モルヴィア
エリシュカは王宮を奪還すると、すみやかに亡命していた重臣たちを呼びよせた。
そして戴冠式を挙行した。
この戴冠式にはセリオンたちも出席した。
エリシュカは女王としての正装で式に臨んだ。
そののち、セリオンたちは女王との謁見が許された。
アンシャルが代表としてひざまずいて話をした。
「そうですか。テンペルに帰るのですね……私としてはチェカにもっと滞在してほしいのですが」
「私たちは遊んでいるわけにはいきません。私たちは調べねばならないことがあるのです」
「『あのお方』、ですね?」
「そうです。ヴェンツェルは『あのお方』の援助を受けていました。それはこの件に闇の影響があったということです。闇と戦うのがテンペルの使命です。この事件はまだ終わってはいません」
「そうですか。チェカ国内ではあなたがたに便宜を図りましょう。何か調査することがあるのなら申してください」
「失礼ですが、私も謁見に入れさせてもらえませんかな?」
「!? 誰だ!?」
アンシャルが叫んだ。
玉座の間左側に現れたのは、浮遊した魔道士風の男。
彼は傲然とした態度を取っていた。
ただちに女王を守るべく衛兵たちが女王の前に立ちふさがる。
「フフフ、私はメルヒオール(Melchior)、『あのお方』に仕える者です」
「きさま! いったい何が目的だ?」
「フフフ、すべては闇の理のために。私は闇バラの総帥でもあるのですよ」
「闇バラ……あの暗殺組織か!」
セリオンが吠えた。
「フフフ、その通りです。我ら闇バラは暗殺を生業としておりますからな。そういうビジネスなんですよ」
「『あのお方』とはいったい何者だ!」
「フッフフフ……『あのお方』は偉大な指導者です。『あのお方』はすべて闇の支配のために活動しておられる。闇こそこの世を統べる原理なのですから!」
「闇の支配を認めるわけにはいかない! 闇はここで倒す!」
セリオンが大剣を出して、メルヒオールに斬りかかった。
大きくジャンプして、大剣を振りかぶる。
「フッ、無駄なことを」
セリオンはメルヒオールに届いたと思った。
ところがメルヒオールは闇のバリアを全方位に球形に展開して、セリオンの斬撃を防いだ。
「ぐっ!?」
スパークが発生する。
メルヒオールは杖を振りかぶって、セリオンを打撃しようとする。
セリオンはとっさにバリアを斬り払って床に戻る。
「ほう、少しはやるようだな。だが、これまでだ。それでは女王陛下、私はここで失礼させてもらいますよ。ああ、そうそう。テンペルの諸君、私を追ってきたくば、モルヴィアに来るがいい。モルヴィアに私たちはいる。では、失礼」
「待て!」
「セリオン、よせ! 巻き込まれる!」
メルヒオールは闇の風に呑まれると、その姿を消していった。
セリオンは悔しそうに歯を食いしばらせた。
「くっ!」
アンシャルはセリオンの肩に手を置いた。
「セリオン、今は情報を収集する時だ。戦う時ではない。わかっているな?」
「……ああ」
セリオンはしぶしぶうなずいた。
大剣を下ろす。
「あの者……メルヒオールとか言っていたが、モルヴィアか……」
「モルヴィア……チェカ東の地方の名前ですね。私たちペルンシュタイン家の発祥の地でもあります。彼はそこに来いと言っていましたが……」
「女王陛下……我々はどうやらまだチェカにいる必要があるらしい。チェカでの滞在許可をいただきたい」
「はい、それはかまいません。みなさんはモルヴィアに行くのですね?」
「そうです。メルヒオールをこのまま放置しておくことはできません。ましてや、今回の事件にメルヒオールもかかわっていたとなると、なおさら……みんな、いいな?」
「俺はアンシャルが行くところに行く」
セリオンが答えた。
「はい、私もセリオンと同じです」
エスカローネがうなずいた。
「副長がそう言うなら!」
サラゴンが賛同する。
「俺はまだ暴れたりなかったんで、ちょうどいいですよ」
アリオンも同意した。
「よし、私たちはモルヴィアに向かう。ただちに出発だ!」
アンシャルたちはただちにモルヴィアを目指して出発した。
セリオンたちは馬車でモルヴィアに行くことになった。
この馬車は王室御用達で、快適な旅をすることができた。
各人は各様の過ごし方をしていた。
アンシャルは分厚い本を読んでいた。
サラゴンは昼寝、アリオンは刀の整備、セリオンはエスカローネの膝枕で考え事をしていた。
馬車にはあまり振動は走らない。
チェカにも古代レーム帝国の街道網が走っており、平坦な道を通ることができたからだ。
セリオンたちの目的地はモルヴィアの町ヴァルタフ(Waltav)。
「なあ、どうして闇に堕ちる人が出てくるんだろうな?」
「? どうしたの、セリオン?」
セリオンはエスカローネの顔を下から眺める。
当然、ここからだとエスカローネの大きな胸を下から見上げる形になる。
それにエスカローネの太ももの感触が頭を通して伝わる。
ものすごく弾力性があるし、エスカローネのいい匂いも感じられる。
「闇のどこがいいのかな、と俺は思うんだ」
「ええ、そうね」
「俺たちは光を選択した。光の道こそ、自発的可能性の道だ。それを捨ててまで闇に染まりたいのだろうか?」
「きっと光が倫理的だから、許せないんじゃないかしら?」
「確かにな。人はすべて倫理的じゃない。これは自由の問題なのかもしれない」
「自由?」
「ああ、光の道に行くか、闇の道に行くか……人はどちらでも選択できる。これが選択の自由なのかもな。それに」
「それに?」
「闇の力は強大だ。それに魅せられる者がいてもおかしくない」
「そうね。闇の力はすさまじいわ。闇こそ真理と思い込むのは、闇の力がそれだけ強いからかもしれないわね」
「だが、闇に自由はない。闇は強大だが、そこに自由はない。闇はその人間をむしばむ。そして一度闇に染まったら最後、闇に呑まれる。それでも光を拒絶する人も中にはいる。光を嫌う者……どうしても光の倫理的なところが好きになれない者たち……そういった人には闇しかない」
「それは悲しいことね」
「そうだな……」
そんな事をセリオンとエスカローネが話していると、しだいに町が見えてきた。
町は城壁で囲まれていた。
「見ろ、町だ」
セリオンは起き上がった。
レンガ造りの建物がセリオンたちを迎えていた。
「あそこがヴァルタフなのね」
セリオンたちを乗せた馬車は静かに町にたどり着いた。




