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軋轢2

 それから山下さんと気まずい日が続いた。


 連絡事項や日常の最低限の会話はするけど、前みたいに冗談を言い合ったり、気兼ねなく話さない。


 私は山下さんの不満が理解出来なかったし、山下さんは自分の意見を変えるつもりは無いようだ。私も一度言われてからは、あらゆる現場で携帯を出しづらくなった。出しづらくなったし、ムキになっても居た。


 山下さんとは話さない代わりに携帯を触らない。本当に苛々した時は車中に携帯をわざと置いて行こうとしたりした。


 お互いに、歩み寄るつもりが無かった。


 山下さんのことか、高梨さんのことか、根本がどちらなのかは判別出来ていない。けれど私自身精神的に不安定な状態に陥ってしまった。 


 撮影中に殆ど携帯を触れなくなった私は、高梨さんとの間に距離が生まれていると感じていた。投稿も出来なければ、相手の状況確認も出来ない。そのサイクルは私に不安をもたらしていた。


 そもそも私のただの思い込みかもしれない。などと考え始めた。私と高梨さんは明確に、個人的に連絡を取り合ったことは無い。だから私の話を聞いて、多くの人がそう結論づける可能性はあった。


 けれど反対に、高梨さんとの精神的な繋がりを認める自分が居て、高梨さんもこの繋がりを感じているだろうという妙な自信もあった。どこにその証拠があるのかと問われれば答えられない。敢えて言うならばその頻度やタイミングや内容だろうか。


 私が何かを発信する度に反応してくれるし、例えば私が映画の話を出せば映画の話題で返してくれる。それがただの一度や二度じゃなく、毎回なのだ。


 その繋がりが山下さんとの一件で断ち切られた。撮影終わりには確認するけれど、その空いている時間の長さが私は不安だった。高梨さんが離れていかないかと考えてしまっていた。


 ドラマや雑誌などの撮影現場では、感情の乱れは出していない。私のことで気を遣わせられなかったし、それこそ今後のキャリアに繋がりかねない。


 だからその鬱憤を晴らすのは、同じ事務所の人達と居る時かプライベートとなってしまう。私はストレスが溜まると暴飲暴食に走ってしまう性質なので、食生活の乱れに繋がっている。それが体調を崩す原因となっていて悪循環だった。


 そんな日々が2週間くらい続いたある日、不穏な空気を察知した田村さんが声を掛けてきた。


「まもりちゃん、大丈夫ですか。山下さんと」


「はい……」


 私は思ったことをそのまま話した。


 山下さんが何を考えているのか分からない。私なりに上手くやっているつもりだし、今以上を求められると参ってしまう。現場でも諍いなくやれていたのに、どうしてあんなことを言ってきたのか。却って状況が悪化したではないか。そして私は今も苦しい。


 すると田村さんは、一度山下さんと話してみると言ってくれた。


 そこから3日くらい経ったある日の撮影終わり。山下さんの車で帰る日があった。田村さんは別の仕事があるからと車には乗らなかった。田村さんがこんな時間から仕事があるなんてこれまで無かった。まだ幼いお子さんも居ることから、私はそれをサインだと受け取った。


「……」


「……」


 車中に重苦しい空気が流れる。こういう時、最近殆ど話さなくなっていた。


 今日は千葉の方で撮影していた。その帰り道、高速道路に乗っている。車内にはラジオが流れていた。でも2人共聞いてなんかいない。ただ無言で、早く目的地に着くのを待つのみだ。


 携帯を触り過ぎと言われた私は、ただ外を眺める。山下さんからすればそれはドラマの現場だけの話で、2人の時は構わないと言うかもしれない。けれど私は頑なだった。そこには確かな反発心があった。


