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イセリア王女

貴婦人はデーネマルク王宮のバルコニーにいた。

貴婦人――イゼベル(Izxebel)は煌々と輝く月を眺めていた。

月は夜空に美しく輝いている。

イゼベルはデーネマルクの人間ではない。

彼女は関係者を洗脳することで、王宮に侵入していた。

「ふむ……イセリア王女がテンペルに救援を頼んだか……」

夜空で冷える外で、イゼベルは言葉を漏らす。

イゼベルはテンペルのことを調べていた。

テンペル――ツヴェーデンにある宗教軍事組織、そしてシベリア人の民族共同体。

テンペルは少数ながら、強力な軍事力を持つという。

その軍事力は『聖堂騎士団』と言い、闘気を扱う。

イゼベルの計画にとって、テンペルは邪魔な存在と言えた。

イセリア王女がテンペルに救援を求めたのは、介入の可能性が、つまり救援の可能性が高かったからだ。

「テンペルか……わらわがいなかったあいだにそのような組織ができていようとはな……イセリア王女が救援要請を行うなどしたら、彼らは攻めてくるだろう。これはイセリア王女を消す必要があるな」

イゼベルはイセリアを抹殺する意思を固めた。

現在、デーネマルクはティタンによって国土のほとんどを制圧されている。

島々で構成されるという国土の関係上、防衛力が分散していたことは否めない。

その隙をついて、ティタンたちはデーネマルクを侵略した。

ティタンの悲願は自分たちの国を持つこと。

そのために、デーネマルクを攻め、落そうとしているのだ。

デーネマルクを占領すれば、もはやティタンに歯向かう勢力はなくなるであろう。

ティタンは並の人間ではかなわないほど強い。

それがティタンが数に勝るデーネマルク軍を圧倒した原因である。

デーネマルク軍が弱いわけではない。

ティタンが強すぎるのである。

とはいえ、ティタン側にも弱みがないわけではない。

ティタンの数は少ない。

そのため、各島々に防衛力を分散させざるをえず、侵略のための兵力が十分ではなかった。

もし、人間側が反乱を起こすなら、ティタンといえども持ちこたえられないだろう。

イゼベルはそれらを熟知していた。

イゼベルの目的はデーネマルクを支配すること。

そのためには首都のコーペルハーゲンを何としてでも落とさねばならない。

テンペルのような組織がデーネマルクに来られては、計画に支障をきたす。

危険は芽のうちに摘み取っておくべきだ。

イゼベルは笑った、それも妖艶に、そして邪悪に。

イゼベルが手をかざす。

するとそこには大きな虫がイゼベルの手に留まった。

「おまえたちはイセリア王女を襲撃せよ。彼女を生かしておくな。必ず、殺せ。わかったな?」

虫は目を光らせて、わかったとうなずいた。

この虫は原始的だが、知性を持っていた。

イゼベルの言っていることが分かるのだ。

虫はそのまま夜空を飛び去って行った。

イゼベルは謀略の成功を疑わなかった。

たかが人間の集団が、この襲撃に耐えられることはない、そう彼女は思っていたのだ。

だが、イゼベルのこの判断は後程、徹底的に誤っていたと思い知らされることになる。



イセリア王女は馬車で南に向かっていた。

馬車はフルスピードで走らされている。

イセリアは待っているしかない。

イセリアは歯がゆかった。

イセリアがこれから向かうのはハイゼル港(Heizxel)。

ここからツヴェーデン行きの船が出ている。

そこからツヴェーデンのフォルシュタイン(Vollstein)まで船で行く。

フォルシュタインからは陸路でツヴェーデンの首都シュヴェリーンにまで行くのだ。

イセリアは馬車の外を見た。

今は森の中を馬車は走っている。

木々がかすれて見えた。

イセリアは歯を食いしばる。

「歯がゆいものですね。こうして救援を頼みに行くなんて……」

イセリアにはどこか恥ずかしいという感情があった。

イセリアはただテンペルに救援を要請する立場だった。

もしテンペルに救援を断られたらどうしよう……。

イセリアには一抹の不安があった。

デーネマルクはテンペルに救援を要請するのだ。

それは救援を頼むということに他ならない。

テンペルはこの要請に何か対価を要求するだろうか?

