桜の木に背を預けて(7)
それでもなんとか歩を進め、校舎を出ると、校門へと向かう。足が思うように動かない。気づけば、僕は桜の木の下で足を止めていた。
――ここに彼女がいたはずなのに。
そう思いながら桜の木を見上げる。桜の花びらがひらりはらりと舞い落ちる。何とも言えない虚無感に包まれた僕は、そのままズルズルと桜の木の根元に腰を下ろした。
――やっぱり僕の勘違いなのか……。
そんな疑問すら浮かんでしまう。
僕は、ただぼんやりと空を眺めていた。どのくらいの時間、そうしていただろう。いつの間にか、空が茜色に染まっていた。腕時計を見ると、時刻は既に五時を過ぎていた。
――いつまでもこうしてはいられないな。
僕は帰路につくため立ち上がる。春特有の肌寒さが身に染みた。
――やっぱり桜なんて好きじゃない。
僕は、独り言ちる。春の風に乗って、漂ってきた桜の香りが鼻腔を刺激した。
――ああ、嫌だ。
そう思った瞬間、頬を一筋の涙が流れ落ちた。僕は慌ててそれを拭う。しかし、一度溢れ出した感情を止めることは出来ず、次から次に涙が零れてくる。僕は、嗚咽混じりに呟いていた。
――好きだ。好きなんだ。
どうしてこんなにも胸が苦しくなるのか、自分でもよく分からない。ただ夢に見ただけの人なのに。きちんと言葉を交わしたのは、今日が初めてなのに。それでも僕は彼女が好きなのだと思う。初めて彼女の夢を見た時から、きっと僕は彼女に恋をしていたのだ。
どうして、もっと早く気付かなかったのだろう。僕はこんなにも彼女に焦がれているというのに。苦しくなるほどに彼女を求めているというのに。
溢れるほどの気持ちを持て余し、僕はただ涙を流し続けた。
結局、家に帰ることもできず、桜の木を見上げながら、泣き続けていると、まるで僕の涙を拭うように優しい風が吹いて、たくさんの桜の花びらがひらひらと舞い落ちてきた。それは、とても幻想的な光景で、思わず僕は目を細め、その美しさに見惚れた。
――綺麗だ。
桜の木は夕日に照らされ赤く染められていて、舞い散る花びらはまるで紅玉の欠片のように輝いていた。
その輝きの中に、僕は彼女の姿を見た。
突然のことに、僕の身体は上手く動かない。立ち尽くしていると、彼女がゆっくりとこちらに近づいてきた。
――東雲先輩……。
僕は彼女に手を伸ばそうとした。しかし、やはり身体が動かない。
その間にも彼女はどんどんと近付いてきて、やがて僕のすぐ傍までやってきた。そして、優しく微笑んだ。