 赤いスポーツカーが私達の車を追い越して行ったタイミングで、山下さんが口を開く。


「なあ東條」


「……何ですか」


 私は感情を出さないよう、でも謝るつもりは無いという態度を示す。


「お前はよく頑張ってるよ」


 予想外の言葉が来た。


「いきなりですね。どういう風の吹き回しですか」


「同じことを言うが、お前は事務所の期待の星なんだ」


「……」


「社長も俺も田村も、皆お前に期待してる。皆でスターになったお前が見たいんだ。それは分かってるだろう」


「分かってますよ」


 でも、私も努力している。自分なりに精一杯頑張っている。


「だから、今お前には仕事だけに集中して欲しい。他のことに気を取られて欲しくない」


 窓の外を、何台もの車が通過して行く。私は初め、山下さんの言葉の意味を理解出していなかった。数秒経って、何か変なことを言っていることに気付いた。


「え?」


 山下さんの方を向く。山下さんはハンドルを握って前だけを見ている。


「お前今、気になる男が居るだろ?」


 私は動揺しそうになる。どうして山下さんがそれを知っている? と考えた後、携帯を覗かれた時だ、と得心する。


 見られていたのだ。高梨さんとのやり取りを。だとすれば、これまでのやり取りも――。


「言う必要がありますか?」


 私は認めなかった。


「私って全てのプライベートを公開しなければならなかったでした? 私にもプライバシーはありますよね」


 それはどの企業だって職場だって同じことだ。


「もしお前が気になっている相手が、立場や社会的地位が伴っている相手なら俺も何も言わない。でももし違うなら、」  


「違うならなんですか。山下さんにそんな権限あるんですか」


 咄嗟に私の声が大きくなる。山下さんは高梨さんの存在を認知している。その上で暗に認めないと言っているのだ。


「私は芸能人である前に1人の人間です。その私の恋愛について、山下さんがどうしてとやかく言うんですか。どうして私の相手を山下さんに判断されないといけないんですか」


「やっぱり、そういう相手が居るんだな」


 しまった、と思った時には遅かった。山下さんはまだ確証は持っていなかった。罠を敷いていただけだったのだ。


 だから何だ。と私は開き直る。


「だったら何ですか。居たとしたら何なんですか」


 ラジオから流行りのJーPOPが流れている。結婚をテーマにした、春先に大流行した一曲だ。だがこの場をポップな空気にはしてくれない。


「俺に言えないってことはちゃんとした相手じゃないんだろ」


 その言葉に私の気持ちは更に昂る。


「ちゃんとって何ですか? どういう人だったらちゃんとした相手になるんですか。地位ですか。収入ですか。見た目ですか。年齢ですか。幾ら稼いで、どの立場より上で、どのくらいのファッションレベルなら良いんですか」


「そこまで細かくは知らない。でも東條 まもりに適任な、」


「何でそれを山下さんが決めるんですか!」


 私はとうとう怒鳴った。


「私は人形ですかっ。私の気持ちは無視なんですかっ。一体何なんですかっ!」


 気が付くと、涙が溢れていた。


「……」


 山下さんは黙ってしまった。


 どうして、山下さんに口出しされなければならないのか。私はただ高梨さんに応援され、心の支えにしていて、それだけだ。それ以上は求めていない。


 高梨さんが居ることで私は仕事を頑張れて、前向きになって、だから面倒なインスタもユーチューブもこなして、自分の将来に繋げようとしている。それの何がいけないのか。


 恋は盲目と言う。もしかしたら今の私もそうなのかもしれない。100人に聞いたら山下さんが正しいと言う人の方が多いかもしれない。


 でも好きなのだから、仕方ないではないか。――。


 どうにか出来るなら、とうにしている。出来ないから困っているのだ。どうかしたいのは私も同じだ。どうかしてくれるのならば、是非お願いしたい。でも誰にもどうにも出来ないだろう。


「東條……」


 そこで会話が途切れた。


 夜の首都高を駆ける車の音と、場違いなポップソングが静寂を埋める。高速から降りて、車は都内に入った。人が増え、街はクリスマスのイルミネーションに煌めいている。残念ながらその光の演出は、滲んでしまってよく見えない。


 暫くすると、私のマンションに到着する。山下さんが、車を路肩に停める。


「東條、お前の気持ちは分かる。俺も鬼じゃない」


「……」


「ただ俺の想いも分かってくれ。東條 まもりは事務所皆の期待なんだ。事務所が始まって15年、初めてスターになれる逸材になったんだ。

 俺個人の想いもある。俺はお前を自分の娘みたいに育ててきた。何も知らないお前に、一番近くで寄り添って来た自負がある。だからお前の将来を明るい方に導いてやりたいんだよ」


 その時にはもう涙は止まっていた。


「だから明確な基準は分からないが、ちゃんとした奴じゃないと納得出来ない。それでもしお前が恋愛に呆けて仕事を疎かにするようなら、俺はこのことを事務所に言わなければならない」


「……っ!」


「ムカつくか? 理不尽と思うか? でもこれも俺の仕事だ。俺も守らなきゃならないものがある」


 私は無言で車から降りる。そのまま扉を閉めようとした直前に、山下さんが言う。


「明日7時に迎えに来るからな。そんな顔して出て来るんじゃないぞ」


 山下さんが嫌いだ、と思う。最後だけ優しさをみせたりなんかして。 


 私はマンションに入って行く。いつもは温かく感じるエントランスの照明が、今日は寂しく感じた。



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