最終話 だから私は…最期に笑って死ねたんだよ
僅かな明かりも届かない深い海の底、私はここで仰向けになって倒れている
どれだけの深さなのか知らないけれど、感覚として水圧で潰されてもおかしくない深さにいるはずなのに、私の体は何故か無事…
けどそれ以上に不可解なのが、私は水の中で息ができないにも関わらず、どうしてか全く苦しくないということ
「貴方の仕業なんでしょう?クッキ」
問いかけてみた、するとどこからともなくクッキが私の横に現れて「その通り」と答えた
「ねぇ?教えて、私の身になにが起きたの?確か私…船に…!」
この時、少しだけ、ことの顛末を思い出せた、と言っても頭に写っているのはぼやけた映像のように不鮮明だけれど…引き摺り出されるように、次々と記憶が蘇っていく
「思い出したかい」とクッキが囁いてきた
「私…私は」だんだんと、頭に映る映像が鮮明に映ってきた
それでも、どうしてこうなっているのかはわからずじまいだけれど…
だけど、思い出した、私がなにをしていたのか…完全に
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ある日、母が買い物をしている時、偶然福引を見かけて、買い物のついでにやってみたという、そしたら見事一等賞を引き当てて、客船、[モブラン丸]で小笠原諸島にただで向かえる旅行券を手に入れたようだ
しかもその船は小型であれば大抵のペットも乗船可能なようで、それには猫も含まれていた
丁度来週からはお盆休みが控えていたということもあって、私たちはクッキも含めた家族4人でその船へ旅行することになり、早速予定を確認したり、ちょっと気が早いのに支度を始めたりして、私たちの気持ちは高なっていたのだ
そして8日後、旅行当日になり、今私たちはお母さんが旅行券を引き当てたモブラン丸の目の前に立っている
私たちは旅行への思いを馳せながら、足踏みをするように一歩一歩強く地面を踏んで、船の中へと入っていった
ポーーーと船が汽笛を唸らせ、船は太平洋を海原を泳ぎだしていく
楽しみ、本当に…目的地である小笠原諸島に着くことそのものが楽しみというよりは、そこに向かっている船が、そのために海を泳いでいて、その船に自分が乗っているということに、なんだかテンションが上がってしまう…当たり前だ、海の中にはたくさんの魚達が泳いでいて、そこには彼らの社会が築き上げられている…
それが海という場所であり、魚達にとっての世界そのものであるはずなのだ
そんな所を私はいまなんの悪意もなくその上で、船を通して立っている…このシチュエーションにテンションが上がらない人なんてきっといない
そんなことを考えながら、私は船内の部屋でくつろごうとクッキと一緒に部屋に向かった
私はその道中、どんな部屋になっているのかなと、あれこれ妄想を膨らませて部屋に入っていった
だけどそこにあったのは、縦幅が僅か15メートル、横幅にいたっては2メートル程度の異空間であり、この空間の中にざこ寝専用といっても過言ではない、床の部分をそのままベット用に手を加えただけのお粗末なベットが大量に安置されているだけの、幼稚園のお昼寝時間の密集ざまを健全に再現したかのような出来であり、今夜ここで眠るのかと思うと寒気がしてならなかった
しかも試しにベットで眠ろうとベットで寝転がろうと枕に頭をつけてみると
「かった!なによこれめっちゃ固いじゃない!!!」
と思わず大声で叫ぶほど想像以上に枕が固かった
「今ケイキちゃんのスマホで調べてみたんだけど、福引きで当たる1番安い部屋なんてこの程度のものらしいよ」
と、いつの間にか私のスマホを勝手に触って検索したクッキが、部屋を間違えたのかなというワンチャンに期待していた私の心をへし折ってきた
更に追い討ちをかけるように「もちろんここは個室じゃないから、僕ら以外の大勢の旅行客とここで夜を過ごすことになるね」と説明してきた
私は、私の知らないおじさん達とここで一緒に眠るのかと想像してみると、だんだん寒気を通り越して吐き気がしてきて、私は逃げるように一目散にこの部屋を出ていった
くつろぐためにこの部屋に来たはずなのに、部屋に入る前より間違いなく私は疲弊したのだった
私たちは部屋でのことを忘れたかくて、なにも考えずただひたすらその他の船内を見て回っていた
そうこうしている内にいつの間にか日が暮れて夜になり、私たちは食事をとるために船内にあるレストランへ家族と一緒に向かった
私はそこでトマトが全体に塗りつけられた生地に、様々な種類の野菜が多く盛り付けられたピザを口につけた、ピザに含まれているチーズが、柔らかいお餅のように伸びて、そのせいで服などに当たって汚れれないように気をつけながら体の中へと呑み込む、そしたら生地に塗り広げられたトマトと野菜達が口の中で調和するように味が広がり、たまらない快感を覚えさせてくれる
一方、この船の操船席では、船員達が舵をきり、順調に海の上を船が泳いでいるように見えた
だが突如として前触れなく、船が左右に大きく揺れ動いた、船員達はすぐにそのことに気がつき、何が起きたのかとエンジン等の様子を見てみたが、見たところ船そのものにはなんの異常もなく、代わりに波が普段よりも高く揺れ動いていることが、操船室に取り付けられている窓を見て分かった
だが妙である、夜空には広い天井に幾つもの小さな照明を配置したような星空をしているほど快晴であるはずなのに、突然海の波が大きく活発になり、しかもだんだんとそれが早くなっているのだ
とにかくこの地点をやり過ごそうと船員達が各々動き回っているのだが、またも突然に、更に波が強くそして早くなり、徐々に船が半径10メートルほどを円状にぐるぐると回り始めた
当然、この事態にはケイキ達も影響を受けることになる
「きゃあー」と思わず叫んでしまうほど、突然船が大きく揺れ動いた、慌てて外の様子をガラス越しに見てみると、さっきまでなんともなかったはずの海の波が突然荒波に変わっていた、この船はそれに巻き込まれているんだろうなとは想像できた
だが悠長に状況を分析している場合ではないことも同時に分かった、船は毎秒と言ってもいいほど動いているように揺れていて、立っていられるのもやっとというほどだった
船員達としても、一向に波が収まる気配がなく、それどころかますます荒ぶる一方であり、現代の技術力で作られているモブラン丸であっても、軽々しくその脅威に晒されて、操縦不可になってしまっている
そして最悪な事に、この荒波が更に急激に激しさを増し、そのせいで船が波に大きく持ち上げられ、船が完全に傾いた状態で海に着水してしまう
この2つの衝撃によって私達は先ず船ごと天井まで体が持ち上げられ、かと思えばそのままもの凄い勢いで左奥の壁まで吹き飛ばされるように激突した
