表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/29

現実と決断

「ねえ、まもりさ。ぶっちゃけ外に好きな人居るでしょ」


 明日香にそう言われたのは、共同生活が始まってから3週間が過ぎた頃だった。


 明日香は風呂上がりで、頭にタオルを巻いている。スッピンで、眼鏡姿。私も似たような状態だ。


「え、何でそう思うの」


「いやいや、そんなの見てたら分かるよ。ユリさんも言ってたし。


 何て言うか、気持ちが籠ってないんだよね、まもりって。どの男に対してもさ。別にどうなっても構わない、みたいな? それが出ちゃってるんだよね」


 私は昔から、複数のことを両立するのが得意じゃない。気持ちがあまり分散しない性質なのだ。大人になって上手に隠せるようになったつもりだったけど、それが表れてしまっているらしい。


「で、実際どうなの」


 明日香は気になったことは全部聞く。言いたくなければ断るでしょ? と思っている。


「えっとね……。うん、居るね」


 迷ったけど私は答えた。別に問題無いだろう。


「やっぱりっ?! 絶対そうだと思ってたんだよね~。じゃないとその余裕は出ないよ」


「ああ~、そっか。バレちゃうもんなんだね。男性陣にもバレてるのかな」


「いや? 男はそういうの疎いから気付かないんじゃない? その人とはさ、付き合ってるの」


「ううん」


「えっ、ってことは片思いなの。相手はまもりなのにっ?!」


「いやいやっ、実際の私なんて大したことないから」


「大したことあるよっ。可愛いもん! ああ~、そっかそっか。じゃあこの番組はどうするの。恋はしなかったっていう終わり方にするつもり?」


「いや、カップル成立は狙おうと思ってる。事務所からもそう言われてるし」


「ああ~、そうなんだ。くっそお、もしまもりが引くなら凍也行けると思ったのになあ。無理かあ」


 明日香は天を仰いだ。裏表が無い明日香は話しやすい。もし凍也がどちらを選んでも良好な関係で居られるだろう。


「明日香は居ないの、好きな人」


「居ないんだよねえ。それに最近、本当に凍也が可愛く見えてきちゃって」


「えっ、それはガチ恋ってこと」


「かも。いやあ、私も分かってるんだよね。凍也がまもりの方を向いてるっていうのはさ」


 明日香も感じていたらしい。


「でもだからこそ振り向かせたくなるっていうかさ。まもりの気を引こうとしてる凍也が愛らしいんだよね」


 もし逆の立場だったら、私も凍也に恋をしていたのだろうか。と、考えてみたりする。


「なんかさ~、恋愛感情って厄介だよね。っていうか人間の対抗意識とか負けず嫌いとかが邪魔」


「その気持ちは凄く分かるね」


「あっ、でもアレだよ。別にそれで私に譲ろうとしなくて良いからね。そんなので手に入れても嬉しくないから」


「うん、分かった。正々堂々勝負ってことだね」


「そう! っていうかさ、番組が終わっても友達で居ようよ。どっか遊びに行こうよ」


「良いね! 私も言おうと思ってた! 東京帰ったら遊ぼうっ」


「うし」


 私達はハイタッチする。明日香が居てくれて良かった。


その後明日香は「じゃあ早速凍也にアプローチしてくるわ~」と出て行った。部屋で1人になった私は、ベッドで横になる。


「ふう……」  


 凍也は私を好きなのだろう。明日香も本心を語ってくれた。それに引き換え私だけが中途半端だ。


 携帯を触る。高梨さんからのコメントが来ているか、SNSが更新されていないか確認する。してしまう。結果、どちらも無い。


 既に番組は2週に渡って放送されていて、それに関する情報を私は投稿している。けれど何の音沙汰も無い。


 やっぱりもう、私は忘れられてしまったのだろう。


