混沌
セリオンとスルトは山を下り、谷間に差し掛かった。
そこまで行くと二人は倒れている人を発見した。
「あっ、倒れている人がいる!」
「うむ……近づいてみるか」
二人は倒れている人に近寄った。
おそらく恰好から村人だろう。
セリオンが男をゆする。
「おい、しっかりしろ!」
セリオンは声をかけた。
男は全身傷だらけだった。
服の上には転んでいたせいか、泥もついている。
「うっ……村に……化け物……」
「化け物? 俺たちが退治してやる。村はどこだ?」
「ひ、東……」
男はそのままばたりと倒れて動かなくなった。
「くそっ……助けられなかった……」
セリオンは男を地面に横たえた。
俺は無力だ。
村人一人助けることもできない。
それが俺の力の現実だ。
せっかく修行して強くなったのに……。
「若き狼よ、なっとくしろ。おまえは全能ではない。有限な人間なのだ。助けられなかったことを悔やむことはない」
これでもスルトは慰めているのだ。
スルトの考えは正しい。
いくらセリオンが強くともただの人。
すべての事象を克服できるわけではない。
「……わかっている」
セリオンは立ち上がった。
そして東を見た。
村人は東に村があると言った。
おそらく村は壊滅しているだろう。
それでも救える命があるかもしれない。
それに怪物のことも気になる。
「スルト、行こう」
「ああ。東だったな」
村にて……。
村はひどいものだった。
家屋はほとんど全滅、村人も生存者はいなかった。
しかし、そこに異質なものがあった。
本来あるはずがないもの……。
「くっ……これは……瘴気!?」
「むう……これはただの魔物がやったのではない!」
二人は村の様子を探った。
村全体が瘴気で汚染されていた。
瘴気は魔の穢れだ。
普通の魔物でもこれほどの瘴気に当てられたら死んでしまう。
瘴気はそれほどの毒性を持っている。
ましてや、人間には猛毒だった。
ただし、気息の修業をした者には通じにくい。
この手の魔の毒には霊性は有効な対抗手段だ。
セリオンとスルトは一通り村を回った後、死んでいた人たちを埋葬して回った。
せめて来世では村人たちが幸せになれるよう祈りながら……。
ある洞窟にて。
その洞窟は昼間でも暗かった。
その洞窟には不吉な感じがした。
それにどこか怪しげな気配がするのだ。
正常な感覚だったら、鳥肌が立ったであろう。
だが、男はそれに気づかなかった。
酔っぱらっていたからだ。
「ウイー、ヒック……さあてここで用をたすとするか」
男は無警戒だった。
そこを影が襲った。
影は伸びると男を内部に取り込んだ。
影は一瞬ですべてを終えた。
男は声を発する間もなく果てた。
影は満足そうに洞窟の中に戻っていった。
セリオンとスルトはテントの中で眠っていた。
二人は一見すると熟睡しているように見える。
しかし、二人は何か気配が、特に魔物の気配が近づいてくるのなら、それを察知できる力があった。
二人は正体不明の気配を感じてパッと起きた。
「気づいたか、若き狼よ?」
「ああ。邪悪な気配が近づいている!」
「おそらく村を襲った怪物であろう。狙いは私たちというわけだ」
二人はこういう襲撃を予想しており、装備はつけたままだった。
そのため、戦う準備はすぐにできた。
二人ともテントの外に出る。
「気をつけろ。何かが近づいてくる」
スルトは警戒を発した。
近づいてきたのは大きなカエルのような怪物で、全身が泥のようだ。
「むう……こやつは混沌の怪物か。気をつけるのだ。こいつから瘴気を感じる。村を襲ったのはこいつだろう。若き狼よ」
「何だ?」
「こいつはおまえが一人で倒すのだ」
「何だって?」
セリオンはスルトもいっしょに戦ってくれると思っていた。
そこを一人で戦えとは、いったいどういうつもりだろう。
「それも光や雷を使ってはならない。あくまで闘気だけでこいつを倒すのだ」
「闘気だけで!?」
それはめちゃくちゃ難しい。