照明の灯りは完全に断ち切れ、辺りに食器や食べ物が散乱している
船は横転した事で完全にコントロールを失い、ゆっくりと海の中へと沈んでいった
だけど私は、今なにが起こっているのか分からなかった、いや、この場にいる誰もが分かりたくなかったんだと思う
目の前の景色が約90度に傾いて、窓からも、それ以上に体で船が沈んでいっていることを全員が察知していながらも、今自分たちが置かれている状況を理解することが怖かった
だけど現実は淡々と景色を移し替えてゆく、窓からの景色がもういいのがれできないほどに明確に海に沈んだと伝える景色が流れた瞬間、全ての船員がパニックを起こし、誰もが自分だけでも助かろうと周りにあるもの全てを蹴散らして、逃げ場なんてないのにどこかにあるかもしれない逃げ場を求めて船内を走り回る
そんなことを全員が一斉にしているので当然ながらカオス状態になって、ただ立っているだけで2秒に一度は他の誰かと体がぶつかるという状態だった
だけどそれは私も例外じゃない、この頃になるともうこの船が沈んでいて、私たちはこれからゆっくりと死んでいくんだということを受け入れてきてしまっていた
私はなにをしたらいいのか、何をどうしてどうするのかが分からなくなって、ただただ無闇にクッキを抱き抱えて守ろうとした
クッキを守る動作をとることで自分の中の、感じて正解であろう恐怖心を消し去ろうとした
だけどそれ以上に、何かに力強く抱きつく動作をすることで少しでも自分が陥りつつあるパニックを和らげようとした
そんなことをして、助かるわけでもないのに…
やがて窓ガラスが水圧に耐えきれなくなって破裂し、この食堂に水が入り込んできた
それでも私はクッキを抱きしめ続ける、私自身の意思をしっかりと待っての行動なのかすら曖昧で、ただ必死にクッキを守ろうと抱きしめ、目を瞑った
食堂が完全に水に浸かり、息ができなくなった
クッキを抱きしめる力もなくなり、その瞬間私はクッキを手放してしまった、すぐにまた抱きしめようとクッキに泳いで近づこうとする、だけど思うようにクッキに近づくことができずそれどころか少しずつ離れていっていった
それでも私はクッキに近づこうとしたからすぐに息は底をつき、私の意識がだんだんと遠のいていった
クッキが私に何か言っているような気もするけど聞こえなかった
私の体は水流に流されて割れた窓から海の中へと出ていった
意識がどんどん遠のいていって、もうほとんど残ってない
今にも消えそうな視界には、私を追いかけて泳いできているようにも見えるクッキが映っている
けどそれについて考える余裕もなく、私の意識は完全に途切れた
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そうだ、私は沈没事故に遭って、死んだ
あの状況から助かるはずもないから、間違いなく死んだはずだ
だけど私は今生きている、身体を動かすことが出来ないけれど、何故か海の中にずっといるのに苦しくもなくて、クッキと声が濁る事なく会話ができている
「クッキ、貴方本当になにをしたの?私を…助けてくれたの…?」
黙り込むクッキにもう一度聞いてみた
覚えはないけど、私の頭にはクッキが神様のような存在だという記憶があったからそれを信じた上で聞いたのかもしれない
しばらく沈黙を貫いていたクッキだったけど、ふとした瞬間振り向いて私の方を見て、あることを語り出した
「…そうだよ、僕が君を助けた。このまま黙っておこうとも考えていたけど、そうだよね、何も知らないまま死ぬのは、嫌だよね…うん、全て説明するよ、君はどうして今死んでいないのか、僕がどうして君を助けたのか…その前に聞かせて、今の君は、これまでの全ての記憶を引き継いでいるはずだから、僕が何者なのかはわかるよね?」
「生の象徴だっけ?でしょ?布袋、それがクッキの本当の名前」
「うん、正解、覚えているようだね、じゃあ教えるよ、僕の全てを君に」
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知っての通り、僕は生の象徴、君たちが七福神、布袋と呼ぶ存在だ
僕ら生の象徴の役目は死の象徴の秩序を陰ながら護ること
例えば1つの種が過剰なまでに増殖し、その他の種に直接的な影響を及ぼすようならばそうなる前かそれが拡散される前に、増殖した種を調節する事等が僕たちの役目だった…ここまでは知ってるよね?
そんな中、僕たちが護っていく対象の中に、人間という種が追加された
僕らにも匹敵するほどの高度な知性を持った人間は僕たちの想像を遥かに超える速度で進化を続け、もはや僕たちの手には負えない状況となっていく
僕たちはこれを地球の意思であると判断し、人間達を敢えて放置して、見守っていくことにした
だけど人間達の知性は想像以上の知世を既に身につけていて、ついには僕たちの存在を知覚するにまで至ったんだ
人間は僕たちを神と崇め、信仰するようになっていく
僕たちは人間達と交流し、共存して行くことに決め、人間達を優先的に守るようになっていったんだ
人間は僕たちを宗教という形で神格化を続け、僕たちとしても初めてできた生の象徴以外の友達に、どこか心が揺さぶられるものがあったのだろう
僕はそれが特に強かった…いや、強すぎたんだ、僕は初めてできた死の象徴とのふれあいに、心を打たれすぎてしまった
そのうち僕は生きていくことそのものの理由に死の象徴の存在を求めるようになっていって、その度に執着心が増していって、いつのまにか依存していた
だけどやがて、人間達が僕ら生の象徴の存在意義そのものを脅かすようになっていった
人間は脅威的な速度で繁栄を続け、他の種の生存を脅かすようになっていった
これだけならその他の種にもある事だけど、人間の場合はその規模が異常だった
人間の場合はその地域の種どころか、地球中のかなり広い範囲で同程度の速度で進化をする事が多かったから、その付近にいる種が集中的に数を減らすことになっていき、遂には人間によって絶滅する種も現れ始めた
僕たちはそうならないよう対処しようとしたけれど、人間と共存する事を決めていた僕らには、人間を調節するという判断ができかねていた
そうして僕たちが躊躇っている内に、人間は加速度的に進化を続けていき、その規模も増していった
それだけじゃない、人間達はやがて、このまま自分たちによって種を減らしていけばやがて自分たちにとっての不利益になると自分たちで考えられるようにまでなっていき、これまで僕たちが行なっていた、『特定の種が増えすぎているからその種の数を調節するという行為』を、死の象徴である人間が行うようになっていったんだ、もちろん僕たちに比べれば非効率的だし、まだその段階にまで達していない人間も多くいたことは間違いないけれど