 胸の内側から切なさが浮かび上がりそうになる。それを遮断するように、私は瞳を閉じた。


 他の人からしてみれば、どこにそんな好きになる所があった? とか、どのタイミングで好きになったの? と思われるかもしれない。


 そんなの自分でも分からない。理由が無いから困っているのだ。


高梨さんの悪い所が見当たらず、支えて貰ったことばかりが浮かんでくる。心の何処かで、まだ期待している自分が居る。


私は大きく息を吐き出した。


「もう諦めてしまえ」、という思考と、「駄目だ、忘れられない」という思考を、もう何度行き来しただろう。もうどちらでも良いからキッパリさせたかった。


 でもその意志すら簡単に変わってしまうことを、私は知っていた。




 1カ月が経過した。リビングにメンバー全員が揃っている。夕飯の時間だった。


 それぞれが多忙な日々を送っていて全員が集まることは多くない。だから大半は各自で食事を済ませるのだが、今日は揃ったということで全員でご飯を作ることになった。


 事前の買出しに行ったメンバーは、私と凍也と彰さんだ。残りの3人は家で準備。4月に入って温かくなってきたので、庭でバーベキューをしよう。そう言い出したのは幸太郎だった。


 1カ月も経てばそれぞれの人となりを把握している。役割も自然とすみ分けられている。彰さんとユリさんが父と母で、幸太郎は自由人。明日香はムードメーカーで、私は気配りの出来る妹(と言われている)。凍也は皆の可愛い弟といった感じだ。ペットに近いかもしれない。


 表面上は恋愛リアリティーショーなのだけれど、当事者達にとっては演者仲間といった空気も同じくらいある。真剣に恋愛をしようとしているのは私と明日香と凍也の3人くらいで、残りの3人は早々にビジネス恋愛へと見切りを付けていた。


 ユリさんと幸太郎はキスをしたそうだが、大人な2人はそれを仕事だと割り切っているようで、普段は恋愛の空気を微塵も出さない。互いの利益の為に共闘することを決めたのかもしれない。


 私達3人はと言えば、番組のコンセプトに従い恋愛バトルを繰り広げている。私が凍也に抱き締められて形勢は決まったかと思われたが、明日香が猛烈なアピールで手を繋いだことで、結末が分からない仕上がりとなっている。というのは番組上の印象操作で、実際には私と凍也が結ばれるだろうというのは全員が勘付いている。


 だから全員でご飯を食べた後の凍也の突然の発表は驚愕だった。


「俺、明日此処から出て行きます」


「えっ」


 全員が口を揃えた。反応を見る限り、誰も知らされていなかったようだ。私も聞いていない。


「え、メッチャ急じゃん。何で」


 一番に口を開いたのは明日香だった、


「うん。有難いことにドラマの話を貰って、その為に地方に行かなきゃいけないんだ。俺にとって大きなチャンスだから、事務所と話し合ってそっちを選んだ」


 一瞬皆が黙った。次に言葉を発したのは幸太郎だった。


「じゃあ、この家はどうすんの。番組は」


「明日の朝出て行く。番組も降板する」


「マジか」と幸太郎は溢した。


「それでやっぱり最後にケジメを着けたいから。まもり、最後に2人で話せるかな」


 全員の視線が私に向く。


「――うん、分かった。話そう」


「カットぉ!」という声が飛び、撮影が一旦止まる。緊張が解かれる。


「え、マジでビックリしたわ。いつからそんなこと考えてたの」


「俺も驚いた。誰にも話してなかったのか?」


 凍也は幸太郎と彰さんに囲まれている。全く毛並みの違う3人だけれど、ちゃんと関係性は築かれていたようだ。特に幸太郎と凍也は馬が合わなそうに見えたが、その実2人でドライブに行ったりしているらしい。幸太郎の兄貴分な一面に、凍也は懐いたようだ。


