修行
5年前――。
セリオンが15歳のころ――。
セリオンは背のうを背負って、雪道を登っていく。
セリオンの前はスルトが歩いていた。
スルトは先導していた。
そもそもなぜ二人は雪の山道を歩いているのか?
それはスルトがセリオンと本格的な修行をするためだった。
今回の修業目的は闘気の習得。
セリオンに気息の修業をさせることにあった。
つまり、自発的活動力を高めるための訓練である。
人間は五つの要素で構成されている。
プネウマ、精神、魂、心、肉体である。
プネウマは気息、息、空気、大いなるものの息などを意味し、動詞pneo(吹く)を語源とする。
これは霊的な修行でもあった。
スルトが言った。
「おまえは今でもソードマスターになりたいのか?」
「ああ、なりたい。俺は一流の剣士に、ソードマスターになるんだ」
セリオンははっきりと答える。
ソードマスターになるのはセリオンの夢なのだ。
セリオンは小さいころからソードマスターになりたかった。
セリオンがソードマスターのことを知ったのは5歳のころだ。
アンシャルはセリオンに剣術を教えてくれたが、その時、アンシャルでもかなわない人がいると知って驚いたものだ。
その人はアンシャルより強く、剣士の頂点なのだという。
セリオンはその時からソードマスターを目指すようになった。
ソードマスターとて人である。
老いから逃れることはできない。
多くのソードマスターは老いることによって、若人にその称号を奪われることが多い。
現在のソードマスターはゼクセルト(Sechseld)という人物で、今は60代だという。
「そうか……そのためには修行しなくてはならんな。少なくとも、今のおまえはソードマスターにはなれん」
「わかってるさ」
セリオンは少しムキになって言った。
このころはセリオンもまだ甘い。
とはいえそんなことはわかっているのだ。
言われなくたって。
だからこそ、ムキになるのだが……。
「若き狼よ」
「? どうした?」
「おまえは何のために力を求める?」
「なぜって……それはソードマスターになるため……」
「そうではない」
スルトが断言する。
いったいスルトは何を言いたいのだろうか。
セリオンにはスルトが言いたいことがわからなかった。
「じゃあ、何のためって言うのは?」
セリオンはスルトの背中を見つめた。
その背中からは甲冑の上からも鍛えられた肉体が見えるようだ。
「力には責任が伴うのだ」
「責任?」
「そうだ。おまえは今回の修業でそれを見つけなければならない。力はそれだけでは暴力にすぎない。それを昇華させるのが理念や精神性だ」
「理念と精神性……」
セリオンはつぶやきながら繰り返した。
今のセリオンに足りないもの……スルトはそれを指摘しているのだ。
「ソードマスターには理念と精神性が必要だ。ただ力を振るうだけでは、不幸を巻き起こす。おまえはディオドラを悲しませたいか?」
「いや、それは……」
セリオンにそれはできない。
セリオンにとって母ディオドラはとても大切な人だ。
もしそんなことになったら、胸が痛くなる。
スルトは寡黙な人で、饒舌な人ではない。
彼は必要と思ったことしかしゃべらない。
そのスルトがここまでしゃべるとはとても大切なことに違いない。
セリオンは今回の修業でそれらを見出す決心をした。
山頂につくと空気がとても澄んでいた。
雪は止んでいた。
スルトはさっそくセリオンに気息の修業をさせた。
スルトはセリオンと向かい合って禅を組む。
禅の姿勢で剣を構える。
「おまえは人間の五つのエッセンスを理解しているか?」
「ああ。プネウマ、精神、魂、心、肉体……この五つだ」
「それでは『気』はわかるか?」
「体内を巡るエネルギー」
「そうだ。気息とは体内をプネウマが巡るエネルギーだ。今から私がそれを見せる」
スルトの体から蒼いオーラが現れ出た。
セリオンは目を見開いてそれを見た。
スルトは瞑想するかのように呼吸していた。
「気息の源は『息』だ」
「息?」
「そうだ。神は人間を土で創造した。それは人間が肉体を持つということだ。だが、土で形を与えただけでは人間は動かなかった。神は人間に息を吹き込んだ。それによって人間は動くようになったという……」
「イン・スピレーション?」
「その通り。それゆえ人間にとっての根源は息であり、気息の源も息なのだ」
セリオンもスルトのマネをして禅を組んだ。
しかし、スルトと同じようにはいかない。
困ったセリオンはスルトに尋ねる。
「どうしたら、そうできるんだ?」
「まず、自身を五つのエッセンスに分けるのだ。自身の五つのエッセンスを認識しろ。つまり、自分を五つに分割するのだ。そして呼吸を静かに整える……」
セリオンはその通りにやってみた。
セリオンはプネウマを認識しようとしたができなかった。
「そもそも、プネウマとはいったい何なんだ?」
「プネウマは精神の上位の領域だ。肉体性と対になっている。エッセンスの分離が不十分だと肉体性に引きずられる。プネウマを肉体から解放するのだ。そのためには息に集中しなければならない」
セリオンはアドバイスに従ってやってみた。
「わかった。やってみる」
「『やってみる』ではない。『やる』のだ」
「ああ……」
セリオンは息に集中した。
そうして呼吸を繰り返して深めていく。
すると、セリオンの体から蒼い微光がかすかに放たれた。
「!? 今のは!?」
「集中を解くな。今のはうまくいったぞ。コツをつかめばおまえは自在に気息を操れるようになる。さあ、もう一度やるのだ。今度は集中して続けろ」
「わかった」
セリオンは再び息に集中した。
セリオンは感じた。
それはまるで万物と一体化したかのようだった。
自分は万物のすべてであり、森羅万象であると。
万物のすべては同時に自分でもあると――。
この世界そのものと合一するかのようだった。
セリオンの体から蒼い光が放たれる。
それはこの世界の神秘でもあった。
自分は根源であり、根源は自分でもあるという直観……。
いや、もはやあらゆるものを越えた先にある……。
自己超越の境地……。
これが気息!
セリオンは気息に従って周囲を認識してみた。
セリオンの頭に周囲の物がありありと入ってくる。
ありとあらゆるもの……万物を知覚できる……。
これは五感を越えていた……。
一度コツをつかむとあとは簡単だった。気息が自信の体まで伝わり、それが巡るのを感じる。
これは闘気の修業の第一段階だった。
それをみて、スルトは喜んでいた。