それでも人間との共存を止めることはなかった僕らは、自分たちの判断は果たして正しかったのかと疑問を持ち始めた、自分達の決断に対し疑心暗鬼になっていき、その内人間と関わることも自然と少なくなっていった、僕を除いては
既に僕は人間への依存から抜け出せなくなっていて、人間との交流そのものに執着するようになっていたんだ
それが間違いだった
更に知性をつけ、科学という独自の知識を身につけていった人間は、僕たち生の象徴の存在そのものを疑うようになっていった、人間達は自分たちが身につけた科学という知識こそが正しいという方へと認識が変化していき、その科学に当てはめられない者は悪だという様にも認識するようになっていった
その中には、僕たちも含まれていた
僕たちの存在は科学に当てはめる事ができないと結論づけると、人間はまるで根本から別のものになったかのように、僕たちの存在を否定し、悪とみなし、間違ったものの象徴として僕たちを迫害するようになっていき、遂には自分たちで、存在から僕たちの記憶を消し去った
その瞬間、僕たちの中に、歪みが生まれた
今までずっと人間達を、どこか信用していたのかもしれない
僕らには匹敵する程の知性をつけた時点で、明らかに危険な種であることは分かっていたはずだし、やろうと思えば存在自体を消すことだって出来たんだ
だけど僕たちはそうはしなかった、期待していたんだろう、寂しかったんだろう、みんな
幾千万年もの間多くの種を護り続け、僕たちは食物連鎖で成り立つ様々な死の象徴達の繋がりを見てきた、だけど僕たちにはそれがない、同じ生き物であっても、生の象徴と死の象徴とでは、変わることのない境界線があったから
そんな中人間という種が誕生して、これまでで一番僕たちに近い種が現れて、嬉しかったんだろう、期待したかったんだろう、ようやく、僕たちにも繋がりができるんじゃないかって…みんな、心のどこかで…
だけど、その人間達のせいで僕たちの持つ役割は奪われ、他の種を次々と絶滅させていき、そして最後には迫害された
僕たち全員が分かったよ、これが知性を持った死の象徴の恐ろしさだって、もっと早く処理すべき種であったって…だけどもう遅い、人間は地球において繁栄しすぎた、既に人間の存在に依存している種も多くいて、人間によって新しい種が生み出されたりもして…今人間を絶滅させれば、地球環境そのものに影響を与えかねなかった、生の象徴が死の象徴に直接的な影響を与える、これは絶対にあってはならないことだったから、既に人間を止めることは、不可能になっていた
それを悟ったのか、ある日突然、役目を終えたと言い残して大黒天が死んだんだ
生の象徴の中で、初めての死者だった…
悲しんだ、いろんな事を思った、これが人間達の言っていた、死への嘆きなんだなと、この時初めて僕は理解した
だけど悲しんでる余裕なんて、僕たちにはなかった
僕たちは大黒天の死を機として、金輪際人間には干渉しないことを決めた。僕たちの護りがなくなった人間は、これまで以上の速度で進化を遂げ、そして争いを激化させていったという
こうして人間に関わる事をやめた僕たちだけど、まだ問題は残っていた
さっきも言った通りほとんどの人間は既に自分たちで近隣にいる種の数の調節ができる段階にまで進化していた
ここで僕たちが本来の役割に従って生物の数の調節を行なっても、それは人間の行う筈の行為を妨げる事になる
いくら干渉を辞め異常な発展を遂げたとはいえ、人間はあくまでも死の象徴…僕たちがその活動の障害となることは許されなかった
これによって僕ら生の象徴の役割である『死の象徴を陰から護る』という地球上の本来のシステムは事実上崩壊した
居場所を失くし、役割を無くし、僕たちは人間に全てを奪われた
生の象徴の中でもそれでも生きることを選ぶ者、死を選ぶ者とに二分していき、生きることを選んだ者もまた、この時は地球各地にバラバラに散らばって、死の象徴に紛れて生活する事を選んだ
だけどこの期に及んでまだ、僕は人間に可能性を捨てきれないでいた
というよりも困惑?していたんだ。
人間は僕たちから全てを奪っていって、裏切って、だけど僕にとってかけがえのない時間を、一瞬だけでも与えてくれたことも間違いなくて…
自分の中で何を信じたらいいのか、人間に対してどう思えばいいのか、それがどうしても決められないまま、僕は日本の山奥で、普通の野良猫として静かに暮らしていた
紅葉の紅葉が降り積もるその日も、僕はいつものように、山で狼を狩って食べていた…今思えば、この行為自体が死の象徴の真似をして、自分の気持ちをはっきりさせる近道にしようとしていたのかもしれない…
だけど食べていた場所がどうやら人の住む家が近くにある場所だったみたいで、ある日偶然、水が汲まれた水桶を持って歩いていた、黄色目の着物を着た10歳丁度くらいの女の子に、食べている様子を見られてしまった
当然、ただの猫が1匹で狼なんて殺せるはずないから、それを見た女の子は思わず持っていた水桶を地面にストンと落としてしまうほど驚いていた
僕はこの時、うっかり「しまった」と声を出してしまった
これが全ての始まりだった
「あなた、もしかして喋るの?」僕が話した言葉が耳に入って、不思議そうに僕に話しかけてきた
今思えば、この時はまだ普通の猫のように振る舞えば、誤魔化すことも出来たかもしれない、だけど僕は、期待してしまったんだ、今この娘は、僕と繋がろうとしている、ここで僕が呼びかけに答えれば、また人間との繋がりを持つことができるかもしれない
そんな考えが脳裏をよぎってしまい、僕はそれに流されるように、少女に返事をしてしまった
「君は、僕が喋って、変に思わないの?」それを聞いた少女は、目を輝かせながら僕を勢いよく抱きしめて 「かわいい〜〜〜〜、しゃべるねこさんなんて初めて〜〜〜〜」と、これまた無邪気に僕を撫で回した
離してと僕が言うと、申し訳なく思ったのかすぐに離してくれたけど
「ねぇ、あなたどこから来たの?お家はどこ?」
そう聞かれて、また、甘えともいえる考えが頭に浮かぶ、どっちつかずだった考えに、ここで決着を着けられると思った
「ここだよ、僕の家はこの山さ」そう、答えた
「へぇ〜、やっぱりそうなんだ!一緒だね、私たちもこの山に住んでるの」
「へぇ、そうなんだね」僕の欲望はもう止められずにいた、少しでも長くこの娘と話しをしていたい、ただそれだけを考えていた
「でもねこさん、この山のどこら辺にお家があるの?」
「特にないよ、この山全体が僕の家さ、この山で特に縄張りを決めずに自由に生きてるんだ」
「え〜、そんなことしてお父さん、お母さんに怒られないの〜?」
