関西2
少し疲れた私達は、スタバでコーヒーを買った。途中にお饅頭屋があって、そこでも店先のベンチで食べた。私の口元に着いたアンコをゆづが、取ってくれた。「アンタって昔っからあざといよな」。「何言ってんの、私は天然です」。「こういう女に世間の男は騙されるんやなあ、憐れやわ」。「世の中のちょろい男性諸君、ありがとう~」。
その後ゆづがゆうやへのクリスマスプレゼントを買いたいというので、店を何件も回った。ゆづはゆうやが欲しがっていたサンダースと言うブランドの革靴を購入した。定価5万以上だ。
因みにゆづは、好きなドメスティックブランドのコートをゆうやに要求しているらしい。何を貰うかを事前に知っているパターンだ。ゆづ曰く、6年も付き合えば大抵の男女はこうなるらしい。というより、失敗してお金を無駄にするよりこっちの方がよっぽど良いらしかった。
歩いていて、思う。私はやっぱり京都の街が好きだ。伝統と文化がちゃんと残っていて、その上で品があり流行も追従している。音楽で言うならオーケストラとロックが合体したみたいな、見事な調和をしていると思う。
「よっしゃ。じゃあ次行くで~」
「はいはい、人にぶつかるで」
スキップ交じりの私をゆづが注意する。この関係性は高校生の頃から変わってない。ゆづは誰より私を自由にしてくれる。一歩引いて見てくれる、彼氏みたいな存在だった。
「祇園っ、祇園っ」
今日の私は俄然テンションが高い。
「アンタ前より幼児化進んでない? ベンジャミンバトンの人?」
ゆずは呆れた雰囲気を出しつつ、付き合ってくれる。
買い物を終えた私達は、続いて八坂神社へ向かう。四条河原町から八坂神社は徒歩で10分程度だ。観光客でこういうルートを選ぶ人は多い。あるいはその逆か。
祇園界隈まで来ると、外国人客の割合が一層増える。京都はあるランキングで旅行に行きたい都市の世界一位になったことがある。その中でも祇園は、お茶屋さんがあったり舞子さんが居たり、より京都の風情と伝統を感じられる場所だ。だから外国の方にも人気が高いのだろう。
祇園を抜けると、八坂神社の赤い鳥居が見えてくる。階段の所で記念撮影をしている人が何組も居た。お馴染みの光景だ。もう何度も撮っているのに、私とゆづも撮影をお願いする。ゆづは、過去の写真と照らし合わせると面白いのだと言った。
境内へ。神社と言う場所は、何処も神聖で厳かな結界を張っている。その中でも八坂神社は別格に感じる。中へ入っただけで心身が浄化されていくようだ。神様に見守られている気になって、一切の悪事が働けなくなる。そんなこと無くてもしないけどね。
年末年始には、混雑するくらいの人が初詣をしに押し寄せる。花火大会と比べても遜色無いくらいにだ。その際には道中に屋台が並び、活気が溢れる。私も何度か来たことがあった。
まず、2人で参拝をする。願い事は叶わなくなるので言わない。更に奥へ進む。円山公園の敷地に入った。
円山公園は、花見でも有名な場所だ。その時期には多くの人がシートを敷いて新春の到来を祝福する。円山公園から清水寺までは繋がっていて、私達はそのまま向かう予定だ。歩いているだけで全身がリフレッシュしていく。こういう場所はいくら文明が進んでも残っていて欲しいと思う。
緩やかな坂を上って行く。一本の大きな木が現れた。見どころの1つである、枝垂桜だ。
正式名称は、「一重白彼岸枝垂桜」。桜が咲くとライトアップされ、幻想的な姿を見せてくれる。この辺りで結婚式用の写真を撮る人も多いらしい。ゆづに提案してみたら、「ええ場所やもんな。もしプロポーズされたら言ってみるわ」と答えた。
「ごめん、私ちょっとトイレ」
少しの間枝垂桜を見物していた。そこでゆづが言った。少し離れた場所にある公衆トイレに向かっていく。
「分かった。此処で待ってるな」
私は枝垂桜を眺めながら、待つことにした。
枝垂桜の周りには何名かの人が居た。カメラを構え、写真に収めようとしている。私も記念に携帯で撮影する。昔より、この良さが分かるようになった。私も少しは成長したのかもしれない。
「え」
その時、1人の男性が視界に入った。あれって……。
ネイビーのコート。斜め掛けのシュルダーバック。ブラウンのパンツ。それは、昨日トークショーで最後に握手した男性だった。
男性はカメラで枝垂桜を撮影している。私には気付いていない。私は昨日からずっと気に掛かっていた。あの人が本当に高梨さんなのかどうか。
今そこに居る男性が、昨日の方と同じ人物なのは間違いない。ただ、この現状においてもあの人が高梨さんなのかどうかは分からない。
でも私は確かめずには居られなかった。気が付けば私は男性に歩み寄っていた。後ろから、声を掛けていた。
「あの」
「――はい」
男性が振り向く。と同時に、男性の両眼が見開く。
「あの、人違いだったらすみません。昨日トークショーに来て下さってましたか?」
男性の目は見開いたまま停止している。
「あ、えっと、はい。行ってました。大阪の。
え、本物、ですか? モデルの、東條 まもりさん、ですか?」
「……はい」
男性は分かりやすく慌てふためく。
