生活
中目黒の自宅に着く。私が住んでいるのは、12階建てのマンションだ。
中目黒は芸能人が多い街だ。新宿や渋谷ほど人が多くなくて、雑多感が無い。けれど隠れた飲食店やセレクトショップがあり、そのバランスが人気の理由なのだろう。都心やテレビ局に近くて、仕事の面でも便利だ。
「ただいま~」
1006号室に入って、電気を点ける。奥からカサカサと扉を擦る音が聞こえてきた。
「はいはい、ちょっと待ってね~」
忍び足で廊下を進む。リビングに出た。リビングの電気を点け、更に奥の部屋へ。
「ただいま」
そこに愛猫のサラが居た。1年前にペットショップで一目惚れした子だ。
サラはラグドールで、クリーム色の毛並みがふわふわだ。一番の特徴はその瞳である。ターコイズブルーの色合いをしていて宝石みたいなのだ。私は赤ちゃんだったサラと目が合って、即決した。「この子しか居ない」と。それまでに回っていた3件のことは、頭から吹き飛んでしまった。
ゲージをどかすとサラが私の足元にすり寄って来る。首を伸ばし、胴体を私のふくらはぎに巻き付ける。可愛い。
「サラ~。ただいま。寂しかったねえ? ん?」
サラは猫なのに愛情表現がストレートだ。そういう意味ではあまり猫らしくない。
また、サラは他の人にもすぐに懐いた。今では私と山下さんが居たら、山下さんに先にすり寄って行くくらいだ。きっとサラが人間なら、さぞかし仕事が出来て、色んな男を手玉に取る小悪魔系だっただろう。因みにサラは女の子である。
家に帰って来ると私はまずサラに餌をやる。それからサラがちゃんと所定の場所でトイレをしているか、物を壊してないか、体調は大丈夫か確認する。その後に自分のことだ。食材を仕舞ったり、服を着替えたり、換気をしたり。
「よし」
とある企業から貰ったジェラートピケのパジャマに着替える。部屋の中はプレゼントや頂き物でいっぱいだ。クリーム色のふわふわのクッションもそうだし、保温性が高いオフホワイトのブランケットもそうだ。有名になるにつれ、こういったちょっとした贈り物は増えた。
「はあ~、何見よ」
眼鏡を掛ければ準備万端。ここからはくつろぎタイムだ。
山下さんにはああ言ったけど、本当は今日予定なんか無い。いつ頃からか忘れてしまったけどこうした些細な嘘を平気で吐くようになった。
普段の行動も発言も、全て「東條 まもり」を作ろうという意識が染み付いてしまっている。少しでも東條 まもりの価値を上がるような言動をしようとしてしまう。東條 まもりには沢山の友人や仲間が居て、いつもアクティブに活動している。日常から華やかでなくてはならない。ぐうたらして、寝転びながらお菓子を頬張って居てはいけないのだ。「東條 まもり」が「東野 真美」を侵食している証拠だった。
私の最近のマイブームは韓国だ。韓国ドラマは話がとても長く、30話以上の作品だってある。その特徴は日本のドラマより濃密な所だ。人間関係の根深い所まで描き、欲望や業といったものをこれでもかと言うくらい表現する。そこが良い。
私は人間が腹黒い生き物だと思っている。私自身がそうだからだ。
化けの皮を被り、自分の価値を上げようとする私。だから心の中ではこう思っている。口にしないだけで誰だってそうなんじゃないの? 誰だって良い思いをしたいでしょ? 全てはその為の手段でしょ?
そんな風に生きている私は、きっと地獄に落ちる。この世でも幸せになれないだろう。
でも止められない。だってそうしていないと、すぐに私なんかこの世界から忘れ去られてしまうのだから。
「きゃっ。サラ、主人公の親友が殺されちゃった。どうする?」
「みゃあ~」
それから私は、サラと一緒にドラマを3話と映画を一本見た(サラは1話の途中で何処かへ行き、3話の終わりに戻って来た)。映画は自分が飽きられると思った女性がもう一度交際相手を惚れさせる為、全くの別人に整形をするという内容だった。何となく私には、彼女の気持ちが分かった。女の子はいつまでも相手に愛されていたいのだ。飽きられて、気を遣われなくなるなんて受け入れられない。それって私に価値が無くなったように思えてしまうから。
夜は、ユーチューブを撮りながら手料理を作った。野菜たっぷりのピラフにコンソメスープ、シーザーサラダ。色どりを良くして、食器も選んで、見栄えを意識する。インスタグラムにも載せる予定だ。ある意味時間外労働だ。
ご飯の後は、ゆっくりお風呂に入った。1時間半。それが私にとっての至福の時間だ。あとはまた、寝るまで自分の好きなように過ごすだけ。その時間は、いつもあっという間に過ぎてしまう。
「はあ~、そろそろ寝ましょうか~。サラちゃん」
しなやかな胴体を撫でると、サラが「みゃあん」と鳴く。サラは私の一番の話相手だ。
「おやすみ」
布団に入って、別室で眠るサラに声を掛ける。また「みゃあん」と声が聞こえた気がした。
うん、今日も悪くない1日だった。仕事もちゃんとしたし、見たい映画も見れたし、入浴時間も確保出来た。満足。
「はあ」
私の毎日はとても充実している。人前に出て、ファンに愛され、人より良い給料で良い生活をしている。私の生活を羨む人は大勢居るだろう。
ただ。時々、寂しくなる。
今の私は大勢の人に愛されているけれど、どれも不確かな感情だ。一時的な愛でしかない。他の芸能人に推し変するなんて私でもある。だって現実の恋愛と違って、自由なんだもの。
だから私は、もっと明確なものに出会いたい。
私の活躍を誰より喜んでくれて、辛い時はすぐに駆け付けてくれる。どんな状況でも揺らぐことのない、そんな存在に。
「おやすみ」ともう一度呟き、私は瞳を閉じる。サラの声は、もう聞こえなかった。




