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出会い

 映像の中の彼女が全て真実とは限らない。けれど僕は彼女の人間性に尊敬を抱いていた。


 まず彼女は、非常にストイックだった。女性として戦う為に美容に拘り、ジムで肉体を鍛え、読書で知識を蓄え、SNSを頻繁に更新する。これらを継続することは想像以上に難しい。大抵の人は数か月もてば良い方だろう。


 彼女の努力は寄せられたコメントの返信という形でも反映されていた。


 全てにでは無いし、基本アンチには反応しない。それでも大多数に返信し、ファンとの繋がりを大切にしている。彼女は小さな積み重ねを何年も続けていた。


「僕が送ったらどうなるだろう……」


僕は、一度コメントをしてみようと思った。


 初めは確か彼女のぼっち動画だった。


 彼女が1人で都内の神社を訪れる動画。セルカ棒を手に1人で撮影している。


 彼女は境内を練り歩き、おみくじを引き、参拝をして、最後は近くの公園のベンチに座っていた。彼女の話し相手は鳩だけだった。華々しく活躍する彼女とは正反対の姿がそこにあった。


 僕はコメントを考えた。神社が好きなのだろうか。そう言えば出身地は京都だった。都内にも沢山神社仏閣はある。勧めてみようか。


《湯島天満宮には行ったことありますか? 東大の近くです。雰囲気があって良いですよ》


 初めは送信するのを躊躇った。僕はこういった行為が初めてだった。ラジオにも送ったことが無い。


 最後は「まあ返信は来ないだろう」と言い聞かせ、ボタンを押した。そうやって心の中で予防線を張るのが僕だった。僕は臆病な人間だった。


「え、返信が来てるっ」


 彼女から返信来たのは、メッセージを送った翌日だった。


 絶対に返って来ないと踏んでいた僕は、妙に高揚した。僕みたいな新規じゃなく古参を重視すると思っていたからだ。


《コメントありがとうございます! 調べてみたら凄く素敵な場所でした。是非今度行ってみたいと思います》


 彼女と僕が、初めて繋がった瞬間だった。


 彼女からしてみれば、それは多数ある内の一通に過ぎなかっただろう。僕のコメントに反応したのは気まぐれで、深い意味は無い。それは分かっていたが僕は喜びを感じずに居られなかった。それは当時僕が、誰とも繋がっていなかったことも関係していただろう。


 僕は20代後半で1人を暮らしを始めた。それからかれこれ5年が経っている。その間に、交際した女性は居た。だがどれも長くは続かなかった。3か月と9カ月。あと1人は数日だけの、学生同士の付き合いみたいなものだった。


 友人の多くは、結婚して家庭を築いていた。気軽に会える間柄の者は殆ど居ない。だからといって、会社の同僚と連絡を取る気にはならなかった。休みの日に仕事を連想させるものに触れたくなかったからだ。


 そんな僕の唯一の関りと言えば、家族だ。母親からは2週間に一度くらいの頻度でメッセージが来る。昔は何も感じていなかったが、この歳になってその有難みを理解するようになった。継続して自分のことを考えてくれる相手というのは、人生で早々見つからない。家族は無条件で繋がっていられる唯一の相手なのだ。


 ただ、それだけで満たされないのも事実だった。


 人は傲慢なので、最初から手にしているものに価値を見出せない。だから僕は、家族以外の誰かに、自身の存在を認めて貰いたかったのだと思う。




 コメントしていく内に、よく返信が来るようになった。そう感じ始めたのはし始めてから半年くらい経ってからだった。


 それまでは4通に一度、運が良ければ3通に一度くらいで、それが2通に一度になり、最近ではほぼ毎回来ている。


 僕は一層彼女のことを考えるようになった。


 彼女はこまめにSNSを更新する。ほぼ毎日1回は、いずれかの媒体で発信する。僕は出来るだけ多くに反応した。彼女に僕の存在を認めて貰いたかったし、繋がっていたかった。こんなに多くの人に求められている彼女が、僕なんかに気付いて反応してくれる。それが嬉しかった。


「書く、書く、書く、書く。絶対いける。絶対受賞出来る」


 彼女との繋がりは、創作意欲にも繋がった。


 執筆の速度とクオリティが上昇する。思い掛けない展開が流星のように降り注いで、筆が滑らかに進む。


 自信が漲ってくる。いつか作家デビュー出来ると、根拠も無く信じられるようになっていた。


 ここだけの話、受賞している作品で「何が面白いのか?」と感じる作品はある。これだったら自分の作品の方が絶対に面白い、この作品が受賞するなら確実に受賞出来る、と何度も夢想した。