 今、ユリさんはプロデューサーと話している。私の隣には明日香が居た。


「まもり。知ってた? 凍也のこと」


「ううん、私も知らなかった」


「え~、そっか。まもりが聞かされてなかったら誰も知らないよね。ビックリしちゃったよ」


「私も。急だなあって」


「アンタ本当に無関心だね(笑)。それでどうするの凍也とは。私はこの時点で振られたようなもんだし」


「うん――」


 撮影の準備が整って、私と凍也は屋上に移動する。此処が最後の告白の場所らしい。 


 監督の声が通って、撮影が始まる。


「いきなりになっちゃったね」


「本当だよ、ビックリしたよっ」


 私達はベンチに腰掛けている。暗闇を橙色の照明が灯している。


「何で言ってくれなかったの」


「え?」


 自分から話すつもりだったのだろう。凍也の声がやや上ずる。


「言うでしょ、普通。せめて私には言って欲しかったよ」


「ごめんごめん」


 凍也は謝りながらも喜びを感じている。告白する相手から、暗に特別扱いして欲しいと言われているのだから当然かもしれない。


「いつ頃決まったの」


「1週間ちょっと前かな」


「言える時間沢山あったじゃんっ」


 私は凍也の肩をグーパンチする。


「だからごめんって。可愛い奴だなあ」


 今も操られていることに気付かない凍也の方が可愛い。と、思う女性は多いのだろう。


「最後まで居られなかったの」


「撮影があるからな。残るとしても1日だけ帰って来て、また1週間撮影とかになっちゃう。それだったらあんまり意味無いなと思って」


「それでも私は残って欲しかったな」


 と、言ってみる。


「そう? でも、何となくそう言うと思ってたけどね」


 自分から欺いておいて何だけど、こんなに簡単に引っ掛からないで欲しい。どうして凍也はこんなにチョロいのか。


「よしっ。じゃあ聞かせて、どうぞっ」


 もう待つのが嫌になって、私は無茶苦茶に紅白を促す。ふとこの茶番に付き合って居られなくなった。凍也にとっては真剣なのだろうけど、私ほど性悪な女は居ないんじゃないだろうか?


「いやいやっ。その告白のさせ方無いでしょ。ムードとか雰囲気とか気にしないのかよ」


 ムードとか雰囲気。気にするよ? だからこういう風にしたんでしょう。こういう女子のこういう感じが、世間の女子から受けが良いから。私のファンの大多数は、10~20代の女の子だから。 


その子達に刺さるのがこういう私なのだと私は知っていて、凍也は分かっていない。つまり凍也は私のことを好きだけど、何も分かってはいないのだ。相手を好きな気持ちと分かっているかは全く別のベクトルなのだ。私はそれを、今知った。