「僕に親はいないよ、だからなにをしても自由なんだよ」
「え?」僕のこの言葉を聞いて、その娘は少し悲しそうに驚いた
「それって…寂しくない…?」
「ぜんぜん、初めからいなかったからね」
何気なく答えははずだった
けれどそんな僕の解答を聞いて、少女は僕を哀れんだのか、同情したのか、寂しそうな目で僕に優しく語りかけた
「でも…やっぱり、さみしいよ、そんなの…ねぇねこさん、よかったらだけど、私と一緒にくらさない?」
嬉しかった、一瞬だけ、この世の全ての物事を忘れてしまえるほどに、これまでの努力が報われたかのような、そんな気がしたんだ
「いい…の」静かに、なにかを貯めているかのように、ゆっくりと聞く
「うん!あ、でもお父さん達に気づかれたら追い出されるかもしれないから、内緒でお願いね」
「内緒…」
「そう、内緒よ、お父さん達怖いから」
それだけでいいのかと、思ったよ、人間2人に注意するだけで、僕はこの娘と、また、人間と一緒に生きていくことができるんだって
こみあがりそうになる安堵の涙を堪えながら、僕は「じゃあ…お願い…しようかな」と静かに答えた
「えぇ、喜んで!」両手を顔の前で叩きながら、その娘も嬉しそうに了承してくれた
「こっち来て」僕はその娘に連れられて、林の少し奥の方へと歩いていく
その道中で、彼女の話しを聞かせてもらった、どうやら彼女の名は安子と言うらしく、彼女の一家は代々この山奥で農家を営む家系なのだという
といってもこの山を所有しているような大きな家系ではなくて、持ち主がいないこの山に勝手に家を建てている状況なんだそうだ
まもなくして、安子の住む家が見えてきた、小さな木造の一軒家で、家の隅には小さな畑が置かれていて、そこに安子の父親らしき人間がくわでそれを耕している
「ここが私のお家、慎重にお願いね、お父さんに見つかったら貴方追い出されちゃうわよ」
「気をつけるよ」
僕たちは彼女の父親の目を盗んで、どうにか家の中に入っていった
「お母さんは今ご飯作ってるから、今は見つからないと思う」
「うん、ありがとう」
それでも念のため慎重に、この家の左奥隅にある安子の部屋の中へゆっくりと入っていった
「はぁ〜〜〜、緊張したね〜〜〜」
「うん」
安子は疲労からの解放からか、少し息を切らしたように呼吸がやや荒くなっている
「でも、これで貴方はこれから私と一緒に暮らすことになったのよ、ねこさん」
未だそのことへの実感が湧けていないままだけど、これからの生き方に確かな希望が湧いていることも間違いがなかった
「うん!こちらこそ、ありがとうね、安子ちゃん」
だけど、ここで安子は気が変わったように聞いてきた
「ねぇ、そういえば、あなた名前なんていうの?ねこさんじゃちょっとあれでしょ?」
「…」
別にいいと思った、これから一緒に生きるわけだから、彼女に話しても、別に…
「そうだね…実は僕、ただの猫じゃないんだ」
「でしょうね」
「僕の名前は布袋、君たちの言う、七福神さ」
「え!?」
安子は一瞬、なんの前触れもなくその事を告げられた驚きからか、静止したように体が動いていなかった
「え!?え!?え!?え!?ーーーー!???」
面白いくらいに驚いている、そんなに騒いだら父親達に気づかれそうなものだけど
「え!?え!え?え、?布袋ってあの布袋様だよねーー??じゃあねこさんって、神さまだったのーーーー!?」
「まぁそうなるね、けど、神さまって言っても、そんなに大したものじゃないよ…」
「じ、じゃあ、私は神さまと一緒に住もうって言ったことに…」
すごくバチ上がりな事をしてしまったように手で頭をかき混ぜていたから、僕は安心させるために「これからよろしくね、安子ちゃん♪」と、優しく言ってみせた
それを聞いて、彼女は僕に少し親近感を覚えたのか、何者であっても、さっきまで自分といた猫であることには変わりないと思ったのか安子はすぐに切り替えて「えぇ!こちらこそよろしくね!!!布袋さん!」と、明るく返事をした
それからの毎日は、楽しかった
僕がずっと求めていたものが、ようやく手に入れられたような気がしていた、これまでの努力が報われたかのような気持ちになっていた、人間に対して疑心暗鬼になりかけていた僕の心を埋め合わせるのには、充分すぎる時間だった
やがて時が過ぎ、気がつけば5年の月日が流れていた
それまでの間彼女の両親に気づかれなかったのは、今考えても奇跡だったと思う
安子自身もいつの間にか背丈も伸びて、女の子と女性の中間のような姿に成長していた
だけどこの辺りから間違いなく、彼女が僕に向ける視線が、少しずつ変わっていった
まるで物でも見るような眼
今まで向けられていた、なんの曇りもないような純粋な瞳が、徐々に濁りに染んでいくような気がしていて、僕もそれになんとなく気づき始めていたけど、この先に待つ結末がなんとなく見えかけていて、それを認めたくなかったから、気づいていないフリをしていたのかもしれない
だけど不安は拭いきれなくて、ある日僕はどうしたのかと聞いてみた
「どうしたの?安子ちゃん?なにかあったの?最近あまり元気が…」
「大丈夫、大丈夫よ…」変わらない眼でそう言った
更に一年が過ぎたある日の事、外は僕らが出会ったあの日のように、真っ赤に染まる紅の紅葉を、赤い夕日が満遍なく照らしていたく
その日、安子は「ちょっと出かける」と静かに言い残して部屋を出ていった、明らかに様子がおかしいとは分かっていたけど、僕は気づかないふりを続けてしまう
そして1時間が過ぎた時、安子が部屋に戻ってきて、それと同時に勢いよく僕に飛びかかって僕の首を強く締めつけた
「う…あ…あ…安子ちゃん…どうして…」
突然で、訳がわからなくなった、だから僕は何も考えずに、縋るように理由を聞くしかなかった
「うるさい!もう嫌なのよ、貴方といるのは!6年も貴方の事を親に隠し続けて、もう疲れた…だけど貴方を望んだのは私の方だから、無責任に追い出すわけにもいかなかった…だけどもう限界!私は、これ以上貴方を隠しきれない!それにね…私、だんだんこう思えてきてしまったの、貴方を。
喋る猫、6年前の私にとっては、全く目新しくて、刺激的で、新鮮で、その全てが好奇心を満たし続けてくれた、あの頃の私は間違いなく、貴方を愛していた…だけど!」
だんだんと、爆発するような力強い声から、涙を含んだ悲しい声へと変わっていっていた
「だんだんこう思えてきたの…なんでこいつは猫のくせに喋ってるんだろうって、貴方は私に、自分は神だからと昔説明してくれた、だけど時が経つにつれその事を疑い始めてきた、本当に貴方は神様なのかと思い始めた!!その内に貴方という存在自体に疑問を持ち始めてきた!!!そしたらいつの間にか貴方と一緒にいることそのものに疲れるようになっていった!!!!!
