別れ
「お邪魔しまあす」
「いらっしゃあい」
番組終了から2か月が経った。
凍也とは定期的に会うようにしている。それは人気の為でも私個人の為でもある。
ファンは私達が2人で居ると喜んでくれるし、私個人としても誰かと一緒に居る方が良い。そこに高梨さんへの対抗意識が全くないとは言い切れない。いや正直に話すなら、まだあった。
私と凍也を見て、ジェラシーを感じてはいないか。悔しがってはいないか。だから最近は、お互いの家を行き来して動画を撮影している。ユーチューブにデート風景を載せ、2人で料理する所もアップした。今後は旅行の動画も載せるつもりだ。まだ言っていないけど、私を溺愛している凍也は承諾するだろう。
今日は、インスタライブを2人でする予定だった。互いの活動を報告しつつ、ファンの質問に答えていく。
ウーバーイーツで頼んだピザを食べ、サラにご飯をあげ、ちょっとダラダラしていると予定の21時になる。事前の報告通り、私達はインスタライブを開始する。
「あれ、映ってる?」
「ん~」
「映ってるか。大丈夫だね、映ってるね」
「うん、オッケー」
「よし。皆さんこんばんは~」
「こんばんは~」
私達は部屋着を着ている。今日は凍也が泊まって行くので、同じく部屋着だ。
私だけ部屋着は嫌だと言って着替えて貰った。そっちの方がプライベート感と親密さが出るから。高梨さんが見た時に、何か思うことがあるかもしれないから。
「夏だね~、ってコメントがある。そうだね、もう夏だね~。6月だもんね、確かね、来週から梅雨に入るらしいよ」
「え、嘘。うわ~、梅雨嫌だなあ。俺髪の毛うねっちゃうんだよね」
付き合ってからも、良くも悪くも凍也に変化は無い。素のままで芸能活動を行えるなんてなんて贅沢なのだろう。
やっぱり凍也は幸せ者だ。本人は気付いていないけれど。
「え、それパーマじゃないのっ?!」
「地毛だよ。って前言わなかったっけ」
「全然覚えてない」
「言ったよ。絶対言った。番組で会った時に、最初の方に」
「ん~、知らないなあ」
「マジ? ちょっとショックなんだけど」
「まあ良いじゃんっ。そういえばさ、凍也もうちょっとで誕生日だよね」
「そう。7月。俺ももう22かあ。早いなあ」
「まだ22なんだ、羨ましい。っていうかアレだね、夏生まれなのに『凍也』って名前なんだね」
「それも言わなかったっけ? ていうか『凍也』って芸名ですから、本名じゃありませんから」
「ああ、そうだそうだっ」
「メッチャ適当じゃんっ。ファンの皆さん、この子実はメチャクチャ適当な子です~」
視聴者数は1万人ちょっと。生配信にしてはよく集まってくれている方だと思う。大人気の女性アイドルグループのメンバーが事前に告知していても、3万人集まれば良い方なのだ。
「コメント読んでくね~。まもりちゃん、凍也君、こんばんは。最近2人で何処に行きましたか? だって。何処行ったっけ」
「えっとねえ、あそこ行ったじゃん、江の島。江の島メッチャ良かったよね」
「そうそう、江の島行って来ましたっ。まだ海開きはしてなかったんだけどね、凄い気持ち良かったよ。海辺に人が沢山居て」
「俺はね、アレが良いと思った、あの波打ち際を犬と散歩してる人。あれメッチャ良いわ。俺も犬飼ったら絶対連れて行きたい」
「え~。サラ~、サラは駄目だって。猫は駄目なんだって、悲しいねえ」
私はサラを抱き寄せる。サラは腕の中から逃げたがっている。
「違う違う。サラはサラで可愛いんだけど、散歩出来ないでしょ? だから」
「ふ~ん。じゃあサラは私と2人で何処か行こうねえ。猫カフェとか行こうねえ」
と言うと、サラが「みゃあん」と鳴いた。
「じゃあ次のコメント~。お互いのどこが好きなんですか? 初めて会った時の印象は? だって。えっと私はねえ~、」
高梨さんとの交流が無くなり、少しずつ彼のことを思い出さなくなってきた。
「え、珍しい。自分から言うんだ。こういう時は大体俺が先に言わされるのに」
既読がつかなくても、コメントが来なくても、傷付かなくなった。前まではそれだけで悲しくなって、不機嫌になっていたのに。
「まあたまにはね。凍也の良い所いっぱい知ってますから」
「おっ、嬉しいこと言うねえ。言って言って」
記憶も少しずつ薄れてきた。どんな風に接していたか、どんな人だったか。何を話したか、何故好きだったか。
「えっとまずはねえ、私のことが大好きっ」
「何だそれっ。俺関係無くない?」
「あるよ、メッチャあるっ。好きと言っても大きさがあるでしょう? こんなに好きになってくれて、大切にしてくれる人は居ないもん。それは凍也の中にしか無いものなんだよ」
「え、そう? なんか良いように言われてる気もするけどありがとう」
それでも、ふとした瞬間に思い出してしまう。
SNSで小説の投稿を見掛けた時。テレビなどのメディアで鴨川や八坂神社が映し出された時。道端で似たような人を見掛けた時。恋愛映画を見た時。夜空を見上げた時。朝起きた時。寝る時。
「凍也は最高の彼氏ですっ。これからも仲良くし続けますっ」
私が今でも、本当の意味で好きなのは高梨さんだけだ。それは自分が一番良く分かっている。
「じゃあ次、凍也の番ね。私の良いとこいっぱい言ってね」
今更だけど、思うことがある。
自分は何が駄目だったのろう。何故飽きられてしまったのだろう。何故好きになって貰えて、何故私は好きになったのだろう。
もう何も、私と高梨さんを繋ぐものは無い。でもこれからも私は、高梨さんを好きなまま生きていくだろう。
高梨さんを知って、好きになってからの時間。それは人生においてごく僅かでしかない。それでも私という人間の中に、大きな影響を残し、それを経験した私で生きていかなければならない。
「良いね良いね~。もっと言って、もっと言ってっ」
いつか全てを忘れられる日が来るのだろうか。
私は全てを、忘れたいのだろうか?




