約束
「スピーチなんて初めてやな~。でもゆづの為やし頑張るわ」
「真美、ありがとうなあ。でもこれだけは言わせて。芸能人じゃなくてもこの役はアンタにお願いしてたから。これはホンマに」
「そんなん当たり前やで! 反対に私の時はお願いするから。いつになるか分からんけど」
11月に入り、ゆづの結婚式まであと1週間を切っている。
私はゆづから友人代表スピーチを頼まれていた。多分これが式までで最後の電話になるだろう。
こうして話していると、少し感傷的になりそうだった。ゆづとは中学生の頃からの付き合いで、青春時代を共にした仲だ。私の初めての彼氏も知っているし、学校の成績だって知られている。どんな子供だったか、私の嗜好、人間関係、どういう経緯で東京に出て行くことになったのか、東京に出て来てからのことだって。
家族にも話していないことを、ゆづには伝えて来た。きっとそれはゆづも同じだろう。
思い返せば、私が東京へ旅立つ時に見送りに来てくれたのはゆづだった。というより私がゆづを選んだ。その時に私は、初めてゆづの泣き顔を見たのだ。
ゆづは姉御肌でサバサバしていて、気が強い。だから学校の卒業式でも、彼氏と別れても、バイト先で社員と喧嘩をしても泣かなかった。
そのゆづが私の旅立ちには涙した。それで我慢していた私ももらい泣きし、駅のホームで2人して号泣した。私がまだ、何者でもない時代だった。
あの時に思ったのだ。「東京に行って有名になろう。活躍しよう」と。あの時のゆづは金髪のショートカットだったのを覚えている。空は快晴だった。首元に掛かるゆづの嗚咽や回された腕は温かかった。私はそんなことを思い出していた。
だからスピーチを頼まれた時、2つ返事で承諾した。私も依頼されると思っていて、私しか居ないとまで自負していた。
緊張するのだろうが、それよりゆづの「友人代表」は自分でありたいという想いが強い。当日が最高の式になるよう、役割を果たしたいと思う。
「おっし。じゃあそろそろ寝るかあ」
ゆづの男勝りな言葉。
「そやなあ。あとの楽しみは本番に取っとこか」
「ホンマ楽しみにしといてや。メッチャ拘りが詰まってるから、ゆうやの」
「ゆづじゃなくて?」
私は笑ってしまう。
「そう、ゆうやの。アイツ妙に張り切っててさあ。『人生一度きりやねんぞっ』とか言って。それ言うとしたら私やろって」
ゆづ達の関係は完全に男女の役割が逆転している。
「でも良いやん、興味無いよりは。良い旦那になると思うよ、ゆうや」
「かなあ。でも真美、それゆうやには言わんといてや。アイツ絶対調子乗るから」
「分かってる。絶対言わん。調子乗ったゆうやはホンマにダルい。軽く殺意が芽生える」
ゆづが電話越しで爆笑した。
「よし、じゃあ寝よか。じゃあ真美、当日宜しくな!」
「うん。また!」
電話が切れた。
1人になると、またゆづとの思い出が浮かび上がって来る。中学生時代に、一緒に登下校した通学路。意味も無くダラダラ過ごした、ゆづの実家の部屋。高校時代、ずる休みして行ったUSJ。並んでスタバを飲んだ鴨川の河川敷。「金閣寺の方が品があるっ、こっちも悪くないけど」と豪語した、初めての浅草寺。
これはほんの序の口で、挙げようと思えばキリが無い。私は友情の歌を聞いて寝ようと思った。そんな日があっても良いと思う、人生には。
時刻は1時を過ぎていた。
その前に、Xで呟く。高梨さんとの約束だ。
《週末はお休み! 友達の晴れ舞台に駆け付けるぜっ。待ってろよ、親友!》
10分経ったくらいで、高梨さんからのコメントが来た。
《まもりさん、行きましょう! 僕もお友達の幸せを願っています。お互い週末は遠征ですね》