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決意

 秋になった。またまもりさんと、会う機会が訪れる。大阪で開催されるトークショーだ。


 僕は即断する。会いに行くしかない。


 場所が大阪ということで、自分の中では遠出だった。僕は元来アクティブな方では無いし、他の予定だったら中止してしまっていただろう。でも今回は中止しなかった。大阪くらいなら許容範囲だと即断した。


 まもりさんの出身地である京都も近い。一ファンとして彼女がどんな所で生まれ育ったのか、見てみたい気持ちもあった。


 僕はトークショーの前日に前乗りし、大阪の夜を楽しむ。と言っても、水商売のお店には行かない。適当に歩いて発見した居酒屋に入り、その店の店主と話す。大阪のおじさんは本当によく喋る。それともただ僕が、話しやすい相手だっただけかもしれないが。


 ホテルはビジネスマンがよく利用する、1万円以下の所にした。壁が薄くて隣の音が聞こえやすいのが難点だったが仕方無い。お風呂に入った後は、ネットフリックスを見た。まもりさんが最近嵌まっているという韓国ドラマだ。


 僕は元々韓国にも興味が無かった。全くと言っていいほど無趣味な男だったのだ。


 でも今は夢中になって見ている。そういうことが、彼女と出会ってから沢山あった。こうして大阪まで来ていることもそうだし、美容や神社仏閣についてもそうだ。彼女を追い掛けることで、僕の世界は広がっていた。


 僕は小説に専念することが何より大事で、それが成功する秘訣だと、今までずっと思い込んでいた。けれどそうじゃないのかもしれない。色んな場所に行って、多くの人と接し、新たな出会いをする。それが僕という人間に新たな価値観や知識、経験を与え、人々を驚嘆させるような作品を生むことに繋がるのではないか。そう考えるようになった。


 彼女との出会いが、僕を成長させていた。


 翌日。僕はまもりさんと再会を果たす。ファンからの質問に答えている彼女を、僕は座席から見守る。


 質問は、恋愛に関するものが多かった。彼女のファンは若年層の女性が多く、その傾向は必然だったと言える。初めて付き合ったのは? 失恋した時どうしてますか? 復縁するのはアリですか? どうやって出会いを探せば良いですか?


 僕は質問しなかったけど、聞いてくれるファンの子達に感謝していた。彼女の好みを知れれば、彼女の理想の男に近付ける。――――?


「私の場合はなんだけどね、」と質問に答える彼女を見ながら、僕は気が付いてしまう。


 僕は、まもりさんと恋愛関係になりたいと思っているのか? 


 咄嗟に壇上の彼女から目を背ける。自分が恥ずかしかった。


 僕は何を考えているのだ。身分違いも甚だしい。なんとおこがましいことを考えているのだ。


 彼女は溌溂と喋り続ける。


 僕は僕に言い聞かせる。コメントがよく返ってくる? それは彼女のファンを大切にする性格がそうしているだけだ。それなのに何を求めている。


 ――お前は、そんな人間じゃないだろう?


