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ポップアップ2・3日目

 2日目。初日に比べると、売上は落ちた。だがそれは想定内だ。どんなイベントでもそうなるものだ。早く私に会いたい子は初日に来るし、後になるほど商品の欠けや新鮮味が下がるから数字に影響してしまう。


 売上は大体初日の8割だったが、及第点だ。2日間で予算から130万以上上積み出来ていて、この調子なら3日目が落ち込んでもトータル予算はクリア出来る。


 そうなってくると、私の気掛かりは高梨さんだけだった。最終日、高梨さんが来てくれるのかどうか。


 自分でも分かっているのだが、高梨さんへの期待がどんどん大きくなっている。今回も無常件に来てくれると信じてしまっている。


 だからもし来てくれなければ、私は落ち込むだろう。高梨さんは社会人で、私以外にも趣味や人間関係がある。それなのに期待するのを止められない。仮に高梨さんが正式な恋人だとしても、全てのイベントに来てくれるわけでは無いというのに。


 いや、でもだからこそ会いに来て欲しいのだろう。確約が無いからこそ、願望が強くなってしまう。




 迎えた3日目。天候は曇りだった。


 それでも全国からファンの子達が駆け付けてくれていて、その子達にとっては嬉しい誤算だったかもしれない。私に時間の余裕が出来て、話す時間が他の日よりも多くなっているからだ。


「きゃ~~っ、まもりちゃん可愛すぎっ、天使~っ!」


「ありがとう~。私にとっては君が天使だよ~」


 極まれに、私に会えて泣き出す子も居る。そんなにも愛してくれることに心から感謝だ。昔はよく、どうして自分なんかを? と卑下していた。でも最近は思わなくなってきた。それはこれまでやってきたことに自負があるのと、何よりファンの皆が応援してくれているからだ。


「どうしてまもりちゃんはそんなに可愛いんですか? 生まれた時から天使なんですか」


「そんなことないよ~。寧ろ生まれた時が一番天使で、途中で悪魔になって最近は小悪魔を演じました(笑)。ん~っと、そうだねえ。でもやっぱり綺麗な人は皆努力してると思うよ? 何にもせずに美しい人は存在するだろうけどね。


 でも私は努力してきたし、そういう努力で生まれた美しさとか洗練さの方が、私は価値があると思う。今も当然努力してるしね。


 例えば食事だと、高カロリーの物を控えるとか、身体に良い物を沢山食べるとか。あとは身体も鍛えてるよ。ジムに行って、女性らしい身体を作ろうとしてる。だから一朝一夕の美貌ではないのだよ」


「マジ尊敬です~っ。まもりちゃん愛してますっ」


「ありがとね、また来てね~」


 午後になると、雨が降って来た。


 雨足はどんどん強くなったが、ファンの子達は足場が悪い中会いに来てくれている。中には東北や中部地方から来たという子も居た。感謝すると共に、だったら尚更良い思い出を作って帰って貰いたい。


 その子達にとっては東京まで来るのは時間もお金も掛かる。私は出来るだけのファンサービスを提供しようと、心を込めて対応する。


 夕方になっても、雨は降り続いていた。空には鉛色の雲がへばり付いていて、今にも雷が落ちそうだ。この分だと今日は降り続けるだろう。


「止みそうにないですね~」


 スタッフの子に、話し掛けられる。


「そうだねえ……」


 私はぼんやり返す。


 高梨さんのことを考えていた。空の暗さと比例し、私の心も翳り始めていた。


 ポップアップ最終日は、営業時間が19時までだ。1・2日目より1時間終わるのが早い。あと2時間を残して、トータル予算は既に100%を達成した。イベント自体の成功は既に確定したと言っていい。