「じゃあ凍也のペースで、お願いします」


「よし、じゃあちょっと作るわ。ふうー。


……えっと、そうだね。正直、初めて見た時からタイプでした」


 知ってるよ。


「まもりのことはドラマとか、色んなメディアで活躍してて知ってて。だから参加者の中に名前があってビビった。うわっ、東條 まもりじゃん! みたいな」


 私は作り笑いを浮かべる。


「それで実際話してみて、凄い良い子だなって思ったの。マジで。


 気配り出来るし、いつも明るいし、皆と仲良く出来るし、仕事に対する考えもしっかりしてるし」


 努力してるんだよ? 演じてるんだよ? そう思って貰えるように。


「だからメチャクチャ印象が良くなった。正直、本当はメッチャ嫌な子だと思ってたの。絶対意地悪な子だろって」


 そっちが本当だよ。これだけ一緒に居ても分からないんだね。


「でも違った。実物のまもりは、本当に素敵で、尊敬出来て、可愛い。


だから」


凍也が私の方に向き直る。


「ずっと好きでした。俺と……、付き合って下さい」


 凍也が頭を下げる。


 凍也。凍也は幸せな人だと思う。


 世の中の汚いこととか醜いこととか、そういうのに気付かないで生きていけるんだろうね。鈍感力って言うんだっけ、そういうの。 


 でもね、そういうのに気付いてしまう私からすれば、分かり合えないって思っちゃうんだ。だって今も、本当の私が全然見えてないんだもん。


 私はとびきりの笑顔を作る。


「こちらこそ、宜しくお願いします!」


「えっ、マジ?!」


凍也が歓喜する。整った顔を崩し、立ち上がる。


「ふふふ、宜しくね」


「うおおおぉ。うわっ、マジで嬉しい。本当に? 本当に良いの」


「良いよ?」


 凍也は想像した通りの人だった。純粋で、健気で、鈍感で、一途で。私の想像を、1ミリも超えていなかった。


「うわ、マジで最高だ。OK貰えるなんて思ってなかった」


 思ってたでしょ? そう思うように、今日まで私が誘導してきたんだから。


「えっと、じゃあ」


「うん」


 凍也の手が両肩に置かれる。


 私は目を瞑り、凍也を受け入れる体勢を取る。これで、この番組の主役は私達だ。この後ネットニュースにもなるだろう。


そっと唇が触れる。数秒後、離れた。凍也はまた興奮する。「うわ~、ヤバイわ」と喚いている。


「ありがとう。俺、マジで大切にするから」


「うん、ありがとうね」


 凍也の引き締まった腕に、私は抱き寄せられた。





 その夜。私は1人で外に出た。家の中だと殆ど全ての場所にカメラがあるから。


 4月に入っていたけど、まだ夜は寒いかもしれない。そう思い少し厚手のブルゾンを着用してきた。その判断は正解だった。


 夜の軽井沢は人が少ない。近くにお店が無いし、自然に囲まれている。点々と誰かの別荘が並んでいるだけだった。


 私が向かったのは、少し歩いた場所にある一本桜だ。昼間に咲いているのを何度か見ていた。


「満開、じゃないかあ」


 桜は、3分咲きだった。もう咲いて散ってしまったらしい。この桜は私と凍也みたいだ。


 今日私は、キスをした。告白を受け入れた。恐らく明日以降に、正式に付き合うかどうかの判断を迫られる。


「あ~あ」


 私の目に映る桜が揺れている。


 キスの相手は凍也だった。キスの相手は凍也だった。キスの相手は凍也だった。


 どうしてなのか。


 どうして私が他の誰かとキスをしたというのに、何も言ってこないのだろう。何も起こらないのだろう。


 本当にこれで良いのかと問い質したい。本当に誰かの物になって良いのか。本当の本当に?


 分かっている。分かっている。


 迷っているのは高梨さんじゃなくて私の方だ。私だけだ。


 私の引き止めて欲しい気持ちが、そう言わせているだけだ。高梨さんの意志はもうずっと前に決まっている。私がそれを分かりたくないだけだ。


「何でこうなるかなあ……」


 花びらが落ちた、と思ったそれは、地面に小さな染みを作った。


 桜が満開になることは無い。散りもしない。ただほんの少しだけ花を咲かせた木が、私の目の前に、立っていた。 





 残りの日々はあっという間に過ぎて行った。


 お役御免になった私は、皆のサポート役に徹した。家事をしたり相談を受け(た振りをし)て最後を迎えた。


 今回番組上では、2組のカップルが誕生した。私と凍也。ユリさんと幸太郎だ。


 ただ番組が最も盛り上がったのは、私と凍也が結ばれる所までだったと言われている。凍也の告白・卒業回はネット上で話題になり、世間を賑わせた。


 私達は番組のファンから「とうまも(凍也・まもりの略称)」と呼ばれるようになり、番組終了後も応援して貰っている。そういう意味で私は見事に仕事を果たしたと言えた。


 事務所からも褒められ、私と山下さん・田村さんは高級焼肉店に連れて行って貰った。そこで食べたお肉は頬が落ちそうなほど美味しかった。


 カップルにならなかったメンバーも、それぞれ出演した効果はあったようだ。明日香にも彰さんにもメディアや雑誌からの依頼が殺到し、多忙な日々を送っていると言う。


 今後は私も含めた全員、今回の出演で得た人気や勢いを失わないようにするのが課題だ。番組は継続するし、芸能界は流行り廃りが激しい。番組で人気が出ても忘れ去られていった人達が大多数だ。


 そして案の定、凍也からは「本当に付き合おう」と告白された。番組が終了してから2日後だった。


 私はその告白を受け入れた。既にインスタを始めとするSNSに凍也との写真や動画を載せている。


 ファンからは祝福のメッセージが多数寄せられた。《きゃ~、美男美女カップル!》、《「とうまも」超尊いですっ》、《俺のまもりちゃん取られたーーーっ、あんなイケメンが相手なら勝てるわけねえ……》などなど。


 ファンは離れるどころか増加している。元々私は女子人気が生命線だったので、ダメージより利益の方が大きかった。そして女子人気が上がると男子も認め始めるという好循環に入っている。


 そんな中、高梨さんからはリアクションが一切無かった。


 番組が始まってから一度も無い。

 

 高梨さんは、完全に私から離れて行ってしまったのだ。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