………気持ち悪いって、思えてきた」
最後のそれを聞いた瞬間、僕の中でなにかが切れたような音がした
「………ねぇ、貴方言ったよね?神様だって、七福神だって、だったら私を助けてよ、最低な私を救ってみせてよ」
僕は何も言えなかった、自分の目の前に映っている光景を信じることはできなかった…いや、信じたくなかった
頭で整理ができなかった、何が起こっているのか分からなくなってきた、これは夢なんだと思った、だけど全て現実だった
追い討ちをかけるように彼女は僕に、涙を流して訴え続けた
「もう…嫌なの、貴方といるのは…ごめん、ごめん、本当にごめん…ごめんなさい。消えて、消えて、今すぐ消えて!」
そう言って彼女は僕を片手で持ち上げて玄関までズカズカと早歩きで向かっていき、扉を開けたと同時に勢いよく僕を投げ捨てた
安子は何も言わずに、ただただ悲しそうな眼を見せて、扉を閉めた、それが、僕がみた最後の彼女の姿だった
………しばらく、体が動かせなかった、目の前の景色すらも、しっかりと映せていなかったような気もする
僕はこうなってようやく理解できた、僕は彼女に捨てられたのだと。
同時にだんだんと分かってきた、彼女もきっと、苦しかったのかもしれない、初めて会ったあの頃は、安子もまだ純粋で、何者も疑わなかったのかもしれない、けれど時が経って、成長していって、喋る猫という非現実的な存在を、疑い始めてきたのかもしれない、信じたかったけど、信じられなくなっていったのかもしれない、仕方ないんだ、彼女だって成長するんだから、人間なんだから………結局こうなるんだ
僕はゆっくりと起き上がり、小さなあの家の近くに生えている木々から、風に揺さぶられ落ちてゆく紅葉を無視して、僕は森の奥へと進んでいった
思えば僕は、人間を否定すべきか疑心暗鬼になっている心を埋め合わせるために一緒に暮らしていたんだ、だからこれで、この時僕は確信した
『人間はどうやったところで、僕たち生の象徴の存在を脅かす存在でしかない』と
同時にこの時、人間のことは永遠に信じないと心に決めた
だんだんと、苛立ちが憎しみへと変わっていく
ふと辺りを見てみると、無数の木々から次々と、その木が生きていた証といえる葉達が、美しいくらいに落ち続けていっていた
僕はそれからすぐにその山を降り、とある町の外れにある少し小さな山の中で暮らすことにした、そこで数百年ほど時が過ぎた
その日は、激しく雨が降っていた、暴風で木々が煽られ、雨が横に降っているかのように顔にぶつかってくる
僕はその山で、特になにかすることはなく、目的もないままただそこに住んでいた
時が経つ度に、ただただ人間への殺意と鬱憤を膨らませていくだけだった
そんな中、偶然、僕は寿老人と再会した
「おぉ、おぬし、布袋か、布袋なのか?」
「寿老人…だよね?よかった、まだ生きていたんだ」
久しぶりに再会した僕たちは、まるで人間のように、再会の喜びを言葉で分かち合った
「それはこちらのセリフじゃ、無事で良かったぞ、布袋」
寿老人がそう言ったから、ついでに他の生の象徴が何人生きているのかも聞いてみた
それによるとどうやら、現在にまで生き残っている生の象徴は、僕と寿老人、毘沙門天の3人だけのようだった
他の4人は、全員役目を終えたといって、クリスタルとなったらしい
みんな、人間のせいで死んだんだ
「そういえばお主、なにか雰囲気変わったかの?」
不意に聞いてきた、勘のいいやつだ、昔からそうではあったけど…確かに、今の僕は変わったんだろう、かつてと比べれば
「そんなことないよ、それより寿老人、ちょっと頼みたい事があるんだけど」
「ん?なんじゃ?」
「僕と一緒に、人間を滅ぼさないか?毘沙門天にも協力してもらおう」
空気が、止まったように静かになった、雨が降り頻る音だけが無情に聞こえてくる
「…やはりお主は変わったの、」
吐き捨てるように呟いた
「協力してくれるかい?」
「…悪いが布袋、それはできない、分かっておるじゃろ、人間が絶滅すれば地球への影響は計り知れない、じゃからそれはやめようと…」
「そんなの関係ない!!!」
寿老人が言い終わる前に、僕は彼の言葉を否定するように、大声で、言葉を被せた
「寿老人!君だって分かっているだろ?人間は僕たち天の象徴の存在意義を奪うだけの存在でしかない!僕たちが存在するためには奴らを消さなければならないんだ!実際、既に4人も仲間が奴らに実質殺されてる!この星から消し去るべきなんだよ!!!絶滅させるんじゃない!滅ぼすんだ!!!」
絶叫するような大声で、寿老人に訴えた
寿老人は少し黙った後、こう答える
「…お主の言ってあることも分かるし、間違った事でないことも、分かる…じゃが、それでも、ワシらが奴らを下手に絶滅させることは、あってはならない事なんじゃよ」
そう言いながら寿老人は5メートルほど宙を浮いた
「分かってくれ…布袋」
「………正直これは、僕1人の力じゃ、不可能な事だ。だから、力づくで協力してもらう!」
僕は袋を生成して空気を集め、袋から5、6発の真空刃を打ち出して寿老人に攻撃した
寿老人はそれを見て、真空刃と同じ数の炎を生み出し、勢いよく空中で発射させ真空刃に向かわせた
すると、真空刃に触れた炎が、消える事なく寧ろ更に勢いを増し、僕の元へと向かってきた、僕はすぐに袋でそれらを吸引して防いだ
どうして真空刃に触れた炎が勢いを増したのか、寿老人は僕に説明した
「真空刃は大気中の空気を吸い込み、より鋭利にして発射するもの…いうならば空気の塊、じゃが空気中には必ず酸素が存在するもの、炎とは本来加熱性のある物体が酸素と反応することで発生する現象、ワシはそれを物体なしで発生させているわけじゃが…つまり酸素があれば炎を作り出すことができる、そうしてできた火に酸素の塊をぶつければどうなるかわかろう、炎は更に勢いを増す、つまりお主の攻撃は、ワシの炎へ養分を与えているようなものなのじゃよ」
「ちっ、それなら、お返ししてやるよ!」
僕は真空刃が効かないのなら、さっき吸収した炎を寿老人に打ち出してやった
だけど寿老人はそれを超える威力の炎を、僕の返した炎に繰り出した
その結果、僕の繰り出した炎が寿老人の出した炎にかき消され、そしてその炎が僕に向かってきた
僕がそのことに気づいた時には既に炎は目の前にあって、急いで対抗しようとしたが袋を生成するのすら間に合わずに、僕は炎をまともに受けてしまい、その場から吹き飛ばされ、地面に倒れついた
「くっ、っ、」僕は全身に火傷を負い、痛みから体を動かせないでいる
どうしてこうなったのかも寿老人が説明した
「炎というものは、更に強い炎でかき消すことができる、布袋、お主はワシを相手にするには、絶望的に相性が悪いということじゃ」
負けた、こっちから勝負を仕掛けておきながら、僕は寿老人に完敗した、悔しい…だけど、それでも僕は諦められなかった
そんな僕を見透かしたのか、寿老人は僕にゆっくりと近づいてきて、あるものを渡してきた
手元に軽く収まるピンク色のひし形の石、福禄寿のクリスタルだった
「それは…福禄寿…?」
クリスタルを横たわっている僕の隣に置いた
「ワシが偶然見つけたものじゃ、ワシらには基本的に使えんが、これがあれば出来ることもあろう」
分からなかった、僕を止めたいだけなら、わざわざこんな事をしなくてもいいはずなのに、どうしてそんな事をするのかを
「お主は今、闇の中におる、永遠と続く闇の渦から抜け出せずにおる、じゃがそんなお主にもいつか必ずきっと、光が差し込むとワシは信じておる。止まない雨はある、例え止んでも、光が無ければ暗がりが消えることは決してない。しかしそれでも、お主の光となる出来事が訪れるとワシは祈ろう、これはその象徴なのじゃ」
寂しそうに、そう言われた、だけど僕はまともに耳を貸さなかった、一度決めた覚悟を、簡単に塗り替えられるのが嫌だったから
「いらない」僕はただそう言って、クリスタルを受け取ることを拒んだ
「そうか、じゃがなにかあった時はワシを呼べ、いつでも駆けつけてやる、決して、無理はするなよ」
そう言ってクリスタルを自身の手元に戻した
どうして、僕にそこまでしてくれるのか…僕たちはバラバラに生きると決めたはずなのに
「どうして、僕にそこまでするんだ…」
僕はこの疑問を抱えきれなくなって、寿老人に聞いた、すると寿老人は突然寂しいそうな顔を一瞬だけチラつかせ、それを隠すように後ろを向いて答えた
「ワシはもう…人間のせいで誰かが死ぬのを、見たくないんじゃ」
そう言った直後に、寿老人は僕の前から、一瞬にして消え去った
僕は身体中に負った火傷の痛みを堪えながら、ゆっくりと起き上がり、山を降りていった
だけど火傷した身体で歩くのには限界があり、僕は一歩一歩がゆっくりと、2日かけて山を降りきった
だけど、雨も上がり、そこから町に着いた辺りでとうとう体は限界を迎えて、僕は道端で気を失って倒れた
そんな僕を救ってくれたのが、ケイキちゃん…君だったんだ
最初は、君を遠ざけようとしていた、例え今僕に優しくしてくれていても、いつかは必ず僕を裏切って、捨てていくんだと、それが人間なんだと、決めつけていたから…
正直なところ、今でも君が僕を未来永劫捨てないなんて確証は、未だに持たずにいる…最低だね、僕は
だけどあの日、君は僕に言ってくれた
ありのままの僕を受け入れてくれるって、いつまでも僕と一緒にいてくれるって…君のその、本音を隠さないその姿を!声を!笑顔を!