 だから、あとは高梨さんが来てくれるかどうかだ。


 もし来てくれなくても、それは仕方ないことなのだろう。イベントが始まる前から、そう思うようにはしていた。けれどやっぱり期待してしまっている。


 来ないとするなら何か用事があるのか。それとも残業か。いやいや、そもそも毎回来てくれるわけではないのだ。何を来てくれる前提で考えているのだ。


 でもこれまではほぼ毎回来てくれている。だとしたら、私は飽きられ始めているのか。いや、そうとは限らない。でも、もし、たら、れば――。


 刻々と時間は過ぎ、残り時間、20分となった。


「もう終わりだなあ」


 その頃には、諦めがつき始めていた。そりゃあ来ないこともあるよなあ、と。


 やや気落ちしたが、ファンの子達が沢山会いに来てくれたから悲しくは無かった。既に開き直り出している。へっ、私には沢山のファンが居るんだもんねっ。


「あ~~、今日は帰ったら一生ダラダラしよう。お風呂に入って、お酒を飲んで、ネットフリックスで映画2本観よう」


 田村さんが口に手を抑えて笑う。田村さんはいつもこんな風に上品に笑う。


「まもりちゃん明日休みですもんね。ゆっくりして下さい」


「はい、全力で堕落します。なんかオススメの映画とかありますか? 出来ればアクションでマフィア物が良いですね」


「意外な好みですね」


「なんかそういう気分なんです。全てを破壊したい。敵を山下さんと見立てて」


「私、教えても大丈夫なんでしょうか……?」


 田村さんと談笑を続ける。


 山下さんは、既に店頭には居なかった。先程から何やら忙しそうに電話をしている。恐らく事務所かデベロッパーだろう。


「え、その映画興味あります」


 私は、田村さんとの会話に夢中で気付いていなかった。数メートル先に、高梨さんが居ることに。


「あの、まもりさん」


「はい。えっ!」


 視線を上げると、いつもの困ったような笑顔の高梨さんが立っていた。


「大丈夫ですかっ」


 私は慌てて駆け寄る。高梨さんは全身濡れていた。服や髪から、雫が滴っている。


「すいません、急いで来たもので」


「田村さん、タオルってありますかっ」


 私はすぐに声を飛ばす。


「探します」と、田村さんは即座に動いた。高梨さんはと言うと苦笑いしている。


「仕事が終わって駆け付けたんですけど、イベントが今日だけ1時間早いのを見落としてしまっていて。傘を買う時間が勿体無かったので、走ってきました」


「高梨さん……」


 さっきまでもう会えなくても良いかと思っていたのに、いざ会えるとやはり嬉しい。胸が多幸感に包まれていく。


「お会い出来て嬉しいです」


「ありがとうございます、私もです」


 互いに笑みが零れた。


 私は、彼の一挙手一投足に振り回されている。勝手に私がバタバタしているだけだが。


 でもそれが人を好きになるということだと思う。女の好きはきっとそういうことだ。好きな人の些細な言葉や行動や、はたまた仕草だけで一喜一憂する。それが誰かを好きになっている状態なのだと思う。


 だからどれだけ雨が降っていても、私の心はこんなにも晴れやかなのだ。


 閉店まで残り15分を切った。客は数える程度だけ。


 残り時間を使って、私は高梨さんとの交流を楽しんだ。高梨さんはドラマの感想や、SNSの投稿について話してくれて、私は高梨さんの最近の活動を尋ねた。今はどんな作品を書いているのか、どうやって小説は書くのか、有名な賞に応募したりしているのか。


「物語を書ける人って尊敬します。どうやって思い付いて、どうやって構成するのか私には想像もつきません」


「ただの慣れですよ。僕も最初はそうでしたから。と言っても受賞してないので、偉そうなことは言えませんが。


 沢山考えて、沢山捻って、沢山試して。それしかありません。あとは沢山読んで」


「私もいつか小説を書いてみたいです」


「まもりさんならすぐに出来ますよ! SNSを見ていても文才があると思いますし。因みに何か書きたい物語はあるんですか」


「何だろう……」


 私は思索する。


「でも、自分の物語ですかね。それが一番想いが込められると思います」


「良いと思います。まもりさんの人生ならきっとドラマになるでしょうし。僕の人生なら駄作にしかならないでしょうけど」


「そんなことありませんよっ」


 高梨さんが微笑む。目が細くなった。


「ありがとうございます」


 私は、高梨さんとの会話にとても安らぎを感じる。私を尊重してくれる上、将来への意欲も掻き立てられる。


 どちらか一方が喋り過ぎるでも無く、バランスよくキャッチボールが出来ている。そのテンポやボールの強さも、心地良い。


 気が付けば私達は笑顔になっていて、周りのことは目に入らなかった。もっとこの人のことを知りたい。もっと話していたい、そう思っていた。


「あ、もうこんな時間だ」


「本当だっ。高梨さん、商品見なくて大丈夫ですかっ」


「見ますっ。6個下の妹が居るんですけど、マフラーか手袋ってありますかね」


「こちらですっ」


 閉店数分前になって、2人して慌てて商品を見始める。結局高梨さんは、マフラーと手袋の2点を購入してくれた。


 会計を終え、店の入口まで高梨さんをお見送りする。


「今日も来て下さってありがとうございました」


「こちらこそ、素敵な商品をありがとうございます。またお会い出来て幸せです」


 私も同じことを言いたかった。でも言えない。その代わり。


「あのっ」


「はい」


 もしこのイベントに高梨さんが来てくれたら、言おうと思っていたことがある。緊張しつつ、話し出す。


「来月に京都で親友の結婚式があるんです。11月22日です。その日に、またあの場所に行こうと思ってます」


 高梨さんは口を半開きにして聞いている。多分まだ何も伝わってない。


「その時は完全プライベートで、マネージャーも友達も居ないと思います」


 自分で言っていて、顔が赤くなるのを感じた。文面だけ見て取れば、何を言っているか分からないだろう。でも伝わって欲しかった。


そして、私に会いに来て欲しかった。


「多分、事前にSNSで報告すると思います」


 唖然としていた高梨さんが、微笑を洩らす。伝わったのだろうか。


「――はい。もしかしたら、僕もその日に遠征が入るかもしれません。いや、きっと入ります。いや、入れます」


 私達は数秒見つめ合って、それから「じゃあ」と高梨さんが踵を返す。私はその背中が見えなくなるまで見送る。私の心臓は延々と飛び跳ねている。


 1人になって少ししてから、今何が起きたかを回想する。今のって、そういうことだよね。合ってるよね。高梨さんが、京都まで私に会いに来てくれるんだよね。そうだよね。絶対そうだ!


 私は有頂天になる。


「まもりちゃん!」


「はいっ!」


 最後まで残っていた女の子に声を掛けられる。私の頭の中は花畑だった。


「ありがとう~、愛してる~。また来てね、絶対だよ!」


 最高の形で、ポップアップは幕を閉じた。


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