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英雄叙事詩 Das Heldenlied  作者: 野原 ヒロユキ
~Himmel und Erde~
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闘気

凍った湖の上でセリオンとスルトは対峙していた。

武器は互いに大剣を持っている。

「見事だ。若き狼よ。気息による認識は第一段階だ。それを今度は全身から放出してみるがいい」

「ああ」

セリオンは大剣を構えて気息を全身から放出してみせた。

一度コツをつかむとあとは簡単だった。

「そうだ。その状態が闘気だ。それを今度は武器に流し込むのだ。そうだな。闘気を送り込むようなイメージだ」

「送り……込む……」

セリオンは大剣に闘気を流し込んでみた。

自身の蒼い闘気が大剣に伝わっていく。

「すばらしい……そのまま武器に闘気をまとったまま攻撃してみろ」

「え? でも……」

「安心しろ。私を誰だと思っている?」

「ああ!」

セリオンは跳んだ。

そしてそのままスルトに攻撃してみた。

スルトは自身の大剣でそれを防ぐ。

恐ろしいことに、スルトの背後の湖に亀裂が走った。

セリオンは寒気がした。

俺が、やったのか?

セリオンは今の一撃の強さを恐ろしく感じた。

「そうだ。それでいい。私が朝言った言葉を覚えているか、若き狼よ? これがそのための答えが必要な理由だ。闘気による攻撃は強力すぎる。それを何のために振るうのか、そのための答えが必要なのだ」

スルトは受けとめた大剣を振るった。

セリオンは凍った湖の上に着地した。

「おまえは何のためにその力を振るう? 何のためにその力を使う? その答えが出たとき、修行の続きを行うことにしよう」

スルトは自身の闘気を解除した。

そしてセリオン自身が試された。



セリオンは一人考えていた。

凍った湖の上を一人で歩く。

スルトから答えが出るまで闘気の放出は禁止された。

スルトは崖の方に行ったらしい。

スルト自身も修業するそうだ。

俺はいったい何のためにこの力を行使するのだろう?

ソードマスターになるため?

それは違うだろう。

力のための力、力のための技ではないからだ。

力を行使するものには責任が伴う――。

そういうことなのだ。

その力が強ければ強いほど、何のためにその力を振るうのか問われることになる。

その答えがなければ、その力は暴力と変わりがない。

セリオンは自分が大切な人のことを思い浮かべた。

まず、思い浮かべたのはディオドラだった。

ディオドラは戦う力を持たない。

もっとも、シベリウス教の修道女であるため、武術は一通り習っている。

ディオドラには才能や素質の問題ではなく、性格の問題で、他人を傷つけることができないのだ。

ディオドラは優しい。

慈悲深い。

それは戦いには向いていないということだ。

エスカローネはどうだろう?

エスカローネは修行のため、セリオンと別れて暮らしている。

エスカローネはツァーラ師のもとに弟子入りした。

エスカローネはツァーラ師のもとで魔法を学んでいるらしい。

たまにセリオンのもとに手紙が来る。

セリオンはエスカローネを愛していた。

セリオンはエスカローネを守りたいと思うだろうが、エスカローネはセリオンといっしょに戦いたいと思うだろう。

セリオンはそれを思って苦笑する。

そもそも、エスカローネが修行したかったのはセリオンの隣で戦いたかったからだ。

でも、答えは出てきたような気がする。

自分が大切に思う人のためにこの力を使う。

自分のためにではなく、他者のために……。

答えは出た。

もう迷いはない。

セリオンはスルトのもとに向かった。




スルトは崖の上で座禅をしていた。

セリオンは背後からスルトに近づいた。

おそらくスルトは自分が近づいていることに気づいているだろう。

スルトは、そのままだ。

「どうやら答えが出たようだな」

スルトの厳かな声が響く。

「ああ」

セリオンはスルトの後ろで止まった。

スルトは座禅を解き、立ち上がる。

そして振り返ってセリオンを見る。

スルトの目は射抜くようだった。

セリオンはそれを正面から受け止める。

「それではおまえの答えを聞かせてもらおう」

スルトはセリオンを信頼している。

この『テスト』にも正しい答えを見出すと思っている。

「俺は母さんやエスカローネ、シエルやノエル……自分が大切に思う人を守るためにこの力を使いたい」

それがセリオンの想い。

セリオンは自分が心から信じることができる答えをスルトに突き付ける。

セリオンはスルトの反応を待った。

セリオンにはこの答えしか思い浮かばない。

「フッ、いい答えだ。闘気は強い。闘気は強力な力を持つ。おまえがその力を自分のために使うのなら、修行はここで終わりだ。それは力にたいして責任のない態度だからだ。力に溺れることこそ恐れるべきなのだから」