 1つの作品を書き終えると、すぐに次作を書き始めた。自分の中に次々とアイディアが生まれ、幾らでも書ける気がした。今後何十年だって書いていけると感じていた。 


 いつしか僕は、実物の彼女に会いたいと思うようになった。やがて僕は、彼女と触れ合えるイベントに足を運ぶようになった。


「ありがとうございました! 良かったらまた来て下さい」


「はい、また来ます……」


 僕は彼女と会っても、自分が誰だかを打ち明けなかった。


 こちらが繋がっていると感じていても、彼女は自分なんかを認知していない。僕は何十万人も居る彼女のファンの内の、1人に過ぎなかった。


 それに自ら名乗って知られていなければ、多少なりとも傷付く。今の僕の人生で唯一誇れるのは、彼女との繋がりだけだった。それがただの幻想だったと気付いてしまうくらいなら、繋がっていると思っていたかった。


 二度目に僕が彼女に会いに行ったのは、猛暑が続く夏の日だった。


 地球温暖化が進んできたのだろう、その年は例年以上に気温が高かった。猛暑日は最早普通で、東京でも酷暑日が何度か観測されていた。


 暑いのは好きじゃないが、僕は夏が好きだった。夏はイベントが沢山ある。海に夏祭りに花火大会、かき氷。彼女は夏じゃなく冬が好きだと知って少し落ち込んだのは、僕だけの秘密である。


 その日僕は東京で人気のパン屋に出向いた。彼女とコラボした商品が発売される、イベントの日だった。


 彼女は母子家庭で育ったこともあり、料理が得意だ。生い立ちは質素で、だから人々の共感を得る嗅覚が鋭い。それは普段の振る舞いや言動で分かっていた。


 僕は、何も知らない振りをしてパン屋を訪れた。正直に言うと彼女のファンだと言うのが恥ずかしかった。それは間違っても彼女のせいでは無い。僕が彼女のファン層から離れていて、世間体を気にしただけだ。彼女に一切非は無い。


 パン屋の場所は恵比寿だった。駅前にある、OLや女子大生に人気のお店だ。パン屋だというのに、店先に群衆が溢れていた。大多数が若い女性で、残りがOLと女性達の彼氏、あとはスーツを着たサラリーマンがちらほら。自分と同じような人は、殆ど居なかった。


 僕は何食わぬ顔をして店内に入る。今日此処でイベントがあることなど、つゆ程も知らなかったように。  


 ――あ。


 店内に入り、僕はすぐに彼女を見つけた。


 彼女は奥に仮説されたスペースでパン屋の恰好をしている。白いシャツに黒のスラックス、頭と胸にはベージュのキャップとエプロン。それがとても似合っていて、僕は頬が緩みそうになるのを必死で堪えた。


 僕はパンを選ぶ振りをしながら、ファンと触れ合う彼女を盗み見る。彼女は笑顔で会話に興じている。その笑顔が眩しい。


 その姿を見て、僕は少し安堵した。何故なら少し前の動画で、彼女は仕事に対する愚痴を溢していたからだ。動画の中で彼女は、「もう疲れた。何もする気が起きない。やってらんない」と言っていた。芸能人と呼ばれる人のそんな姿を見るのが初めてで、僕は彼女に深く共感してしまった。


 商品を持って、彼女の前に立つ。実物の彼女は小さかった。顔は掌くらいしか無く、背は僕の胸くらいまでしか無い。なのにその風貌に圧倒される。


「初めまして。あの、私のことってご存じですか」


「ああ。えっと、名前だけは。今日この店でイベントだったんですね」


 僕が言った瞬間に彼女はくしゃっとした笑顔を作る。思わず心臓が高鳴った。もしこの笑顔が作りものだとしても、大概の男は虜になってしまうだろう。


「そうなんですっ。これからお仕事ですか」


「はい」


「じゃあ美味しいパンを食べて、お仕事頑張って下さい」


「ありがとうございます」


 彼女と握手を交わす。その手は小さかった。パンの感触より何より、それが一番印象的だった。


 買い物を終えた僕は、店を出る。外にはまだファンが多く残っている。


 僕はファンの子達に紛れ、店内を見る。中では彼女がファンとの交流を続けていた。


 その時、彼女の視線が僕を捉えた。彼女は笑みを浮かべて会釈する。


 僕も返す。次の瞬間には、彼女の視線は目の前のファンに戻っていた。


《次は~、下北沢、下北沢です》


 他に予定が無かった僕は、電車に乗って自宅を目指す。席は空いていたけど、立って居たい気分だった。車窓から、東京の景色を見下ろす。


 実物の彼女は可愛かった。小さかった。低姿勢だった。


 ほんの僅かな時間だったけど、現実の彼女と触れ合えた。そのことが僕の心をとても温かくしていた。


 多くの人は、それ自体に意味は無いと言うだろう。他人の応援など自身に何ももたらさない。そう有名人の誰かが言っていた。他人に己の価値を見出すのではなく、己が他人に価値を与えられるようになれと。


 でも僕は、何の取り柄も無く、平均的な収入で、結婚もしていない何処にでも居る男だ。その男が、今をときめく女の子と触れ合えた。それは僕にとっては、意味のある出来事だった。何に意味があって意味が無いのかは、本人にしか分からないと思う。僕は今日ハッキリ、そう感じていた。

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