………信じてみようと思った、いや、思えたんだ、
ありがとう、本当にありがとう、ケイキちゃん…
なのに、どうしていつも、僕が大事にしたいと思えたものは、どうしていつも消えていってしまうんだろうか
部屋の狭さに目を瞑れば楽しい旅行になるはずだったのに…沈没事故が起こった、船はみるみる海へと沈んでいき、やがて水圧に耐えられなくなった窓ガラスが一斉に破裂し、僕たちのいた食堂に水が入ってきた、君はやがて意識を失って、水流に流されて、割れた窓のあった場所から海へと流されていった
僕はそれに気づいたと同時に、必死になって泳いで君を追いかけた
大丈夫、まだ生きている、今ならまだ助かる、そう何度も祈りながら、君の元へと急いだ
そして、あと少しで君の体に手が届くといったところで、確認のためにふと君の方を向くと
既に君の瞳からは、光が失われていた
それを見た瞬間、僕は一瞬まるで命も含めた自分の持つ全てを失ったみたいに、一切の動きが停止した
僕は君と共に、深い海底へゆっくりと沈んでいく
足のつくところまでお互い落ちた所で、僕はようやく意識を取り戻し、君の元へと泳いで向かって、体を必死に揺さぶったり、胸骨を強く何度も圧迫させたりして、とにかく君を起こすためにあらゆる手段を使った
だけど、君の瞳に、光が戻ることはなかった
僕は泣いた、泣き叫んだ、発狂ともいえるほどの大きな声で、僕はただひたすらに嘆いた
嫌だった認めたくなかった信じたくなかった受け入れられなかった
ようやく照らされた光が、僕の目の前で消えていったんだ
また1人になる、また孤独になる、またあの闇の渦に囚われてしまう
孤独心と絶望感が僕を襲い、僕はほとんどパニックに近い状態になっていた
ふと、近くになにか強い気配を感じて、無意識にその方向に近づいていった
そしたらそこには、ひし形をした海のように青い石、恵比寿のクリスタルが海底に突き刺さっていて、どういうわけかクリスタルの力が暴発している状態にあった
たぶんあの荒波も、このクリスタルが引き起こしたものなのだろう
僕はそう分かった瞬間、無意識にクリスタルを引き抜いて、力の暴走を止めていた
2度と同じ犠牲を出させないとか、生の象徴としての義務とか、そんな大層な正義感があったわけじゃない、ただただ無意識に、君の命を奪った原因となるものに何かをしたかったのかもしれないけど、その時は僕はなにも考えずにその石を海底から引っこ抜いて、また君の元へ戻った
改めてもう一度君の姿を見て、僕はますます現実を理解してしまった。
君はもうこの世から消えたんだと、だんだん理解してきてしまっている、その現実にただただ恐怖した、
有り余るほどの消失感が全身を支配した
ふと、思い出した、君と出会う直前に交わした、寿老人との会話を
僕は闇雲に寿老人と叫ぶ
その瞬間、海上から海の底であるここまでダイブして来た寿老人が目の前に現れた
「布袋…」と寿老人が呟き終わる前に、僕は「寿老人」と被せた、「なんじゃ」と寿老人は聞いたけど、僕は言葉に行き詰まってしまった
少しの沈黙が続いた後、寿老人は「なぜ、ワシを呼んだのじゃ?」と聞いてきた
だから僕はこう答えた
「…分からない、どうして君を呼んだのか、ただ…ひたすら」
そう、僕は気が付けば、寿老人の名を呼んでいた
分からなかった、君が死んで、どうすればいいのか…助けになってくれるなにかがあるのなら、ただただそれに縋りたかった
だから僕は、無意識のうちに、この行動をとっていたんだ
そんな僕を見かねたのか、寿老人はゆっくりと僕に、あるものを差し向けてきた
「それは…福禄寿のクリスタル…?」
僕はその行動が僕への気休めにしか感じられず、それが許せなかったから僕は憤慨した
「ふざけるなよ!クリスタルは僕たちには使えない!そんなものがあったって、ケイキちゃんは生き返らないんだ!!!」
「…確かにそうじゃ、クリスタルは基本的にはワシら死の象徴には使えない、じゃがそれはあくまでも基本的な話し、確かに完全に扱うことは無理じゃが、不完全な形でなら使うことが出来る」
聞いたことのない話だった、今になって思えば、どうしてあの時点でこんな都合の良さすぎる話しを信じたのか分からない、けど、あの時の僕は、少しでもあるかもしれない可能性を、信じていたかったのかもしれない
「それ…本当…なのか…」
「あぁ、ワシらも同じ生命、理論上は使えるはずじゃからの」
「だったら…それを…今すぐ渡せ…」
寿老人は静かに、クリスタルを僕に手渡した
福禄寿の能力は超常現象、本当に力を使えるのならば、ケイキちゃんを生き返らせることもできるはずだ…
しかし、ここで寿老人が補足するかのように話しかけてきた
「じゃが、それでもやはり完全には使えんじゃろう、その娘を生き返らせろと直接願っても、恐らく効果はない…」
そんなことは分かっていた、要は間接的にケイキちゃんを生き返らせようとすればいいんだ、不完全でないと使えないなら、敢えて不完全な形で、だけど最善の形で…
……………僕にはこれしか思いつかなかった
「だったら、僕はこう願おう、世界をループさせてくれ、トリガーはケイキちゃんの死、今この場で世界を1ヶ月ほど前まで戻し、その世界でケイキちゃんが死亡する度にまた1ヶ月前まで世界を戻してくれ、ケイキちゃんを生き返らせるために、僕はこの手段を望む」
だがこの方法に、寿老人は驚くと同時に反発した、当然の反応だろう
「待て布袋、確かにその方法ならその人間を生き返らせることが出来よう、だがいいのか?その方法では、言いたくはないが根本的な解決にはならない、ケイキという人間が死ぬという事実が変わらないのだ、恐らく…ループした先の世界でその人間は何度も死に続ける、長生きはできんじゃろう…それも本来の世界と同じ、事故死という形で。それに海で窒息死したのじゃから、恐らくループ先では海を極度に避けるようになってしまうかもしれぬ、その世界で記憶を継承できるのはお主だけじゃろうが、ループの中心であるその人間も、ある程度記憶を潜在的に残してもおかしくはないからの!それにおそらくじゃが、ループを無限に行うことはできぬじゃろう、いくらその人間を生き返らせることが名目とはいえ、完全なループはワシらにはできぬ、もって6回までと見ていいじゃろう、つまりいつやってくるかも分からないその人間の死をトリガーにして、たった7回のループを行いその人間を間接的に生き返らせようとしているということ、これではすぐにループは終わってしまう上にお主の都合で何度も事故死を経験し続けるその人間の気持ちも考えてみろ…終わり=始まりだとは思うな!」