「スルト……」

「もっとも、おまえのことだから心配はしていなかったがな。おまえなら正しい答えに至るだろう。私はそう思っていた。それでは合格だ。おまえに闘気の扱いを教えよう」

そうして、セリオンはスルトから闘気の修業をした。

そして日が過ぎていった。



山の上では星が見えた。

夜、澄んだ空気の中で夜空の星が輝いていた。

「星がきれいだな」

セリオンはたき火の前で星を見ていた。

星々は満天の夜空で輝き、光を放っていた。

山の上でなければここまできれいな星は見えなかっただろう。

体が少し寒い。

たき火が激しく燃えて、暖かさを運んできた。

「今ごろ、ディオドラは何をしているだろうな?」

スルトがセリオンに尋ねた。

セリオンはスルトの方を見た。

もう答えは決まっているのだ。

「さあ……きっと今ごろ祈っているんじゃないだろうか……母さんは神を信じているから」

「おまえはいい母親を持った。シベリウス教が始まってからあれほどの母親を私は見たことがない。彼女は特別だ」

「俺もそう思う。俺のことをこよなく愛してくれる……理想以上の母親だよ。だから、俺も愛しているんだ」

「おまえはディオドラにとって一人息子だ。いとおしくないわけがない」

「それもあるけど、俺は母さんが俺の母親でよかったと思っている。いつか伝えたい言葉があるんだ」

「ほう……それは?」

「俺を産んでくれてありがとう」

「フッ……」

これは世の母親への最大の賛辞であった。

これを聞いてうれしくない母親がいるわけがない。

これは実存の問題に肯定的解答を与えてくれる。

実存は本質に先立つと言われる。

神を信じる人にとっては、神はいったいなぜこの世に自分を創造したのか、と問うだろう。

この『神の視点』が存在しない人には現実存在は答えがなく、この世に放り込まれたことになる。

そこに理由はない。

セリオンはディオドラから愛されたことによって、この世界を肯定できる。

もちろん、世界には問題がある。

そのままの世界はいいことだけではない。

だが、セリオンには世界のありのままを肯定できる愛があった。

Die Liebe zur Welt――。

それもすべてはディオドラがセリオンを無償の愛で愛してくれたからだ。

ディオドラの愛はあるがままを愛する愛だった。

それはセリオンがどんな存在でもそのまま受け入れてくれる愛だ。

それは究極の母性だった。

「俺は母さんから他者を愛することを教えられた。だから、俺は誰かを愛したいんだ。他者を愛することはすばらしいことだから」

「それはつまり?」

スルトは答えを知っている。

そして敢えて言わない。

スルトからすればセリオンが愛したい存在など地上で一人しか存在しないからだ。

「ああ、俺はエスカローネを愛している」

「エスカローネはどう思っているんだろうな?」

スルトは意地の悪い質問をする。

セリオンは不安そうに。

「それは……わからない……エスカローネも俺を愛しているとうれしい」

セリオンはしゅんとした。

セリオンにはエスカローネの気持ちが分からない。

エスカローネはセリオンが赤子のころからいっしょだった義妹シュヴェスターだ。

愛の関係は一方だけでは成り立たない。

双方から互いに想いあって成立するものだ。

セリオンはエスカローネが家族として自分を愛していると知っている。

だが、異性としてどうか?

一人の男として、自分を愛してくれるだろうか?

エスカローネはそもそも俺のことをどう思っているのだろうか?

それを知りたい。

それがセリオンを不安にさせる。

そんなセリオンをスルトは苦笑する。

これはコミカルな(komisch)話だ。

互いの気持ちに気づいていないのはこの二人くらいのものだ。

セリオンは恋愛には不器用なのだろう。

「ところでスルトの両親はどんな人だったんだ?」

「私の両親か? そうだな……私の父は軍人だった。あまり弁が立つ方ではなく、口数は少なかった。しかし、軍人としては優秀だった。私は父から多くを学んだ。そして父に愛されるように努力した。父は私を愛してくれた。父は感情をあまり表に出さなかった。感情よりも理を説いた。だから、私も理性的になったのかもしれない。私の母は素朴な人だったよ。父は家事が苦手だったから、母の存在は助けになっただろう」

「へえ……いい家族だったんだな」

「ああ。私も家族には恵まれた。それは神に感謝している」

スルトは立ち上がる。

「さて、明日も厳しく修業するぞ? 今日のように途中でのびられては困る」

「わかってるさ!」

セリオンはそんなことはわかっていると言いたかった。

二人はたき火を消すとテントの中に入って休んだ。

セリオンは全身に疲労があった。

セリオンはぐっすりと眠った。


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