「えっと、昨日は本当にありがとうございましたっ。とても良かったです。とても可愛らしくて、元気を貰いました。ありがとうございます」
私達は、お互いに緊張していた。手紙のやり取りだけしていて、今初めて会った男女のように。
「こちらこそありがとうございます。もしかして良く来て下さってますか? 私のイベント」
「えっと、少し前くらいから。今回も凄く良かったので、また行きたいと思ってます」
私は体温が上がるのを感じた。やっぱりこの人は昨日の人と同じ人だった。あとはこの人が高梨さんかどうか。
「昨日、『コメント返して下さって』って言ってましたよね?」
「はい」
「よくコメントして下さるんですか。インスタグラムやユーチューブに」
「はい、お恥ずかしながら……。それで元気を貰ってます」
私は小さく息を飲む。
「もしかしてなんですけど、高梨 駿太郎さんですか? よくコメントして下さる方に、そういう名前の方が居て」
男性が硬直した。これはどっちだ。合っているからか、間違っているからか。
男性は少し目を伏せ、すぐに戻した。そして答える。
「はい。そうです。僕がその、高梨 駿太郎です」
私は耳まで熱くなる。
「そう、なんですね。あの、いつも応援ありがとうございます。私も元気を貰ってます」
「いや、そんな」
「あとその……、高梨さんの小説を読ませて貰いました。凄く良かったです」
「本当ですかっ!」
高梨さんが今日一番の声を出した。今度は私が硬まる番だった。
「いや、すいませんっ。いきなり大声を出して。
まさかまもりさんが僕の作品を読んで下さってるなんて、夢にも思わなかったものですからつい……」
高梨さんは照れているようだ。
「私なんてただの素人です。『水風船』も良かったですし、おばあちゃんの家に帰る『蛍火』も良かったです」
「恐縮です……」
私は高梨さんと話したいことが沢山あった。小説のこともそうだし、年齢や職業、生い立ちのことも。
私は作品に関する質問をしようとする。そこへ、
「真美~」
ゆづが帰って来た。
「あれ、何してんの」
私はやや焦燥する。
「あ、えっと。こちら私のファンの方。昨日のトークショーにも来て下さって、で此処でバッタリお会いして」
「へえ~。凄い偶然」
ゆづは状況が分かっていないので飄々としている。
「えっと、じゃあ、また」
変な空気になる前に、私が言う。高梨さんもそれを察知して、返してくる、
「あ、はい。これからも頑張って下さい。応援してます」
高梨さんはお辞儀して離れて行く。私とゆづで彼を見送る形になる。高梨さんが枝垂桜の向こう側に消えた後、油津が言った。
「えらい偶然やなあ」
と同時に、私達も歩き出した。高梨さんとは逆方向の清水寺に向けて。
「ホンマに。ビックリした」
「……なんか、アンタ緊張してない?」
「そりゃするよ。私今メッチャオフやったねんからっ」
正直な気持ちだった。
「そんなもんなん? 大変やなあ、芸能人って」
「そうやっ。誰だって意外な場所で意外な人に会うと動揺するやろっ。それやっ」
「それなんかあ」
「それやねんっ」
その場を離れてからも、私は当分の間昂っていた。ゆづが隣で話し続けていたが、あまり頭に入ってこない。清水寺界隈の情緒ある町並みも、味わい深いお茶屋にも、興味をそそられない。
ふと、途中で高梨さんのXを覗いた。すると10件くらい連続で投稿がされていた。
《奇跡! 奇跡が起きた!》
《この世に天使は実在した》
《明日からの仕事頑張れる》
《東京に帰ったら執筆頑張る。良い作品が書ける気がする。というか書ける気しかしない》
《また絶対会いに行きます》
などのつぶやきの後に、枝垂桜の画像が添付されていた。
私はそれを見て、可愛いと思った。相手は自分より断然年上(多分)なのに。
「ちょっと。何にやにやしてんの」
「え、別に何でもないよ」
ゆづが介入してくる。
「いや、確実ににやにやしとったで。キモ~」
「別にええやん。インスタでおもろい画像見てただけや」
「え、ちょっと見せてよ」
「ほら、これ」
私は保存している画像を見せた。関西人でお笑い好きなので、普段から面白い投稿を見つけては保存しているのだ。画像を見たゆづが、ぐわっはっはっ、と笑う。
「確かにこれはオモロい。ええセンスしとるわ。きっと関西人やろな」
「やろ。私もそう思う」
「やっぱお笑いは関西やで」
「あたぼうよっ」
その後私達は清水寺に行き、祇園で懐石料理を食べ解散した。ゆづのお陰で良い1日になった。勿論高梨さんと出会えたこともその要因の1つだ。
次の日は、家族と昼過ぎまで過ごした。実家でゆっくりして、夕方の新幹線に乗って帰った。
実家から東京に戻る時、毎回寂しくなる。やっぱり家族や地元の友人以上に居心地の良い場所は無い。私のことを誰より知っていて、誰より味方で居てくれる。そのことを毎回感じさせられる。
今回も寂しかったけど、いつもよりはマシだった。それは東京に戻っても私を応援してくれている人が居ると、そう思えるからだろう。
トークショーも大成功だったし、京都の街も良かった。新幹線の車内から撮った風景をSNSに乗せると、私は眠りに就いた。