まったくの正論だ、何も言い返すことはできない、だけどそれでも僕は、これしか君を生き返らせる方法がないと思った、この方法に賭けてみようと思ってしまった、僕の自分勝手は、もう僕には抑えようのないものになっていたんだ
「たとえ…そうだとしても…僕はこの方法で、ケイキちゃんを救う!」
固く、永遠とまとわりつくかのような粘り強い強固な想いで、僕はそう決意した
寿老人から福禄寿のクリスタルを受け取り、その力を発動した
するとクリスタルが淡くピンク色に光始めたかと思うと、クリスタルか自律的に動いて僕の手元から離れ、しばらく水中に浮いていると、再びピンク色に眩く輝き、と同時に辺りの海流が逆の方向へと流れ始めた
ループが始まったのだ
やがて海流だけに収まらず時の流れも徐々に逆行し始める、寿老人はループが終わるより前に僕に一言だけあることを告げた
「布袋、どのような形であれ、お主にもようやく訪れた光じゃ、必ず取り戻すのじゃ、布袋」
「寿老人…」
ループが本格的に始まっていく、やがて目の前の景色が、空間ごと螺旋状に動いた風に回り始めてそれが段々加速していき、最終的に1つの大きな光が辺りを呑み込んだ
気がつくと、僕は君の家で、君の部屋で、眠っていたらしい、辺りを見渡すと君が、穏やかに、何事もなく眠っていた
ループは成功したんだ
それに気づいて、僕の目から、涙が止まらなくなった…君が生きている、船の事故に巻き込まれて、海底で死ぬこともなく、僕の目の前に生きた君の姿がいたんだ…
嬉しかった、嬉しかった、うれしかった、何事にも変えられないほどの、計り知れない喜びと全身を包み込むような満足感が、僕の心を癒していっていったんだ
やがて朝になり、君がいつもと変わらない時間に目を覚ました
だけどこの時間に限りがある事も分かっていたから、僕はなるべくいつもと変わらないように君に話しかけた
「おはよう、ケイキちゃん」
そうしたら君が、いつもとなにも変わらず「おはよう♪」と返したんだ
その仕草日常の一つ一つに、僕は泣きそうになる、だけどそれはどうにか堪えて、君といつもと変わらず接しようとする
君がふんふん♪と鼻歌を歌いながら、制服に着替え終えたらしい
あまりにも機嫌がいいようだから、僕は「朝からご機嫌だね、ケイキちゃん」と聞いてみた
そしたら君は「えへへ、だったクッキといると毎日楽しいんだもん」と、無邪気にそう答えた…
僕は、君を守れなかった、僕にはそうするだけのの力があったはずだし、そうしたらあんな事にならなくてすんだのに…
確かに君はそのことを知らない、だけど君は、それでもこんな僕がいてくれて、楽しいと言ってくれた
都合の良すぎる解釈なのは分かっているけど、それでも…
僕は今度こそ、君を守ってみせると、必ず死なせないと、そう、何度も言い聞かせたはずなのに!………………
結果はこのザマだ
僕は8度も君を死なせてしまった
本当に僕は、最低で最悪で、気持ち悪い
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「これが、僕の全て、そして、君が何度も同じ時間をループして、その度に死に続けた理由だよ、」
本当に、意味をはっきりと理解するのが難しい事を私に話すのが好きだなぁ…クッキは
だけど、本当の事だとははっきり分かってる、自分がループを経験したからというのもあるけど、でも…それ以上に
「分かっただろ?これが僕なんだよ、醜くて、汚くて、気持ちの悪い神さま…それが僕なんだよ」自分から批判されたいかのようにクッキは自虐の言葉を吐き並べた
「そんな事ないよ」と、呟いてあげた
案の定というべきか、クッキはそれを「ケイキちゃん…やっぱり、君は優しいよ…けど僕は、その優しさすら疑ったんだ、最低だよね」と、自分で自分を否定した
だから私は、ありのままの本音を喋ってあげた
正直まだ頭が混乱しているけど、今さらそんな事どうでも良かったから、ただ、クッキに伝えたい事があったから
「謝らなくても良いんだよ…だって、これは全部、私の本音なんだから、だからいつかは気が変わるかもしれないんだから、疑ったっていいんだよ」
驚いたみたいに、クッキが私の方を向いた
どれだけ自分のこと悲観してたのよ…まったく
「貴方を最初に欲しいと言ったのは私だから、貴方はその私にまんまと乗せられただけ、だから本当に謝らないといけないのは私なんだよ、貴方は私に巻き込まれたの、だから大丈夫よ」
「…違う、違うよケイキちゃん、僕は」
ごめんね、貴方にはしばらくなにも言わせないよ、伝えたいことがあるからね
「あのねクッキ、私貴方には感謝してるんだよ、貴方のおかげで、私の毎日はとても充実したものになったから、これまでなんてことなかった日常も、貴方のおかげでその全てが輝いて見えるようになった…楽しかったの、だから…ありがとう」
クッキはまだなにか言いたげだったが、私はそうはさせまいと更に言葉を綴る
「ありがとう、私と貴方を繋ぎ止めてくれて、終わりかたはあぁだったけど、それでも、死んでも尚私と貴方を、繋ぎ止めてくれていた事には変わりないじゃない、本当に、ありがとう」
また、込み上げてくる涙を抑えるのに、必死になってる、君は一体、僕を何回泣かせば気が済むんだ
「ねぇ、なんとなく分かるんだけど、多分私、もうすぐ時間だよね、今こうして水の中で息をしていられるのも、クリスタルの力を使われた影響が残ってるって事なんでしょ?」
そう、そうなんだ、僕がケイキちゃんと、こうして話していられる時間は、本当に残りもう少ない
「それじゃあ、もうすぐクッキとお別れかぁ〜…寂しいな、じゃあ、最後になる前に、今先に言っておくね、さようなら」
この言葉は、今言わなくちゃいけないんだ、本当に最期が来た時に、さよなら以外を言えるように
