恋愛リアリティショー
クリスマスが過ぎた。また1年が経過した。私は、24歳になっていた。
去年は色々あった。主に仕事の話だが、自分のブランドはお陰様で売上が上昇。雑誌のモデルも引き続き起用して貰っている。なんと単独で表紙を2度も飾らせて貰えた。その反響も上々だった。なにより去年は、女優としての活躍の幅が広がった1年だった。
ドラマは言うまでもなく、それ以外にもミュージックビデオへの出演や、ネット上のCMの起用。夏頃には、舞台への出演が決まっている。今後に繋がる土台を作れたと言える1年だった。
秋に行われたゆづとゆうやの結婚式は、感激しっぱなしだった。ご両親からの言葉に感動し、友人達による余興にはお腹を抱えて笑った。案の定と言うべきか、先に泣いたのはゆうやだった。なんなら最初の登場で既に目を潤ませていた。
ゆうやは皆に笑われていたけど、私は素敵だと思った。自分との結婚式で感極まってくれるなんて最高の新郎だ。ゆうやは全くタイプではないけれど、親友の旦那としてはこれ以上ない相手だと思えた。
その後ゆづの妊娠が発覚し、今年の秋には子供が生まれる。名前はまだ決めてないらしいけど、女の子だったら「まもり」にしようかと本気で考えているようだ。私としては荷が重いので、出来れば男の子であれば良いと言っている。そうしたら「まもる」になるのだろうか。止めて欲しい。まあ何にせよ、めでたいことなのだけれど。
高梨さんとの関係は、その後も順調だ。
ただ過ちを犯していたことに後から気付いた。あの日私達は、連絡先を交換しなかったのである。急いでいて忘れてしまっていたのだ。それに気付いたのは東京に戻ってからで、何となく言い出せないままとなっている。
自己防衛してしまうが、私からは聞きづらかった。例えばSNSのDMで聞くにしてもリスクが伴う。私は仮にも芸能人だからだ。
高梨さんを疑っているわけでは無い。けれど万が一流出する恐れがあり、聞き出せない。高梨さんから聞いて来る気配は無かった。それについては、病みそうなのであまり考えないようにした。でなければもっと落胆していただろう。
高梨さんの事は、好きだし離れて欲しくない。けれど、じゃあ正式に付き合うかと言われれば即答出来ない。この私の気持ちは、万人には共感して貰えないだろう。けれど現実的に自分がそうなのだから仕方ない。
この関係はどのようにして終わるのだろうかと、たまに考えてしまう。考えても意味が無い。私は自分にそう言い聞かせた。
私は、突如その結末に直面することになる。
高梨さんからのレスポンスが、急激に低下し始めたのである。
初めはあまり気にしなかった。高梨さんとは、お互いが存在を認めてからかれこれ1年以上経っている。付き合ってはいないけれど、離れはしないだろうと安心し切っていた。だから多少コメントが遅かったり無かったりしても、深く考えなかった。
でもそういう日が1週間も続くと、私は焦り出した。自身の活動や生活を頻繁に投稿し、高梨さんからの反応を待った。けれど高梨さんは以前のようにコメントしてくれない。私は落ち込んだ。
自分は何かしてしまったのだろうか。嫌われるような何かを。
でも思い返しても、特に何もしていなかった。これといってこれまでと自身の活動や対応が変わった所は無い。
だとすれば、何が原因なのだろう。
私は模索したが、答えを見つけられない。であれば浮かび上がって来る回答は1つしか無かった。
私は、飽きられてしまったのだろう。
いつかこうなることは想定していた。私達は恋人ではなく、一芸能人と一ファンだ。確約が無い関係だった。
だからこうなっても仕方なかった。いや、きっとこうなるだろうと、想定していた。寧ろそれ以外の終わりが無いとさえ思っていた。
私はちゃんと身構えていた。それなのにいざ実現すると、心が壊れそうだった。
