デート(彼目線)
年が明けた。昨年は、3作品を賞に応募した。
結果は予選落ちが1つと、1次通過が1つ。もう1作は結果待ちだが、己の主観で最も自信が無い作品だ。期待値は低い。
また1年が過ぎた。昨年と同じ想いを抱いている自分が居る。どうして自分の作品は通らないのか。認めて貰えないのか。何が足りないのか。
自分なりに答えは出しているつもりだ。知識が足りない。読んできた作品の数が足りない。発想が足りない。表現が足りない。足りない。足りない。足りない。
弱点を克服しつつ、物語を創作する。でも受賞しない。何故。人の心を動かす作品と、自分の作品との違いは、一体何なのか。
もし小さな賞であったとしても、落選すれば落ち込む。頭を掻きむしりたくなって、人格を否定されたような気になる。その苦痛を乗り越え、また立ち上がる。そのような工程を、僕は今まで何度繰り返してきて、これから何度味わうのか?
今年は何かを変えなければ。そう思い立ち、ただ書いて応募するだけのルーティンを変えてみる。まずは小説サイトへの投稿。SNSよりアナログな手法ではあるが、長編・本格的な作品を載せるならこちらだ。SNSには長編は載せられないし、短編やライトノベル要素の強い作品が多い。現在の傾向として軽くて読みやすい作品が売れているのは確かだが。
他には読書会への参加。作家志望の人達との交流。思い付くことは何でも試みる。
今年中には何らかの結果を。そう決意する1年の始まりだった。
夏になった。今年は既に2作品を応募している。
3月と5月に1作品ずつ。2か月で長編は書けないので平行して書いていた。どちらも人気作家を多く輩出している賞だ。今年はあと1作、秋に応募する予定だ。
まもりさんとの関係は、円満だった。
京都で会い、まもりさんが僕という存在を認識してくれていることが分かった。あれ以来、僕はまもりさんとの繋がりをより強く感じている。僕が送るコメントにはほぼ毎回返信をくれるので、歓喜せずには居られなかった。
そしてまたまもりさんと会う機会があった。イベントなので、長時間は話せない。僅か10秒程度だ。
でもその10秒が、僕にとって大きな活力となる。お互い素とまではいかないが会う度に打ち解けている感触があり、縮めたくても縮め切れないそのたどたどしさが、却って心を揺さぶる。
本格的な夏に入る前には、喜ばしい報告があった。まもりさんの連続ドラマ出演が決まったのだ。
地上波にとうとうまもりさんが登場する。ファンとしては1つの関門を突破した気持ちだった。民放のテレビに出演するというのは、人気や実力が認められた証だからだ。
「まもりさん、おめでとう。おめでとう」
まもりさんがどんどん世に出て行くのは嬉しい。だが。
「――俺も頑張らないとな」
反面、その事実は僕にプレッシャーをもたらしてもいた。
小説家デビューして距離を縮めたい僕と、どこまでも広い世界へ羽ばたいていく彼女。2人の距離は乖離し続けていて、縮まる気配が無い。
そんな比較などせず、彼女の幸福だけを素直に喜べない自分が嫌だった。最初から身の丈に合わない恋だというのに。僕は、器の小さい人間だった。
夏ドラマの撮影が始まると、まもりさんの投稿が減少していく。僕は自分のいやしさが伝わってしまったのかと焦った。そんな訳無いのに。
どんな理由にせよ、まもりさんからの発信が減るのは寂しかった。自分が忘れられているように思えたからだ。
彼女は慣れない現場で毎日頑張っている。それなのに僕は、そんな風に捉えてしまう。そんな自分をまた嫌いになりそうになる。
以降、僕がコメントをしても返ってこなかったり、返信に長い時間が掛かるようになった。すると僕もすぐに反応しないようになる。子供じみているとは分かっていたが、そうしてしまう。それは僕から彼女への、過度な期待があったからだろう。
それでも応援は続けた。良い時があれば悪い時もある。それは恋愛でも仕事でも、何だってそうだろう。自分にそう言い聞かせて。