僕はケイキちゃんの口からさよならと言われて、ようやく新しい感情も込み上げてきた、罪悪感とか後悔とかじゃない、本当に今感じなくちゃいけない気持ちを…だから僕は叫ぶように、ケイキちゃんに謝ったんだ
「ごめんなさいケイキちゃん!僕は君に酷いことをした、僕のせいで!君は何度も死に続けて、あれだけ好きだった海も嫌いにして!僕は取り返しのつかないことをしたんだ…ごめんなさい、本当にごめんなさい!!!」
零れ落ちる、涙が…僕の瞳から
「うん、そうだね、そうかもしれない、本当の事言うと、貴方になにも怒ってないっていったら、実は嘘になる。けど、けどね、さっき言ったでしょ?それ以上に私は、貴方に感謝しているの、貴方が私を何度も死なせなければ、私はあの日々を、2度と謳歌することはできなかった。貴方のおかげで、私はまた貴方と一緒にいられた、どうしてかな…クッキと話していると、こんなにも心が落ち着くのは、世にも不思議な喋る猫さん、その正体は実は神様で…だからっていうのももちろんあるんだろうけど、それだけじゃない、もっと大きな何か、好き…なのかなぁ、そうよ、きっとそう、大好きだよ、クッキ…ありがとう」
私が、クッキに思いつく限りの全てを伝えたそのすぐに、私は体が完全に動かなくなり、意識がなくなった
先程まで確かに生物としての存在感を示していたケイキちゃんの体は、僕に…最後にそう告げてくれたと同時に物のように停止し、瞳の光が、消え落ちた
ありがとう…ありがとう…ありがとう…言葉が出なかった、僕は泣いた、だけどこれは、ケイキちゃんを失った悲しみだけじゃない、僕が悲しんだら、ケイキちゃんもきっと悲しむ
君は僕にありがとうと最期に言った、噛み締める…僕はその言葉を、強く
「ありがとう」本当に、ありがとう
僕は君に逢えて、本当に幸せだった、言葉では到底言い表せられない、僕自身にも認識しきれなくて、有り余ってしまうほど…
だから僕は決めた
僕は地上に出て、ケイキちゃんの住んでいた街へと歩いてきた
そこには、今日もケイキちゃんをどう落とそうかと作戦を模索するチョウコちゃん
家で1人でゲームをしているショコラちゃん
炭酸ジュースをポテトフライにふっかけて、それを細切れにスライスするとどんな味がするのか実験をするクリミちゃん
今週末に行われる色々な部活動の試合予定を確認するアルト君
皆んな、いつもと変わらない日常を歩んでいる、ケイキちゃんの消えたこの街で
僕は街の外側にある山の中の街を一望できる丘を登り、そこで改めてこの街の様子を眺めた
そんな僕に、後ろから寿老人が話しかけてきた
「これからどうするつもりじゃ?布袋」
「寿老人…」
「あの人間は、お主に、自分がいなくなった後も生きていて欲しいと、想っていたようにワシには見えたぞ」
確かに….たぶんそうなんだと思う、彼女は、最後まで僕に優しさを残してくれたんだ…でも
「ケイキちゃんのいないこの世界で、生きる気なんてないよ、むしろこの世界には、人間がいる…今だって、人間を滅亡させたいという想いは変わらない。けど、そんな事をすれば、ケイキちゃんはきっと悲しむ」
寿老人は僕を憐んでいるのか、なにも言わずに僕の話しを聞こうとしていた
だけどそれでもどうにか言葉を捻り出して「ではどうする気じゃ」と僕に聞いた
「うん、そうだね…護っていこうと思うよ、この街を」
僕は寿老人に、回収した恵比寿のクリスタルを見せた
「クリスタルは暴走すれば、簡単に生物を殺す事ができる、けどそれは、この力なら人間を護ることができるという裏返しでもあると思うから。
ケイキちゃんのいないこの世界に、価値なんてないけど、ケイキちゃんが住んでたこの世界なら、護っていこうと思う」
寿老人は全てを悟ったみたいに「そうか」と優しく、一言だけ
「君こそ、いい加減僕から離れたらどうだい?君、僕とここでたまたま再開した日からあの日まで、ずっと僕をつけまとってきてただろ?君は覚えていないのかもしれないけど、僕たちに怪しい魔法少女が近づいた時君は僕らを守ろうとしてくれていた」
「?なんのことじゃ?」
覚えてはいないだろう、あれはループしている最中の出来事
なのだから
「いや、なんでもない…じゃあ、そろそろ、いくよ」
ふと空を見上げた、見える限りの一面が、全てを塗り替えられたような綺麗な青をしていた
「おう、後の事は任せい」
「うん、君もありがとうね」
「いいんじゃよ、ワシはただ、人間のせいでまた仲間が死ぬのは見たくなかった…ただそれだけなんじゃ、結果的にお主も、人間によって死ぬ事になってしもうたが、じゃがお主は他の者とは違う、本当に…ワシも、あの人間に感謝せねばならんのかもしれんな」
「だろ♪ケイキちゃんは、僕たちにとって………じゃあ、お言葉に甘えて、後をお願いするよ」
「あぁ、任せておけ…じゃあの!」
クッキの体が、眩く光り始めた
やがて布袋の体が召されるように空へと昇っていき、それが止まったかと思うと、突然爆発するように輝きが増して、その光がクッキを中心に、引き寄せられるように集まり出した
そして完全に引き寄せられ、光が消えると、そこにあったのはクッキではなく、ひし形をした、緑色のクリスタルが宙に浮いていた
寿老人はそのクリスタルを掴み、同時にクッキがいなくなったので地面に落ちた恵比寿と福禄寿のクリスタルも拾い上げた
「お主は、ここを護っていけ、それが、お主の望んだ事なのじゃろう、布袋」
寿老人はクッキのクリスタルを、そのまま丘に突き刺した
「福禄寿、お主はどうする?お主があそこまで布袋に力を貸してあげたのは…聞くまでもないか、昔から世話好きな奴ではあったが…」
続けて、福禄寿のクリスタルも、そのまま丘に突き刺した
最後に手元にある恵比寿のクリスタルを見つめている
「お主は、流石に少しは反省かの」
寿老人は恵比寿のクリスタルを持ち込んで、そのまま浮かび上がり、静かにこの街を去っていった
ケイキのいなくなったこの街は、普段と変わらない、様々な日常で賑わっている
神様に護られている街
ケイキの生たこの街は…
Ω≠α完結です…!
最後までお付き合いありがとうございました!!!
今後はx等でこの作品の宣伝をして、広めていきたいと考えています
最後に改めて、3ヶ月間お付き合いいただき、ありがとうございました!!!