仕事は休めない。気を張ってこなしている。でも周囲の人に顔色が悪いと言われたり、覇気が無いと心配されることがしばしばあった。自分でもその変化に気付いていて、気付いていない振りをしている。
暴飲暴食に走った私は、2週間で3キロ体重が増えてしまった。モデルにとってこの差は大きい。特に私は顔から変化が出るので、画像や映像にその変化が映ってしまっている。
何とか小顔ポーズなどで誤魔化そうとするが、永遠にそのポーズで居るわけにもいかず、隠し切れない。遂にはファンからも指摘されるようになった。《まもりちゃん、ちょっとふっくらしたかな? でも可愛い》。
「東條、新しい仕事だ」
そんな時舞い込んで来たのが、恋愛リアリティーショーへの出演依頼だった。男女が1カ月間共同生活をして過ごすというもの。事務所は断る理由が無く、私はその仕事を請け負うことになった。
暦は3月になっていた。まだ冬の寒さが残っている季節に、私は軽井沢を訪れた。これから1か月間知らない人と生活するのだ。
東京を離れる寂しさはあった。高梨さんと物理的な距離が広がることで、精神的な距離も生まれてしまう気がした。もう高梨さんとは終わった筈なのに、まだまだ忘れられずに居る。正直忘れたいのかどうか、自分でも分からない。
「お邪魔しまあす」
私は番組が用意した家へ入って行く。
軽井沢という国内屈指のリゾート地に用意された家。イメージ通り豪勢で広い。
新築で購入するなら、億単位だろう。庶民の私には推し量れなかったが、高価なのは間違いない。
どこか北欧を感じさせる内装だった。それは軽井沢が寒冷な土地だからかもしれない。
玄関には既に何足かの靴が並べられていた。私が一番乗りではないのだと察知する。気を抜くと滑りそうな廊下を通り、リビングへ。中から、話し声が聞こえていた。
「こんにちは~」
4つの顔がこちらを向く。男女共に2ずつだ。
その内2名は元々知っていた。残りの2人は事前にプロフィールやSNS・出演作品を見て予習してきた。世間の認知度では、私はこの中で1・2番目だ。とは言え各業界で有望視されている、金の卵達ばかりだ。
「あっ、こんにちは。こちらへどうぞ~」
真っ先に声を掛けてくれたのは女性だった。朱元 ユリさん。29歳。女性陣の最年長で、女性経営者として活躍している。全国でリーズナブルなエステ店を展開中。コストパフォーマンスの良いお店として近年人気が高まっている。
「あー、荷物はあっちね。皆とりあえず適当に置いてる」
田中 ジェイク 幸太郎。24歳の、同い年だ。カナダとのハーフで職業はDJ。父がカナダで有名な音楽プロデューサーで、自身も複数のアーティストとコラボをして楽曲を作成している。最近某有名音楽番組に出演したばかりだ。
「僕達も来たばかりなんです。上着、預かりますね」
皆川 彰。31歳。今回の最年長だ。東京を中心に展開しているスイーツ店のオーナーで、テレビや雑誌で何度も取り扱われている。かくいう私も利用したことがあり、高梨さんにお勧めしようとしていたのは彼のお店だった。
「うわ~、実物メッチャ可愛いですね! 顔小っさ~」
火野 明日香。25歳。シンガーソングライター。ティックトックでバズり、若者を中心に人気が急上昇。恋する女子の気持ちをポジティブに歌い、共感者が急増している。SNS登録者数は80万人超えで、こちらも初めから知っていた。
「なんか緊張しますね」
とりあえず私は言葉を発する。
「ですよね。でも一番の有名人なので堂々としてて下さい。連続ドラマ見ました、メッチャ良かったです~」
と、明日香さん。直感だが気が合いそうだ。
現在出演者は5名。だが実際には、カメラマンを含むスタッフが多数居る。定点カメラだけでは味気ない映像になるので、その時々で最も見栄えする表情を撮る為、現場にはスタッフも滞在している。批判を顧みず言うなら、私達は5人だけの振りをして過ごすということだ。その上でカメラメンの位置や見栄えも意識し、番組が面白くなるよう演出しなければならない。