 僕は1人、苦笑いした。




 トークショーの終わりがやって来る。ファンは整列し、順番にまもりさんと最後の握手を楽しむ。


 僕はパン屋で会った時より緊張していた。それは自分を覚えてくれているかもしれないという、淡い期待があったからだ。


 待っている時間は、長くもあり短くもあった。早く順番が来て欲しいような、でも永遠に来て欲しくないような。


 自分でも判然としないまま、出番が回ってきた。


「いつも、見てます。コメントも返して下さってありがとうございます」


 僕はつい言ってしまっていた。自分が誰なのか、明かさないつもりでいたのに。それは僕の欲が溢れ出てしまった結果だった。


 僕は元々欲が浅い方だ。自己顕示欲が弱く、自己主張が苦手だ。解答が分かっていても授業中に手を挙げなかったし、何かの活動でリーダー役を決める時はいつも回避した。


 その自分が、無意識に欲を表に出したことに驚いていた。自分にも、何かを手に入れようとする積極性があったのだ。


 僕の言葉を聞いたまもりさんは、ぽかんとしていた。


 この人は何を言っているんだろう。彼女の脳が話せるなら、そう口にしていたに違いない。


 ああ、馬鹿なことをした。と、僕はすぐに後悔する。


「ありがとうございました」


 その場から逃げるように立ち去る。あんなこと言わなければ良かった。どうして言ってしまったのか。そんな心情だった僕の背中に、声が飛んできた。


「また来て下さいねっ」


 僕は思わず立ち止まる。


「良かったらまた来て下さい」


 ゆっくり、振り向く。全身が震えていた。彼女は間違いなく僕に向かって言っている。


「はい」と、自分がちゃんと発音出来ていたか定かではない。それよりも「また来て下さい」と言って貰えた事実だけが、脳内を埋め尽くしている。


 来て良いのだ。また次も。


 まもりさんが僕を知っていたかは分からない。けれど来て下さいと言って貰えた。それだけで充分だった。


 彼女のお陰で僕は前向きになった。毎日に活気が生まれた。それだけで充分じゃないか。これ以上何を望むと言うのか。


 受け取るだけ受け取って、自分は何も提供出来ていないのに――。


 彼女の応援だけしていろ。心の中の卑屈な僕がそう言うのを、僕は黙って受け入れた。




 翌日、奇跡が起こった。まもりさんと偶然出くわしたのだ。


 円山公園内にある枝垂桜。見事な佇まいと風景に、僕は心を奪われていた。その背後から声を掛けられた。


「あの」


「はい」と答えながら僕はその声を聞き覚いたことがあると感じていた。それもつい最近聞いたばかり。振り返ったそこには、東條 まもりが立っていた。


「あの、人違いだったらすみません。昨日トークショーに来て下さってましたか?」


 動揺する。彼女は僕のことを覚えていた。


「あ、えっと、はい。行きました。大阪の。


 え、本物、ですか? モデルの、東條 まもりさん、ですか?」


「……はい」


 脳内が掻き乱れる。


「えっと、昨日は本当にありがとうございましたっ。とても良かったです。とても可愛らしくて、元気を貰いました。ありがとうございます」


 何を言えば良いか分からず、僕は彼女を褒め称える。僕の脳内はこの瞬間に大量の情報を解析していた。何故東條 まもりが此処に? ああ、そうか。京都は彼女の故郷なのだから居たとしても何ら不思議ではないのだ。昨日の仕事を終えて帰省して来たのだろう。いや、それより何故僕に声を掛けて来たのだ? 違う違う、それは彼女が言っていた。僕のことを覚えていたからだと。え、僕のことを覚えていた? 僕のことを覚えていた? 僕のことを覚えていた? 


「もしかしてなんですけど、高梨 駿太郎さんですか? よくコメントして下さる方に、そういう名前の方が居て」


 僕は、心臓が止まりそうになった。いや、数秒間は止まっていただろう。


 まもりさんが、僕のことを認識してくれていた。繋がっているという感覚は間違いじゃなかった。更に驚いたことに、まもりさんは僕の小説も読んでくれたと言う。信じられない! その上「作品が良かった」と褒めてくれている。小説家を目指す者としてこれ以上ない喜びだ。小説を書いていて良かった。


 それから一言二言言葉を交わしたところで、まもりさんの友人がやって来る。会話が断ち切られてしまう。もっとこうして居たかったのに。


「じゃあ」と僕は背を向ける。それ以外の選択肢が無かった。


 こんな機会はもう無いだろう。だからもっして話していたかった。だが僕にはそんなことを言う資格は無い。僕はこの世界に五万と居る一般人で、彼女と釣り合わない人間だからだ。少しでも会話出来たことを喜ぶべきだった。


 僕は不格好にもそのまま立ち去る。余裕があれば振り返ったり彼女を見送れたのだろうけど、あまりの衝撃にそれすら出来なかった。


「間違ったかな……」


 きっと彼女には、不愛想な男に映っただろう。自分のファンであるにも関わらず、さっさとその場を離れる男が。


 でも。と、気持ちを切り替える。間違いなく良い出来事だった。プライベートの彼女と出会えて、その上個人的に認知されていたことを知れた。更に更に、僕の書く小説が好きだと言ってくれた。


 僕は考えていた。この先どうすべきかを。すると自ずと答えは、1つの解に辿り着いた。


 それは、僕が立派な小説家になることだった。


 それが全ての未来に繋がる。自分の思い描いている理想の自分。彼女の横に立つに相応しい人間であること。収入・世間体・自尊心。全ての希望を満たせるのは、それしか方法が無い。


「やってやる。絶対に」


 答えがそう纏まると、幾ら時間があっても足りないような気がしてきた。僕がこうして旅行している最中もライバル達はキーボードを叩いている。


 こうしては居られない。


 僕は旅先であるにも関わらず、チェーン店のカフェに入った。窓際の席に着くと、パソコンを稼働させた。人目も憚らず、自らの物語の中へ没入していった。


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