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もう一度

 ゴールデンウィークが過ぎ、僕の精神とは相反する穏やかな日が続いている。



 僕は相変わらず納得する作品を書けないで居た。悪い意味で僕の日常は抑揚の無いままだった。



 彼女は良い意味で変わらず活躍している。番組で出会った彼との恋愛も、モデルを含む仕事も。SNSではよく彼との投稿が挙がっている。最近ではそれらを見ても何も感じなくなった。



 恐らく僕の脳が、彼女に彼が居るのがデフォルトだと認識するようになったからだろう。慣れとは恐ろしく、そして便利な機能だった。



 初めの方は、すぐに別れてくれればと願っていた。上手くいって欲しくなかった。でも今は、本質的な問題が彼女らに無いような気がしている。



 彼が居ようが居まいが、僕の気持ちは変わらない。し、居ようが居まいが僕が僕を誇れない現実は変わらない。



 だから変わるべきは自分であり、彼女らに何かを見出そうとしたり、責任を求めても意味が無い。



 たとえ彼女がどんな選択をしようと、それは彼女の自由だ。何より2人の関係を断ち切ったのは僕だ。彼女が何をしようと、僕が何か言える権利は無い。



 彼女が、幸せになれば良いと思う。いや、正直に言おう。まだハッキリとはそう言えない。



 やっぱり一緒になりたいと願ってしまうし、でも彼女には幸せになって欲しいとも願っている。



 今の僕には、このくらいの塩梅が限界のようだ。もっと潔く、男らしく、全てを振り切って、彼女の幸せだけを願えれば良いのだけど、僕はそこまで出来た人間じゃない。だからもう少し、時間が必要みたいだ。



 どのくらいの時間を要するのか、忘れられるのか、それは分からない。けれど少しずつ、地球と太陽が1年で近付く距離くらいの速度で、自分でも気付かない内に僕は彼女を忘れていくのだろう。



 そしていつか、そんなこともあったなあ、などと思い出す日が来る。それまで些かの辛抱だ。



 自分がその期間に在ることを、僕は認められるようになった。彼女のことを好きで居ながら、彼女が誰と居ても認められる自分。それが僕の現在の心の位置のようだ。今はこの自分で、自分を許したいと思う。



 僕が誰よりも、僕を認めてあげないと。かつて彼女が、何者でもない僕を認めてくれたように。



 ――――。






 気温が顕著に上昇し始め、薄着の人がちらほら見え始めた、ある日の夜。彼女がインスタライブを行うという。例の彼と一緒にだ。



 僕は初め、見るつもりが無かった。もう見なくても良い自分になっていたし、最近では彼にさえ愛着が湧き始めている。



 彼は彼女に上手く誘導されているみたいだけれど、本人は全然気付いていない。彼女には彼みたいな男性の方が合っていたのかもしれない。最近はそう思うようになってきた。



 少なくとも、彼女の事務所や山下氏の思い通りになるよりはマシだ。彼女や彼には何の恨みも無いけれど、事務所や山下氏には多少なりとも思うところがある。彼らの思惑通りになるくらいなら、不器用だけどちゃんと愛してくれる彼の隣に居て欲しい。 



 インスタライブを見たのは偶然だった。カフェで作業をしていて、21時で閉店となり、道端に放り出された。その時にたまたま彼女のページを覗いたのだ。



《皆さんこんばんは~》と、始まる。



 彼女の顔色は、一時期より格段に良くなった。きっと彼に愛されて、充実した毎日を送っているからだろう。寂しさはあるものの、それは僕が好きになった彼女に近かった。皮肉なものだった。



 画面の中の彼女は、よく笑った。隣に居る彼と共に。



 僕と一緒に居る時間はあまりに少なく、比較しづらい。けれど本当に楽しそうに笑うようになった。やっぱり彼女は彼と一緒になって正解だったのだ。



 どうか彼女を、そのまま笑顔で居させてあげて欲しい。彼に向かってそう願う。君が出来る限りで構わないから、と。



 インスタライブが始まって、1時間弱が過ぎる。そろそろ終わる頃合いだ。



 その時僕は、ふとコメントを送ってみようと思った。



 彼女はもう、僕のことなんて覚えていないかもしれない。メッセージにだって気付かないかもしれない。



 でも覚えていないならそれはそれで良いし、気付かなければそれもまた良しと思った。



 問題は、彼女がどうこうじゃなく、僕がちょっとずつ変化していて、またただのファンとして彼女を応援出来る、その方向に自分が進もうとしていることだろう。そう考えられる自分だったら、僕はまた僕を好きになれるかもしれない。



 そう考えてはみたものの、何を書けば良いか分からなかった。今さっき、「彼女が僕を覚えていないかも」と考えたのなら、適当に送れば良い。けれどそれは出来なかった。彼女が僕を覚えているという願望を、僕は捨て切れなかった。中途半端な男だ。



 結局僕は、頭に浮かんだことをやや装飾して文章にしてみる。



《まもりさんへ。



 僕は今も小説を書き続けています。諦め切れないんです。



 そしていつか、まもりさんに読んで貰いたいです。



 今もずっと、応援しています》



 こんなものだろうか。違うかもしれない。



 いや、もういい。このメッセージではどうせ何も変わらない。と、送信ボタンを押す。



 画面を見る。彼女が笑っている。彼が笑っている。



「え?」



 そこで、笑っていた彼女の表情が、止まった。



 画面を見つめたまま彼女が停止する。大きな瞳が、みるみる内に潤んでいく。



「……まもり、さん」



 彼女が、涙を流していた。《ごめん、ごめん》と彼に言う。顔を隠す。



《え。どうしたの。まもり? まもり?》



 彼の動揺した声。



 数分くらいその状態が続いただろうか。僕の眼からも涙が零れていた。



 ようやく画面に向き直った彼女の目は赤い。一向に止まらない涙と鼻水。無理矢理作った笑顔で、こう言う。



《諦めないで下さい。貴方が持つ夢を、諦めないで下さい》



「――――っ」



 男らしくなくて、申し訳ない。



 言っていることがコロコロと変わって、申し訳ない。



 前言を撤回させて貰って、構わないだろうか?



 彼女がどうこうじゃないなんて、嘘だ。



 誰かと一緒に居ても良いなんて、嘘だ。



 彼女には、僕の傍に居て欲しい。誰かの隣になんて居て欲しくない。僕だけの君で居て欲しい。



 小説家も、彼女も、何一つ諦められてなんかない。



 これしか無い。僕にはこれしか無いのだ。



 だからもう少し、粘らせて貰いたい。見苦しくて申し訳ない。



 粘ったところで成功するとは限らない。そんな甘い世界じゃない。



 分かっている。分かっている。でも。








 小説を書けと、僕の魂が、叫んでいるのだ。







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