番組側は直接指示しないが、例えば口論をしてみたり、2人で出掛けて見たり。あくまで私達出演者が自らの意志で行動した、という建前である。故に番組側には何の後ろめたさも無い。「出演者達による独自の判断です」ということだ。
それでも私達タレントが出演して多少の誇張をするのは、それだけのリターンがあるからに他ならない。
「私で最後なんですかね?」
私は自分にカメラが向いたのを察知する。このシーンは番組でも使われるだろう。
「いや、あともう1人……」
と朱元さんが言っている間に、インターホンが鳴る。「お、来た来た」と田中さんが応対する。見方によっては軽薄と言えなくもない笑みを浮かべて。
「どうぞー」
「え、どんな人なんだろう」
明日香さんが話し掛けて来る。ふと感じたのだが、明日香さんは雰囲気が結良に似ている。
最後の1人が、リビングに入って来た。
「初めまして」
現れたのは逢沢 凍也。21歳。最年少だ。有名なボーイズコンテストで準グランプリを獲得し、その後俳優として活躍中。端正な顔立ちで、趣味はサッカーと水泳。私ともう一人、認知度の高さがトップクラスなのが彼だ。ドラマにも多数出演しており、その番宣としてバラエティやお昼の番組に何度も出ている。今年の活躍が期待されるタレントでは、男性部門で6位に入っていた。男性アイドルが毎回上位に入るランキングなので、それを除けば非常に期待されていると言っていいだろう。
これで出演者が揃った。この番組は1か月半共同生活し、最後に告白タイムが設けられる。告白はしても良いし、しなくても構わない。その時間まで待つ必要も無い。だが番組の視聴率を考えて、誰かしらは最後に告白する展開が大半である。
もしカップル成立となれば、番組終了後ファッションコレクションへの参加権が手に入る。それ故、どんな形でもカップルになりたがろうとする参加者は少なくない。要するに形式だけのカップルだ。
番組終了3カ月くらいはカップルの振りをするという前提で付き合う。あとは徐々にカップルでの活動を減少させ、自然に破局したとファンに思わせれば完了だ。ファンを騙す形にはなるが、番組側にも当事者にもメリットがあるから、この戦法を取る参加者は一定数居る。番組は需要と話題を作れるし、当事者は新たなファンを獲得しやすくて注目される。
私はと言うと、事務所から「全力でカップルになれ」と釘を刺されている。恋人になる相手とその恋愛の仕方によるけれど、カップルになる方が好感度が高まりメディアへの露出が増える。カップルになるまでの過程がドラマティックである程、視聴者を感情移入させられ、番組終了後もその恩恵を享受し続けられるからだ。
意外だったのは、番組に参加するにあたり山下さんが何も言って来なかったことだ。私と高梨さんの関係を知っている山下さんからすれば、この番組は私達を切り離すこれ以上無いチャンスだ。それなのにどういう風の吹き回しか。
少し考え、私はある仮説に辿り着く。SNS上で高梨さんからのコメントが無くなっているのを知り、山下さんは私達の関係が崩壊したと判断した。それで逆に今は何も触れない方が良いだろうと考えているのかもしれない。
山下さんが改心したというのは考えられない。何故なら彼は、頑固で石頭のポケモンのイシツブテみたいな男だ。いや、イワークまで行っているかもしれない。いやいや。イワークも飛び越えてゴローニャレベルも有り得る。そんな山下さんが簡単に己の意志を変えるとは思えなかった。
何にせよ私としては、事務所の方針に従うつもりだった。高梨さんと円満だったら分からなかったが、こうなった今、あらゆる角度から考えて恋愛をした方が良いと判断していた。それは私個人にとってもだ。
高梨さんからのレスポンスは依然無い。私はまだ、SNSを開く度に彼を想い出してしまう。
ならこの機会を生かすべきだ。この1カ月を使って、高梨さんとの思い出を払拭してやる。
こうして私の、恋愛リアリティーショーがスタートした。