その時、デーネマルク側は何を与えられるだろうか?

デーネマルクはただ頼むしかない。

デーネマルクにできることと言えば、軍事力のために補給物資や必要経費を支払うことくらいだ。

外交とは甘くない。

ただ、頭を下げただけで望みが実現するなら、苦労はしない。

そんな事をイセリアが考えていた時である。

背後から、虫の羽音が聞こえた。

イセリアは何かと思って、馬車の扉を開ける。

「な、なんですか、あれは!?」

イセリアが見たのは大きな虫の集団だった。

虫たちの大きさは40センチはある。

あれほど巨大な虫をイセリアは見たことがない。

それはすぐさま、恐怖に姿を変えた。

御者と馬もそれに気づく。

「イセリア様! 扉を閉めてください! スピードを上げます!」

「お願いします! 何としてでも逃げ切ってください!」

御者は馬に必死で鞭を振るった。

馬も恐慌状態だ。

だが、悲しいかな虫たちのスピードは予想以上で、しだいに馬車に近づいてきた。

イセリアは絶望的な状態に陥った。

虫たちはまず、かみついて御者と馬を殺した。

こうなれば馬車は自然にスピードダウンするしかない。

虫たちが馬車を止めようと群がった。

「ああ、神よ!」

イセリアは祈った。

イセリアのできるのはただ神に祈ることだけだった。

そうこうしているうちに、虫たちは馬車を止めた。

止まった馬車の中でイセリアが震える。

イセリアは死を覚悟した。

その時であった。

「ギイ!?」

虫が悲鳴を上げた。

虫は一刀両断にされていた。

イセリアが状況に変化が生じたことに気づく。

イセリアを助けたのは、金髪の剣士だった。

彼は片刃の大剣を持っていた。

虫たちは突然現れた脅威に関心を向ける。

おそらくこの虫たちには原始的であるが知性があるのではないだろうか。

でなければ、虫たちはイセリアより、金髪の剣士に脅威を覚えたのことが説明がつかないからだ。

「狂暴で大きな虫だな。待っていろ、今助ける」

金髪の剣士は虫たちに囲まれた。

虫たちは囲んで金髪の剣士を殺すつもりだ。

よく見ると、虫の尻には針があった。

あれには毒でもあるのだろうか。

人間でもあっさり殺せそうだ。

金髪の剣士はすぐさま消えた。

少なくとも、イセリアにはそう見えた。

金髪の剣士はイセリアが気づくと、虫たちをあっさりと斬殺していた。

虫たちの緑の血が流れる。

あの剣士はあんな大きな剣を自在に操れるのだ。

そんな剣士をイセリアは今まで見たことがない。

剣士が剣を振るうたびに虫たちはその数を減らしていった。

金髪の剣士は圧倒的な強さだった。

イセリアは恐怖が退いていくのを自覚した。

金髪の剣士は虫たちをあっという間に駆逐してしまった。

わずかに、一体の虫が大剣をわずかにかわして、逃げ去っていった。

おそらく予想外の敵に逃走したのであろう。

「逃がした、か……」

金髪の剣士が、剣を下ろす。

戦いは終わった。

金髪の剣士は馬車の扉を開けた。

「大丈夫か? ケガはないか?」

金髪の剣士が話しかけてくる。

イセリアはほっとして。

「あ、はい。ありがとうございます。あなたは?」

「俺はセリオン。セリオン・シベルスクだ」

「セリオン・シベルスク!? 青き狼様! 英雄!」

イセリアは感極まって叫んだ。

これはイセリアにとってまるで福音だった。

イセリアはこの時ほど希望のことを思い浮かべたことはなかった。

セリオン・シベルスクといえばテンペルの英雄だ。

その名は諸外国には救世主のように知られていた。

「あっ……」

イセリアはあまりの感情の高まりに、急激に意識がもうろうとしていくのを感じた。

イセリアは気を失った。

あまりの緊張状態によってストレスが極限にまで達したに違いない。

セリオンは困り果てた。

この女性をどうしたらいいだろうか。

「やれやれ、困ったな」

セリオンはイセリアを馬車から連れ出した。

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