンとエスカローネは現場にやって来た。
村人同伴だ。
村人のマルクス(Markus)によると、昨日はキャベツ畑が荒らされたらしい。
「まったく、こんなことが続いたら、ぼくたちは経済的に破滅してしまうよ!」
マルクスは悲鳴を上げるようにぶちまけた。
村人にとって野菜は貴重な収入源だ。
こんなことがずっと続くようであれば、経済的に破綻するだろう。
「安心しろ。俺たちが事件を解決してみせる。それで、怪物は夜に現れるんだな?」
「そうさ。このあいだから村では鉄条網を敷設したんだが、それも怪物に破られた! もうぼくたちにできることはないんだ!」
マルクスは悲痛な叫びを上げる。
マルクスたち農民は農業で生計を立てている。
畑を怪物に荒らされたらひとたまりもないだろう。
ましてや、相手は鉄条網を破るような怪物だ。
「セリオン、これは私たちで解決しなければならないわね」
「そうだな。わかった。俺たちが今夜から見張るから何かあったら俺たちが対処する」
セリオンはマルクスが安心するよう、そう言い聞かせた。
「ああ、頼むよ。ぼくたちにはもうあんたたちしか頼りがないんだ」
セリオンとエスカローネは仮眠を取ることにした。
夜に備えてだ。
マルクスが寝るための部屋を提供してくれた。
ただ……。
セリオンとエスカローネは困惑していた。
それは……。
「……」
「……」
「……どうする?」
「どうすると言われても……」
そう、部屋にはベッドは一つしかなかったのだ。
マルクスは俺たちなら問題ないとでも思ったのだろうか。
二人はまだ恋人同士でもないし、男女が同室で寝ることに抵抗感を感じる。
セリオンは自分から譲ることにした。
自分は男だ。
女性に譲らせるわけにはいかない。
「エスカローネはベッドを使ってくれ。俺は床で寝る」
「セリオンはそれでいいの?」
「ああ、俺は野宿しているからこれくらいへっちゃらだ」
セリオンとエスカローネは同じ家で育ったが、同室で寝たことは一度もない。
二人は共にほおを赤らめていた。
「じゃ、じゃあ、そういうことでいいわ」
エスカローネがマントをハンガーにかけた。
「おやすみなさい、セリオン」
「ああ、おやすみ」
セリオンは心からそう答えた。
夜までまだ時間がある。
今のうちに体力を温存しなければならない。
対怪物のために。
エスカローネはそのままベッドに入った。
しばらくすると、セリオンは眠ってしまった。
すうすうとセリオンの寝息が伝わる。
「……セリオン、起きてる?」
セリオンは眠ったままだ。
「もう……セリオンのバカ……知らない」
エスカローネはセリオンに背を向けて眠ろうとした。
二人は夜になるまで仮眠を取った。




