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英雄叙事詩 Das Heldenlied  作者: 野原 ヒロユキ
~Himmel und Erde~
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サーシャとの思い出

今から十年前。

セリオンが10歳のころ。

サーシャは喫茶店に勤めていた。

セリオンはサーシャに会いによく喫茶店『モーントシャイン(Mondschein)』に通っていた。

「こんにちはー!」

セリオンが元気よく喫茶店に入ってくる。

それにサーシャが気づいた。

「あら、セリオン君。今日も来たのね。好きなところに座って」

「うん」

セリオンはおとなしく席に着く。

セリオンがモーントシャインに来たのはサーシャに会いたいからだ。

その目的は周囲の人間にはバレバレであった。

「セリオン君、何にする?」

「アイスコーヒーがいいな」

「アイスコーヒーね。甘くしてあげるから待っててね」

サーシャが笑顔で対応する。

それにセリオンは胸をドキドキさせる。

「おい、姉ちゃんよお?」

「はい? なんでしょうか?」

「この店はパフェにいハエを入れるのかあ?」

男はごろつき風でサーシャはあまり関わりたくなさそうだった。

「すいません! 今すぐ新しいのと取り替えます!」

サーシャは謝罪の言葉を述べた。

だが、男は引き下がらない。

「そんなんじゃ足りねえよ。姉ちゃんの体で払ってくれよ」

男が下ひた笑みを浮かべる。

男の目的はサーシャの体だった。

確かに、サーシャの体は服の上からもわかるほど、魅力的だった。

「それは……」

サーシャが言葉を詰まらせる。

そこにセリオンが割って入った。

「おい、そこまでにしろ」

「!? なんだあ!?」

「セリオン君!」

セリオンからすればこれは茶番だった。

初めから男はサーシャの体を要求したかったのだろう。

とんだゲス野郎だ。

「このガキ!」

男がセリオンに殴りかかる。

セリオンはそれをはじいて右手で拳を男の腹にめり込ませる。

「ぐっはあああ!?」

男は倒れた。

サーシャはルーシア(Rusia)系、シベリア人だ。

サーシャはシベリア人の公用語であるシベリア語、ガスパル帝国の公用語ルーシア語、ツヴェーデンの公用語であるツヴェーデン語の三つを話せる。

サーシャは将来は通訳になりたいと思っていた。

サーシャは仕事を終えてセリオンと道を歩いていた。

「セリオン君、今日はありがとうね。たまにいるのよね、ああいう人が……」

「俺がサーシャ姉さんを守ってあげるよ」

「あら、頼もしいこと!」

サーシャは嬉しそうに笑顔を浮かべる。

セリオンは得意げになった。

「俺は戦士だからな」

サーシャのほおがほんのりと赤く染まる。

セリオンはサーシャに恋心を抱いていた。

セリオンがサーシャに恋したのはサーシャが大人の女性だったからだろう。

サーシャは服装も、ブラウスに、ロングスカートといったフェミニンなコーディネートを好んだ。

セリオンとサーシャは並んで歩いた。

その姿はまるで姉と弟だ。

セリオンはサーシャと何を話していいかわからなかった。

そもそもこんな気持ちのなるのが初めてだったからだ。

これはセリオンの初恋だった。

セリオンにはサーシャを守るという自負がある。

「ねえ、セリオン君?」

「何だ?」

「セリオン君は遊びたいという気持ちはないの?」

「遊びたい? 俺にはないな。俺は武術の修業をしている。遊んでいる暇なんてない」

セリオンはわざとそっけなく答えた。

セリオンは恥ずかしかったのだ。

「俺はもっと強くなりたい。だから修行しているんだ」

「どうしてそんなに強くなりたいの?」

「俺は……英雄になりたい」

「英雄……」

「そうだ。今の俺には力がない。だから修行しないといけないんだ」

「そう、いいわね、夢みたいで。セリオン君ならきっと英雄になれるわよ」

「そうなりたいな」

サーシャはセリオンに連れられて家へと戻ってきた。

もう、セリオンの守りはなくていい。

「セリオン君……私はここまでで大丈夫だから……」

サーシャが安心させるように言う。

「ああ、わかっているよ。それじゃあ」

「Tschüs! Bis bald!」

「Tschüs!」

セリオンも答えを返してサーシャのもとを去っていった。

数日後、サーシャは何者かに殺された。

セリオンはサーシャを守れなかった自分を責めた。

これがセリオンの心の傷なのだ。

セリオンはサーシャを守れなかったことをずっと気にしていた。

大切な人を守れなかった。

それがセリオンには忘れられなかった。



サーシャはビルの上からシュヴェリーンの市街を眺めていた。

シュヴェリーンの中枢は近代的なビルが建て並ぶ。

サーシャの顔は無表情だ。

サーシャの心は二重にプロテクトされていた。

すべてはマスターがそうしたからだ。

それでもサーシャは自分の心がうずくのを感じていた。

しかし、サーシャの心は封印されて表に出ることができない。

サーシャの表情に変化はない。

それはサーシャの感情にも封印が為されているからだ。

マスターは冷酷な戦闘マシーンをお望みらしい。

そのサーシャの瞳から涙が流れ落ちた。

これはマスターへのせめてもの反逆だった。

サーシャの体は心とは裏腹に動く。

サーシャは幽冥の鎌を横にかかげる。

サーシャがしようとしているのは召喚だ。

そう冥獣の召喚だ。

サーシャの鎌から禍々しい闇があふれ出す。

闇は深くシュヴェリーンをむしばんでいった。

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