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相談

 年が明けた。数か月が過ぎている。


 今年の冬は寒かった。東京でも雪が何度も積もり、実家のある京都では膝近くまで積もった日があったらしい。


 日本海側ならそのくらい毎年降るが、京都市内では滅多に無い。はしゃいだお父さんが雪だるまを作った画像を送ってきた。3人家族の中で、一番無邪気なのがお父さんだ。家の中でも歌を歌ったり急に踊りだしたり、いつも楽しませてくれる。だから私はよくお父さんを叱っていた。「こら、落ち着きなさい」と言って。私がゆづの前ではしゃぐのは、家の中では叱る役だったからかもしれないと、そんなことを思った。


 弟は無事高校を卒業した。大学への進学が決まっている。場所は関西だ。


 弟くんは、私と違って昔から頭が良かった。将来は銀行に勤めたいようで、お父さんも安心し応援している。娘が芸能界という不安定な業界に居るので、息子には安定した仕事に就いて欲しいのだろう。


 私はと言うと、順調に仕事をこなしている。この3か月間でまたフォロワー数が数万人増加した。急上昇期間を終え、最近は停滞気味だったが、盛り返しているのだ。


 事務所からも「ここでの増加は大きい」と言われたので、とても嬉しく思っている。その効果もあって、私の仕事へのモチベーションは現在非常に高まっている。


 私は関西遠征以降も高梨さんの活動をチェックしていた。高梨さんも私の活動に随時反応してくれる。「いいね」とコメントはほぼ毎回してくれて、それを確認すると安心する私が居た。


 一度対面したからだろう、前より高梨さんとの距離が縮まっていると感じている。顔が思い浮かび、何となく心が通じ合っている気がするのだ。もし向こうも同じだったら、良いのだけれど。


 この3カ月間で高梨さんともう一度会う機会があった。私がとある美容ブランドとコラボした化粧水がリリースされ、そのポップアップイベントを原宿で行った。そこに高梨さんが来てくれた。年齢的にも性別的にも、1人では来づらい筈なのに。


「お久しぶりです。また会えて嬉しいです」


「僕の方こそ覚えて下さっていて嬉しいです。まもりさんは僕の生活の支えです」


 前回とは違い高梨さんはちゃんと顔を見てくれた。まだ恥じらいはある気がしたけれど、それはお互い様だった。困ったような笑顔は前と同じだった。


「化粧水は、彼女さん用ですか」


 私は聞いてみる。


「いえ。今恋人は居ないので」


「そうなんですね」


 平静を装いながら、私は密かに歓喜した。少し前に高梨さんが、インスタグラムで投稿した短編小説の影響もあった。


 その小説は、主人公の男の子がある女性に出会って人生が変わるという内容だった。それまで不良で悪さばかりしていた「俺」が、夢を抱く。いつしか「俺」の中で彼女と夢の大切さが同じになり、「俺」は夢を追って彼女から離れていく。


 夢を叶えた「俺」は、何年後かに地元に戻って来る。そこで彼女と再会するシーンで、話は終わる。


 もし高梨さんにとっての「彼女」が私で、人生が変わったと思ってくれたなら嬉しい。そういう風に想ってくれているなら、芸能人冥利に尽きる。


 誰かの人生に影響や夢を与えられる存在になれているのだと、そう思えるからだ。私は、高梨さんと居れば自己肯定感が上がることを実感していた。


 2回目会ってからは、私は以前にも増して高梨さんのコメントを待つようになった。コメントが無ければちょっとだけ調子が悪くなる。そういえば山下さんと仕事のことで口論になった時も、高梨さんからのコメントが無い時だった。 


 そんな私の変化を誰も気付いていないと思う。親友のゆづ以外は。


 ゆづにだけは事の顛末を話した。前に円山公園で会った人覚えてる? という入りで、その前後の経緯まで。


 ゆづ以外の人に話せない理由は、自分が一番分かっている。自分は仮にも有名人の端くれで、ファンが居て、今が頑張り時だ。事務所から期待をされていて、恋愛するなら「ちゃんとした形」で「ちゃんとした相手」じゃないと認めてもらえない。


 だからたった数回、しかも数分会っただけの相手では受け入れてもらえない。自分でもそう思っているのだ。


 本当は、ゆづにだって話すかどうか迷った。高梨さんは絶対良い人に違いないが、それでもこんな形の関係を認めてくれる人は少ないだろうと思ったからだ。


 実際ゆづも、最初は否定的だった。


《ええ~、マジかあ。それは難しいなあ》


 ゆづとは電話で話した。


「そうやんな。自分でも分かってる。でも別に付き合いたいとか無いし、結婚する気も無いからさ。それでもアカンのかな」


《そうやなあ……》


 ゆづは電話越しで返事を渋った。


《親友としてぶっちゃけて話すけど、正直大賛成出来る相手ではない。それはアンタもよく分かってると思う》


「うん」


《でもまあ……、ええんとちゃう?》


「ゆづ……」


《アンタの人生やし、誰にもとやかく言う権利は無いやろ。そん代わしちゃんと仕事はしいや。私だってアンタがもっと活躍する所見たいんやし。それは分かるな?》


「分かる」


《じゃあええんちゃう? ていうか私が言う以外はバレへんやろうし、いつか勝手に終わるかもしれんしな。アンタもそう思ってんのやろ?》


「うん。ゆづが誰かに情報を漏らすとは疑ってない。だから言った。


もし自然に気持ちが無くなるなら、それはそれで良いと思ってる」


《やんな。……大体アンタさ、私やったら認めてくれると思って電話してきてるやろ》


「……」


《おい、バレてるからな》


「……やっぱり?」


 私は表情を崩した。


《はあ~。アンタのこと何年見てきてると思ってんの。まあええよ、もしそれがバレてアンタが炎上して関西戻って来るなら、また一緒に遊ぶだけやし。好きにしいや》


「ゆづ~」


《泣くな》


「泣いてへんわ」


《イメージの中で私に抱き付くな》


「隣に居たら確実にダイブしてたわ。助かったな」


《どういう脅迫の仕方?》


 ゆづはどんな私も認めてくれる。最高の親友だ。話す相手にゆづを選んだのは間違いじゃなかった。


「ゆづ、ありがとう」


《おう》


 そのゆづは、予想した通りクリスマスにゆうやにプロポーズされたらしい。その直後にビデオ通話が掛かって来た。


 ビデオ越しでは、何故かプロポーズしたゆうやが泣いていて、ゆづは快活に笑っていた。久しぶりに見るゆうやはちょっと大人っぽくなっていて、髪が短くて精悍だった。大人になっていると感心した。


《真美~。俺ゆづきを絶対幸せにするから~。お前も応援してくれや~》


「あはは、応援してるって。鼻水拭きいや」


 2人が付き合ったのが4月だから、交際記念日に入籍するそうだ。だからあと約1カ月後である。


 式は11月に挙げる予定だと言っていた。10・11月に挙げる人が多いそうだ。


 大好きな2人が幸せで、私も幸せな気になった。私は結婚するつもりも、相手も居ないけど、そんな2人を見ていると、私もいつかはしたいと思った。


 今年は、良い1年になる気がしていた。 





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