ドラマの反響は思った以上に大きかった。東條 まもりはドラマ開始と同時に世間に発見され、すぐにトレンドとなった。ドラマのヒロインと比べても彼女は際立っていた。肌にツヤがあり、演技に瑞々しさがある。東條 まもりがそれだけの器のタレントなのだと、改めて思い知らされる。
それに伴い、僕の焦りは加速する。何とかしなければ。このままだと彼女との距離は広がる一方だ。やれ。やれ。やれ。
秋になった。彼女が全国区の存在になってから、初めてのポップアップが開催される。
場所は新宿。僕の勤務地からは目と鼻の先だ。僕は、足を運ぼうかどうか迷っていた。
僕は彼女のイベントにほぼ毎回出席している恥じらいがあり、また、全国区になった彼女が僕のことなど忘れてしまったのではないかと思っていたからだ。しょうもない自意識とへそ曲がりが、僕の判断を鈍らせていた。
初日・2日目と様子を見た。どうやらイベントの反応は上々のようだった。
やっぱり僕は、今回は行かないでおこうと考えていた。最終日の、前夜までは。
その気持ちが覆ったのは彼女の1つの投稿だった。最終日の17時前。
《少しでも良いから会いたいです。会いに来て下さい》
思い上がりにも、僕の脳はそれが自分宛てだと捉えた。なんと単純でバカな男なのか。
僕は会いに行くと決めた。他の悩みや葛藤は吹き飛んで、ただ会いたい気持ちが全てを凌駕した。僕は一目散に彼女の元へと向かった。
僕は駆ける。その呟きは、決して僕に対するものでは無かっただろう。彼女にとって今回のイベントは時間や労力を注ぎ込んだ結晶であり、1人でも多くのファンに届けたい愛だった。だから僕が行って、ちゃんと届いているよと、伝わっているよと思わせてあげたかった。僕に出来るのは、そのくらいだったから。
「大丈夫ですかっ」
僕を見た彼女は驚いていた。それはそうだろう。僕はずぶ濡れだった。帰宅途中で無理矢理行き先を変えて来ていた。
馬鹿だった。こんなに濡れていたら迷惑になってしまうのに。配慮が足りなかった。
そこで再び奇跡が舞い降りた。奇跡中の奇跡だ。一生分の運を使い果たしてしまったかもしれない。
彼女が僕に、暗に京都で会おうと言って来たのだ。
信じられなかった。僕はこのまま死ぬんじゃないかと思った。
だってそんなこと信じられるだろうか? 再三になるけれど、僕はただの一般人で、彼女は今や時の人だ。今一番ホットなタレントと言っていい。その彼女がまさか。でも事実だった。僕は彼女と、京都で会う約束をしたのである。
その日まで、僕は今まで以上に熱を込めて執筆に取り組んだ。彼女に会う時に少しでも誇れるような自分で居れるように。作品を書くことくらいしか、僕の存在価値は無かっただろうから。
正直、当日会うまでは疑心暗鬼だった。彼女が嘘を吐いている可能性があると思っていたからだ。はたまた自分の勘違いだったか。
そう思う準備をしておかないと、結果が出た時が怖かった。もし彼女に裏切られれば僕は人間不信に陥ってしまう。自分の精神を守る為の、予防線を張っていた。
でも東條 まもりは本当にやって来た。京都に。僕に会いに。僕の全てが、肯定された瞬間だった。
「いやいやっ。僕は無いでしょう。僕は真反対の人間です。そういうまもりさんが実は……?」
「無いです無いですっ。……え、そんな不良感出てますか?」
その1日、いや実際には3時間足らずだったが、夢のような時間だった。
あの東條 まもりと並んで歩いている。たった2人で。撮影でもなんでもなく。
こうして居ると、ただの男女と変わらないと思えた。彼女はよく笑い、よく喋り、時々おどけて僕をいじってみせた。
僕は思った。彼女ずっと、こんな関係になりたかったのだと。
幸せな時間はあっという間に過ぎた。彼女の待ち合わせ時間が迫っていて、僕達は慌てて別れた。最後はスマートじゃなかったが、そんなこと気にならないくらい幸せだった。
ただ1つ後悔があるとすれば、連絡先を聞き忘れたことだった。彼女を集合時間に間に合わせようと考える余り、失念してしまった。
川床から鴨川を見下ろす。爽快な眺めが僕を包む。
鴨川に架かる四条大橋。その上を走る、彼女を見つける。
転ばないように気を付けて。そう思うと同時に、そのまま何処までも突き進んで欲しいと、願っていた。




