takanashisyuntaro
@takanashisyuntaroさんは、インスタグラムでも存在を確認することが出来た。結良と遊んだ時の投稿に、@takanashisyuntaroさんがコメントをしてくれていたからだ。
私はインスタグラムに一番力を注いでいる。主要なSNSの中で、フォロワー数が一番多い。だからコメント数が多くて全てに返信出来ていなかった。でも注意してよく見てみると、過去の投稿の大半に@takanashisyuntaroさんはコメントをしてくれていた。
いつも長文で、的を得た内容。言葉の節々に優しさと知性が垣間見える。何を言うかは知性を表すと言うし、文章には人柄が反映されるという。
――どんな人なのかな。
私は@takanashisyuntaroさんに興味を抱き始めていた。彼のアカウントに飛ぶ。
漢字だと、「高梨 駿太郎」。年齢は書いておらず、作家志望であるとのこと。自己紹介文の欄にそう書いてある。《作家を目指して日々奮闘中。短編小説を載せたり、お気に入りの作品を紹介します》。
プロフィール画像は、青空と木々の写真。誰もが見たことありそうな風景だ。フォロー数・269。フォロワー・234。よくある数値だと思う。
いつからか、フォロー・フォロワーの数で相手を判断する癖が付いてしまった。それが社会やビジネスの本質だと理解出来るのだが、同時に虚しくなったりもする。
フォロー・フォロワー数は自動で増加しない。どんな形にせよその裏に努力が隠されている。投稿頻度や内容、もしそれがサクラと呼ばれるアカウントを買い取る行為だとしても。
ただその反面、人の本質を見ようとしない自分が根付いているのが怖い。上辺だけで相手を判断する人間になりたくないという想いもある。中途半端で、やはり私は面倒くさい人間だ。
投稿数は121。これも多くも少なくも無い。
どうやら適当な頻度で更新しているようだが、そこまで本腰を入れフォロワーを伸ばすつもりは無いらしい。
投稿の割合は、半数が自作の短編小説。残りがお気に入りの作品のレビューと、僅かな割合で映画や音楽、はたまたプライベートな投稿だ。
私は、一番最近投稿してあった短編小説を覗いてみる。因みにこういう時は捨てアカを使用している。間違って「いいね」や「フォロー」をしてしまうと困るからだ。
小説のタイトルは、「水風船」。高校生カップルの話だった。
「凄い……」
読み終わった私の心は、たんぽぽの綿毛みたいに軽やかになっていた。文体や構成は素人の私には分からない。けれど高校生の頃の初々しさが上手に描かれていて、主人公の男の子の不器用さが応援したくなった。
とても、優しい文章だった。
すかさず私は他の短編も読んでいく。その中で高梨さんの文章には幾つかの共通点があることに気付いた。
恋愛であれ日常ものであれミステリーであれ、過激過ぎない結末になっている。殺人や不幸が訪れても、希望の残る最後になっていること。
作品には作家の人間性が表れるという。だとすれば高梨さんは、きっとそういう人なのだろう。
私は無性に本が読みたくなっていた。徐々に揃い始めた本棚に手を伸ばす。
どれでも良いような気がしたけれど、どれも違う気がした。どの本を選ぶのかと、人生の選択肢は似ている。莫大な量の選択肢があって、自分で試してみないと正解か分からない。あるいはやってみても。
私は、吸い込まれるように物語の中へ入って行った。




