彼
小説が書けなくなった。
1日当たりに書く文字数が徐々に減っていった。元は1万文字前後だったのが、8000になり、5000になり、3000になり、1文字も書かない日が生まれた。
文字数の減少はクオリティに繋がった。
デビューすらしていない作家志望が言うのもなんだが、順調な時は自分の作品が抜群に面白いと思える。伝えたいことを適切に表現出来ていて、登場人物に感情と命が宿っている。
最近はずっと好調だった。1年に何作も賞に応募し、自分の主観だが技術の向上を感じていた。応募した作品は1次で落ちてしまうこともあったが、2次に進む場合もあって、このまま行けばいずれ作家デビュー出来ると思えていた。
それなのに――。
原因は幾つか考えられた。落選が続いたことによる自信の喪失。それに伴い路線変更を図ったがしっくりこない。3人称から1人称へ。社会派、SFを経て純文学・ヒューマンドラマへ。
この数か月で、複数の作品を書こうとした。外国人労働者と入管について。近未来でメタバースが普及した世界と、その際の世界経済。中国に侵攻された場合の台湾と、それに付随した日本の情勢。関西弁が標準語になった場合の日本――。
書き始める前は、どれもが今書くべき作品に思えた。世間に衝撃を与えられる、必ず受賞する作品になると奮起していた。
けれど書いている内に、モチベーションが低下してしまう。作品に入り込めなくなって、何が面白いのか分からなくなる。文字数が減り、展開が広がらなくなり、最後には書けなくなる。
最初の30ページくらいは何とか書くのだが、それ以降が続かない。その物語を通したドラマを思い描けず、読者への問題提議が無理だと断念する癖が着いてしまっている。
いつしか書くのが、苦痛になっていた。
他の理由も考えられる。というより、本当はそっちの方が大きな影響を及ぼしていると分かっている。自分ではそう思いたくなかっただけだ――。
僕が彼女を知ったのは、ただの偶然だった。僕はただの会社員で、会社の中ではエリートでも落ちこぼれでもなくて。何処にでも居る人間の1人だった。
当時、僕は30歳だった。30歳にもなれば、勝ち組と負け組は大方分類されてしまっている。出世して、家庭を築き、人によっては経営者になって経済を動かす勝ち組。一方負け組は、低い給料で働き、結婚しておらず、社会的な影響力を持っていない。僕は負け組の人間だった。
一番の問題は、僕自身がその状況をあまり悔しく思っていないことだった。両親も庶民だったからか、あるいは僕の人生の中で成功体験が少な過ぎたからか。とにかく僕は置かれた現状に反骨神を抱いていなかった。向上心が弱かった。
嫉妬や対抗心、虚栄心や執着は、一般的に良くない感情とされる。しかしそれらの感情は、場合によっては大きな原動力となる。僕という人間は、それらの感情が乏しかった。
いや、そうなるように生きて来た節はある。幼い頃はそれらの感情をちゃんと抱いていて、でも成長と共に悪いものだと決め付け、自分から発生しないように、排除するように自分をコントロールしてきた。
全ては表裏一体で、落とし込み方によっては有益なものになるとは、知らなかった。し、誰も教えてくれなかった。あるいは僕が出会って来た人達は、未だにそれらが悪質なものでしかないと認識しているかもしれない。嫉妬や虚栄心などをコントロールする、という思考が無い人も沢山居るだろう。
30を過ぎてもうだつが上がらないない僕だったが、1つだけ夢があった。小説家だ。
僕は幼少期からこれといって得意なことが無かった。スポーツは苦手で、勉強は中の上程度。秀でた特技は無く、人間性は平凡。強烈な発言力があるわけでも、柔軟な適応能力や豊富な知識があるわけでも無かった。
そんな僕が好きだったのが、読書だ。小説の世界は自由で制限が無い。いかなる世界も創造可能だ。自分が思い描くものを、何にも縛られずに表現出来る。理想の自分と理想の世界に居られるのだ。
最初はただ楽しかった。思うがままに物語を紡ぐ。好きなように物語を描く。でもそれだけでは書けなくなったのは、いつまで経っても声が掛からなかったからだった。
やがて僕は、受賞する為の作品を書くようになった。それぞれの賞の過去の受賞作と傾向を調べ、選考員の作品を読み、それに応じて自らの物語を決定した。そんな打算的な物語は、誰の胸にも刺さらなかった。
僕は苦悩していた。どうすれば人の心に刺さる作品が書けるのか。賞を受賞する作品と何が違うのか。流行は追った方が良いのか、己の道を進むべきなのか。テーマは? 文体は? 時代は? 年齢は? 伝えたいことは?――――。
そんな僕の前に、彼女が現れた。
彼女は僕の1回り近く年下だった。優れた美貌を持ち、大勢の人から必要とされている。フィルターを通して見る彼女はキラキラと輝いていた。僕とは住む世界が違っていた。
いつ・何処が最初だったかは覚えていない。それがテレビだったか、SNSだったか、あるいは雑誌だったか。
とにかく僕は彼女に傾倒していくようになる。彼女は僕の世界の中心になった。
彼女に対する印象。それは正直、初めは良くなかった。偽ってる感があるなあ、とさえ思っていた。
SNS上に映し出される彼女は、洗練された美を、あらゆる角度から、様々なシチュエーションで放っていた。自宅のリビングで、街中のSNS映えスポットで、夜景が広がるホテルの一室で、色鮮やかなの花畑の中で。それが僕には胡散臭く感じられた。
完璧に設計された映像は、強固な自信と緻密なセルフプロデュースの賜物だ。いかに己が「女性」という枠組みの中で優秀かを誇示していた。今なら分かるのだが、それらは努力だった。古くから女性の世界に根付いている「美」の闘争における勝者だったのである。
「美」という観点は、女性の世界では男の何倍も重要視される。「力」で劣る女性は権力者に「美」を持って接近した。知識が無くても、素養が無くても、「美」さえあれば重宝され、成り上がることが出来た。
その価値観は現代でも変わっていない。より優れた「美」を持つ者は強者。そしてその「美」を生成する過程が、現代では世の女性から称賛されるのだ。
すなわちSNSに映る彼女は、努力の賜物に他ならない。世の女性はその真価と過程に気付いているからこそ、彼女に敬意を払う。でも「男」である僕にはその本質が見えていなかった。だから創り出された美しさを、偽りだと否定しようとした。
嫌なもの見たさで関心を持った僕だったが、彼女を知っていく段階で自分が間違っていたことに気付かされる。
彼女はユーチューブをしていた。ユーチューブ上の彼女は、とても人間味に溢れていた。仕事の愚痴を言い、悩みを打ち明け、弱みを見せる。時には涙を流す。
勿論それすら自分をカスタムしている可能性はあった。でも涙まで流されると、ついつい信じてしまうのが悲しい男の性だ。
僕はとうとう彼女に嵌まってしまった。人生で初めて、「推し」というものが出来た瞬間だった。




