軋轢
7月。屋外での撮影が増えている。今ドラマは、5話が放送された直後だった。
第6話で、私は矢島さんと一緒に小野田さんを探しに行く。私演じる琴は無理矢理着いて来た設定だ。こちらも有難いことに、SNSで私が犯人だという説が浮上している。実は原作では主人公が1人で捜索に向かうのだが、急遽私がお供する台本に書き換えられたのだ。
今日の撮影は北関東の片田舎で行われている。矢島さんと私は、情報を入手しにヒロインの故郷を訪れる。ヒロインは裕福な育ちだと思われていたが、その実貧乏な生まれだったとここで知る。ヒロインは自らをよく見せる為に、高い洋服を着て美容にお金を掛け、周囲からの評価を高めようとしていたのである。
「いや~、こんだけ暑いとキッツいね。溶けちゃうよ。マジで」
主演の矢島さんが隣で言う。
「え、本当ですか? 一回溶けてみて貰っていいですか?」
「よーし、見てろよ? って出来るかあ!」
私は矢島さんにチョップされる。番組スタッフの1人がスマホで撮影しているので、ドラマの公式アカウントでこの動画は公開されるだろう。矢島さんはアイドルだけどお笑いの能力が高い。だから一緒に居て面白い。
「それにしても暑っちいなあ~」
「ですね~」
本格的な夏に入って、気温が顕著に上昇している。30℃を超える日が続いていて、皆汗水を垂らしながら挑んでいる。今日は最高気温が34℃まで上がるらしい。
天気は快晴だ。空にポメラニアンみたいな雲が浮かんでいる。空と山の緑と雲のコントラストが、鮮やかだ。
これだけ気温が高いので皆疲弊している。動きが鈍くなって演技に集中しづらくなっている。私にとっては汗も難敵だった。ドラマの中では季節が夏じゃないので、汗を掻いているとおかしい。動くとすぐに浮かんでくるので、あまり動かないことも調整の一部だった。
――あっ、高梨さんからのコメントが来てる。
モチベーションを保つのが難しい中で、高梨さんの存在にはいつも助けられている。毎日応援してくれて、褒めてくれる。高梨さん自身が努力していることも、励みになっている。私にとってどれだけ支えになっているか、本人には伝わっていないだろう。その気持ちを伝えられないことが、もどかしい。
きっと、私から高梨さんへの想いは伝えることも無く、知られることも無く、静かに消えていくのだろう。そういえばそんな歌があったと思い出す。
ただゆづとも話したように、高梨さんとどうなりたいという願望は無い。今私が高梨さんのお陰で仕事を頑張れていて、それが将来に繋がれば良い。それだけだ。
誰かからすれば、そんな関係に何の意味があるのかと言われてしまうかもしれない。でも良いのだ。私が良ければそれで。
全員が納得する答えなんて無いし、だったら私自身が納得する決断をすることが重要だ。私は今を生きる。それが将来に繋がる。そう信じる。
「東條」
突如、山下さんに声を掛けられた。また高梨さんのSNSを覗いている時だった。
「うわっ。だからビックリしますってっ。背後から声掛けるの止めて下さいよ」
私は冗談を言ったつもりだったけど、山下さんの表情は硬かった。
「東條、お前現場で携帯触り過ぎだぞ」
「え、そんなことないですよ。今触ったばっかりです」
山下さんは譲らない。
「昔俺が言ったこと覚えてるだろ? ちゃんと撮影以外の時間もコミュニケーションを取れって」
「だから、取ってますって」
私は少し反抗的になる。暑さのせいもあったかもしれない。
「足りないんだよ」
「何がですか」
「お前はこの中では新参者だ。ぽっと出だ。それなのに携帯ばっかり触って現場も見ないで。天狗になってるんじゃないのか?」
私はムッとした。
「だからちゃんと周りの人とも話してますって。じゃあ何ですか。私はずっと気を張って、休みは少しも無いんですか」
「そうは言ってない。でも誰より集中してないと駄目だ。
前に言っただろ。これはお前にとっても事務所にとっても大切な仕事なんだ。ここ次第で今後の活動が変わって来るんだぞ」
「それは分かってますよっ。分かってますけどっ……」
「……」
「……」
2人して黙り込んだ。
私は何故山下さんがこんなに苛立っているのか分からなかった。多少の乱れはあるものの撮影は順調だし、周囲の人に迷惑は掛けてはいない。それなのにどうして。
自分で言うのもなんだが、初の連続ドラマにしては上手くやれていると思う。可愛がって貰えていると思う。
だから何故、この状況が不満なのかと思ってしまう。そりゃあ100点ではないかもしれないけど、及第点は取れているだろう。これ以上求められても苦しくなってしまう。
「今後気を付けろよ」
山下さんが背を向ける。私は返事をしなかった。
そもそも最近、山下さんは機嫌が悪いことが多い。私にはぶつけなかったけれど田村さんや事務所の社員に当たる場面をちょくちょく見る。
何に怒っているのかは知らない。けれどそれをぶつけるのは止めて欲しい。現に私は苛々しているし、山下さんに言われた人達もそうだっただろう。
――どっちが周りのことを考えられていないんだ。
「東條さん。お願いしまーっすっ」
「はい!」
私は勢いよく立ち上がる。その日の撮影中、私は山下さんとは口をきかなかった。