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芸能人


白一面のスタジオ。天井は、空調や設備が剥きだし。無機質な空間に、大量の機材が並ぶ。


今、私の目の前に一台のカメラがある。その後方では十数名の人間が視線を飛ばす。


皆、いちように私という被写体を観察している。微笑を浮かべ、しかめっ面で腕を組み、雑談しながら。


私はそれらの視線を受け入れ、カメラに集中する。1つの作品となる為に。


「良いよ~。可愛い。もっと笑って」


 カメラマンの指示に従う。鏡の前で何度も練習した笑顔だ。笑顔と言っても1つじゃない。楽しい笑顔。魅惑的な笑顔。攻撃的な笑顔。挑戦的な笑顔。恥じらいのある笑顔。悲哀した笑顔。その全てを私は使いこなす。


 他にも、髪の毛、メイク、立ち姿勢、振る舞い、声、ファッション、行動、発言と、全要素を組み合わせて「東條 まもり」を形成している。私と事務所の社長とマネージャー、その他纏わる多くの人で作り上げたペルソナだった。


 私は東條 まもり。23歳。職業はモデル。


他にCMやドラマへの出演や、ユーチューブ活動、自分のブランドの展開と、所謂芸能活動を仕事にしている。


 私が上京してきたのは18歳で、高校卒業と機にやって来た。だから今年で6年目。地元は京都で関西弁だけれど、仕事の為標準語に直した。今ではイントネーションも完璧で、自分から言い出さなければ関西出身だとバレることはそうそう無い。


最初は、標準語に抵抗があった。特に関西人は関西弁とその喋りに誇りを持っていて、すぐに「関西を捨てた」などと言われてしまう。私自身、標準語を使っている自分に違和感があった。


話し言葉が変わる速度は、新しい土地に馴染む度合いと比例すると思う。だから今の私はちゃんと東京に馴染んでいるのだろう。厳しいけど愛情のある事務所の社長と、ストイックでお兄ちゃんみたいなマネージャー、他にカメラマンさんやモデル仲間、俳優仲間も出来ていて、充実している。


 最初は不安だらけの東京生活だったが、今ではこうして仕事を貰えている。そのことに感謝だ。この業界はかなり流動的で、流行り廃りのスピードがとても速い。私程度の人材は大勢居て、気を抜くとすぐに忘れ去られた存在になってしまう。そんな中自分の立場を確立しつつあるのは、幸運としか言いようがなかった。


「撮影終わったー。疲れたっ」


 今日は専属モデルをしている雑誌の撮影だった。撮影回数は月によって変わり、今月は2回目だった。


撮影場所は企画によって変わる。スタジオは都内に無数にあり、野外ロケも珍しくない。


私はどちらの撮影も同じくらい好きだった。室内が基本だとして、外だと行ったことの無い場所に行ける。例えば11月には紅葉の季節がやって来る。その時期に外苑前に行けば銀杏の色鮮やかな風景を楽しめ、それ以外にもロケ先で行った場所のカフェやスイーツ、それぞれの街並みなんかを堪能出来る。


そういう時間も撮影の一部だ。チーム内のコミュニケーションが大事だから、カメラのシャッターが切られている時間だけが仕事ではない。そう教えて下さったのはマネージャーの山下さんだった。


「おっし、お疲れ! はい、これスタバのホワイトモカ。東條、朝から飲みたがってただろ」


「え~、気が利く。流石私のマネージャー」


「いや、もう6年目の付き合いだからな。貴女のことは大抵分かりますよ」


「じゃあ私が今何考えてるか当てられますか」


「そんなの簡単だよ。早く帰りたい、だろ」


「正解ですっ、では運転お願いしますっ」


「はい、行きましょうっ」


 山下さんには、私が芸能活動を開始した時からお世話になっている。年齢は確か36で、この5年で結婚をして娘さんが生まれている。


娘の花音かのんちゃんは現在2歳で、私も何度も会っていてすこぶる可愛い。会う度に成長するので毎回楽しみにしている。早く「まもりちゃん」と呼ばせたい。


「今日はこの後何か予定でもあんの」


「プライベートなことは教えられませーん」


「え、俺マネージャーなのに?」


「当たり前です。公私混同しないのがポリシーなんで」


「分かりました。その代わり羽目は外さないように。情報なんてどこから漏れるか分からないからな。暴露系ユーチューバーなんてのも居る時代だからな」


「安心して下さい、会うのは女の子なんで」


 ユーチューブに限らず、SNSはこのご時世に不可欠なツールだ。


SNS発で有名になったアーティスト、ユーチューバー、社長、タレントは数知れず。SNSを制した者がビジネスを制すと言っても過言ではない。実際、主要なSNSであるインスタグラムやX、ティックトック、ユーチューブのフォロワーと、人気・メディアへの露出度は比例している。


 SNSは、人気の物差しになる一方で悪質な使用の仕方をする人達も現れている。その一例が山下さんの言った暴露系ユーチューバーだ。


 彼らは週刊誌も知らない情報をどこかから収集し、ネット上で暴露する。その情報に人々が食いつき、再生回数を伸ばして利益を得ている。


 これまでに既に、多くの不祥事が暴露されている。例えば人気俳優による女性への酷い扱いや、愛人との隠し子。企業や芸能事務所の社長との枕営に、違法賭博。ステルスマーケット。乱交パーティーなど。


 その効果は凄まじく、人によっては芸能人として引退を余儀なくされた人も居る。それが人気者であるほど影響は大きい。映画やテレビ、コマーシャルの打ち切り・契約解除による罰金は何億円にも上る。また、好感度が高い人ほどバッシングは大きくなる。無意識にしていた期待を、裏切られたと感じるからだ。


 だから本当に信用出来る相手じゃないと、簡単にプライベートを見せてはいけない。


「お疲れ様。明日は朝イチからの撮影だからな。寝坊すんなよ」


「はい、ありがとうございます。お疲れ様で~す」


 


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