そもそもこの怪物に闘気が効かなかったらどうすればいいのか。
光や雷なら確実に通じるだろう。
「おまえが光や雷を使ったら、一撃で倒せる程度の相手だ。安心して、修行の成果を見せてみろ」
スルトがセリオンにはっぱをかける。
スルトがこういうのなら闘気でも倒せるのだろう。
そんな事をしているうちに、怪物――カーオス・フロッシュ(Chaosfrosch)はセリオンに近づいてきた。
「くっ……やるしかないか」
力を制限されての戦いだ。
セリオンはこの混沌の怪物が苦戦しうる敵だと思った。
光や雷の力を使えれば違ってくるのだが、セリオンには自らの修業の成果を確かめたい思いもあった。
カーオス・フロッシュが大きく口を開ける。
その中から舌が出てきた。
「おっと!」
セリオンはそれをすみやかにかわす。
この怪物は相手を丸呑みにするのだろう。
そうして人間を喰らうのだと思われる。
セリオンは蒼気を発した。
蒼い光がセリオンの全身からほとばし出る。
カーオス・フロッシュが口を開けた。
また舌を出すのであろうか。
カーオス・フロッシュが出したのは瘴気のバブルだ。
まるで泡があふれるようにバブルがセリオンに迫る。
セリオンは横に一閃を放った。
一撃で蒼気がバブルを迎撃する。
大量のバブルはセリオンの闘気によって一撃で壊滅させられた。
セリオンは蒼気を収束すると、カーオス・フロッシュに蒼気を叩きつけた。
カーオス・フロッシュははじけ飛ぶ。
カーオス・フロッシュは上半身ははじけ飛び、原形をとどめていなかった。
カーオス・フロッシュはそのまま倒れる。
「どうだ!」
セリオンは勝ったと思った。
「こんなものか」
「若き狼よ」
「何だ?」
「あれを見ろ」
「?」
セリオンはスルトが言ったようにカーオス・フロッシュの全体を見た。
するとカーオス・フロッシュは一か所に集まり、元通りになった。
「なっ!? 再生したのか!?」
「そのようだ。おそらく体のどこかに核があるのであろう。それを破壊すれば倒せるだろう」
スルトが適格なアドバイスをする。
スルトは手を出す気は全くない。
あくまで口を動かしたにすぎない。
「くっ……光の力が使えたら再生などさせないのに……」
セリオンは愚痴を言った。
制限されての戦いだ。
カーオス・フロッシュの力は闇のもので、闇に対するには光が必要だ。
しかし、スルトからそれをやることは禁じられている。
「若き狼よ、大岩を思い出せ。叩きつけるのではない。叩き斬るのだ」
「叩き斬る……」
「そうだ。核がどこにあろうが、それなら倒せる。おまえは闘気を習得して日が浅い。確実にダメージを与えないと、おまえがやられるぞ?」
スルトはあくまで手を出すつもりはないらしい。
それはもっともセリオンを信頼しているということなのだろうが……。
カーオス・フロッシュは再生を終えた。
カーオス・フロッシュは黒い雲を作り出した。
黒い雨だ。
これは瘴気をたくわえた雨だった。
セリオンは一気にカーオス・フロッシュに近づいて、カーオス・フロッシュに突き入れる。
黒い雨は土壌を汚染する。
さすがのセリオンもそれをまともに浴びるのは危険だった。
セリオンはスルトの言葉を信じた。
セリオンは蒼気を練り上げて、カーオス・フロッシュを一刀両断するように蒼気で叩き斬る。
カーオス・フロッシュが両断される。
強力な蒼気の斬撃はカーオス・フロッシュを斬り裂いていた。
その中にカーオス・フロッシュの核らしきものがあった。
カーオス・フロッシュは再生せず、そのまま黒い粒子と化して消えていった。
「俺の勝ちだ」
セリオンが宣言する。
「よくやった。最後の一撃は見事だったぞ」
「スルトにそう言われてうれしいよ」
そんなスルトは一人の父親のようだった。
いや、セリオンからしたらスルトも父なのだ。
贅沢なことにセリオンには二人の父がいる。
一人は『風の王アンシャル』、もう一人は『雷帝スルト』。
セリオンとスルトは混沌の怪物を倒すと、再び眠りについた。




